その8 戦う寮長さん
「おーっほっほっほ!!」
会場にマイクなしの高笑いが響く。
リング上では、日本一の高飛車女こと、ビューティー市ヶ谷の圧倒的なパワー をもって惨敗を喫したテディキャット堀がセコンドに首を冷やされている。
「この程度の相手に10分も手こずってしまいましたわ! 全国の500万人の私のファンの皆様には、少し物足りなかったかも知れませんわね! オーッホッホッホ!!!」
市ヶ谷の言っていることを訳せば、堀の攻撃を一切受けようとせず、一方的にしとめようとしたものの、堀のスピードに思わぬ反撃を受け続けた苦戦の展開。
それを分かっている会場は、ブーイングに包まれている。
「ふん!! またく下々の下賎の者は私の崇高な戦いを理解できなくて本当に困りますわね!!」
市ヶ谷は不満を隠さずリングを降りる。
一方敗れた堀は、首をアイシングしながら四方に頭を下げ、ダメージ色濃そうに退場をしていった。
「……」
会場裏。
勝利をしたはずの市ヶ谷は不機嫌そうに控え室に戻っていた。
思い通りに試合を進められなかったのも、観客からブーイングが飛んでくるのも、納得がいっていない。
そもそも、ヒールではないはずなのに、あの田舎者の貧乳女ばかりが歓声を浴びるのも面白くない。
どんなにパワーを見せつけようと、自分が倒した相手のほうが応援を受けているのも――。
「まったく、面白くありませんわ!!」
不快さを微塵も隠さず、市ヶ谷は荷物をまとめる。
腐っても資産家のお嬢様。
寮では生活しておらず、会場からは自宅まで送迎の車が走る。
「ああ、麗華ちゃん、帰っちゃだめだよ!」
荷物をまとめたところで、先ほど試合で叩き伏せたばかりの堀だった。
市ヶ谷より頭一つ低い彼女は、上目遣いで人差し指を突きつけてくる。
「試合が終わったら、お客さんへのサイン会! 社長から言われていたでしょ!?」
「な、なぜ私がそんなことをしなければいけませんの!? 他のものに任せればいいではないですの!!」
「そういう問題じゃないの!! ファンを大切にするのは、当たり前のことでしょう!?」
「お断りしますわ! 私のサインは、そんなに安いものではありませんの! 社長にも何時も申し上げているとおりですわ!!」
「はいはい、分かったからはやく行くよ!」
堀は無遠慮に市ヶ谷の手を掴み引っ張り始める。
「ちょ……誰に断ってこのようなことを!!」
「にゃ!? ……ふにゅ!」
市ヶ谷が力任せに堀の手を振り解く。
その拍子に堀はつんのめり、顔面から倒れてしまった。
「わ、私のせいではありませんわよ! 私の意思を尊重しない、あなたの責任ですわ!!」
市ヶ谷は腕を組んであえて見下す。
若干、言葉に詰まっているあたり、わずかに動揺が見て取れてしまう。
「あー、そう……だったら、あたしにも考えがあるにゃん……」
珍しく怒りをあらわにする堀。
「ふん! でしたら、どうするといいますの? そもそも、あなた程度がこの私を制せるとでもお思いでして?」
つい今しがたの試合でも分かるとおり、実力の差は歴然。
プロレス界が、強い者が発言権を得る弱肉強食の世界だというなら、堀が市ヶ谷に対し何かを言える事は……、
「ふんっ!」
「……ひっ!?!?!?」
一瞬にして背後に回りこんだ堀は、市ヶ谷の首筋に親指と人差し指を食い込ませた。
「なっ!? なっ!?!?!?」
突然首を後ろから捉えられた市ヶ谷は、仰向けに仰け反らされてしまい、抵抗が出来なくなってしまう。
「行くといってほしいにゃあ?」
「わ、私の話を聞いておりまっ……っ!!!」
「言ってほしいにゃあ?」
「あ、貴方の、どこに、こんな力が……」
「ほしいにゃあ?」
「っ!! っ!!! っ!!!」
見た目はまったく変化がない。
しかし市ヶ谷の顔には脂汗が浮き、悲鳴すら上げられなくなっている。
「にゃ〜?」
「ぜ、絶対に、お断りですわっ……」
相手に屈服することを何より良しとしない、プライドの塊の市ヶ谷。
試合のときより必死な顔で絶えている。
「ん〜……じゃあ、こういうのは、どうかにゃ? 麗華ちゃんが興業の後、ちゃんとサインをしてくれるのなら、寮の食事、一食ご馳走するにゃ」
「な、何故私がそのような庶民の――っ!!!」
「にゃにかにゃ〜?」
「……わ、わかりましたわ!! 貴方がどうしてもいうなら、その話、お受けしますっ!!」
ほぼ、ギブアップに近い宣言の仕方で、市ヶ谷が申し出を受け、堀はようやく市ヶ谷を開放した。
「くっ……」
「さ、早く行くにゃん!」
笑顔で先に行ってしまう堀。
ここまでやられて、市ヶ谷が逃げるわけがないことは、承知の上というわけだ。
「……し、仕方ありませんわね!! 貴方の申し出を、特別に受けて差し上げますわっ!!」
後ろで響く声に、堀はしたり顔で笑いながら、足早に客だしへと向かった。
