2010年9月に最後の1枚らしき写真が出てきましたので、最後に追加します。
67-01) 急襲の1枚目
「急襲」は15枚組の分譲写真の名前です。
最初の6枚は「女が縛られるまで」という題名で、53年11月号の扉を飾りました。モデルは杉芙美嬢。
これがその1枚目で、キャプションとして「左手首を握ってねじ上げるとシュミーズのホックがはずれた。」とあります。
67-02) 急襲 2枚目
同じくキャプションに、「左手首へ縄を巻いて、もがく右手も捕らえる」とあります。
67-03) 3枚目「両手首をうしろで交叉して縛り付ける。もがくので左肩のシュミーズの肩ひもがはずれる。」
67-04) 4枚目「首縄をかけてぐっと締め上げる。上体はうしろへそりかえり、手首は上へ上へ上る。」
67-05) 5枚目「胸へ二巻き縄を廻して後ろ手でとめ、右手で髪を握ってあお向かせて布片を口へ詰め込む。
67-06) 6枚目
「猿ぐつわをかませると、これで後ろ手の女の縛りが出来あがる」
「十五枚一組の”強襲”と題した組写真はここに所載の六枚の写真の外に、九枚の未発表の分を加えて連続的な縛りを説明した写真集を別途広告に発表の通り、印画紙に焼付けて代理部に於て分譲中です。」
67-07) 急襲の7枚目
ここからは未発表分です。15枚組の順序としては4の次ぐらいか・・・
11月号の広告文を掲げます。
〔急襲〕連続十五枚続き
手札判十五枚一組五百円
本号口絵の女が縛られるまでの六枚
に更に九枚追加して十五枚一組とし
た女が縛られて完全に自由を奪われ
るに至るまでの過程を活写した興味
溢れる傑作、どこよりも安い価格、
鮮明にして恰も自ら手を下す如し。
67-08) 8枚目
本来の順序は7枚目の次、5枚目の前といったところでしょうか。
67-10) 10枚目
6枚目と同列の写真。写真としてはこのほうが良いように思うのですが、後ろ手の指が見えているので、6枚目を掲載したのでしょうか?
67-11) 11枚目
完成図のようにも見えます。本来コレが最後だったのかも知れません。
67-12) 12枚目
急に竹棒が出てくるととまどいます。何の為なのでしょうか?
67-13) 13枚目左隅に光線曳きの後があります。印画紙がまだ黒袋の中にある状態で、一瞬口を開けたんだと思います。
67-14) 14枚目もう1枚見つかるとパーフェクトなんですが、今のところ見つかりません。きっと同様に顔が隠れた俯きの写真なのでしょう。
それにしても、お尻の割れ目が気になります。ケイサツに見つかったら拷問に遭いそうです。何しろ昭和28年のことですから。
67-15) 15枚目らしき写真を追加します(2010年9月)

118)ページのために、古い写真を点検しておりましたら、最後の1枚らしき写真が出てきました。連番としては最初の写真のように思います。お目に掛けます。

杉芙美嬢は小柄な人だったようですが、山椒は小粒で何とやら、敗戦から10年経たない時期に貴重な資料を残してくれたものです。昭和28年といえばお隣の半島は戦火のただ中にあり、日本は朝鮮特需とやらに沸いていた(私はまだ小学校へ上がる前で、実感はありませんが)ころでしょうか。14枚目は本当に大胆、というか危ういですね。
『女が縛られて完全に自由を奪われるに至るまでの過程を活写した興味溢れる傑作、どこよりも安い価格』という惹句が何だか微苦笑を誘います。当時奇クの他にこのような写真を販売していたところがあるとは思えません。悪文ながら訴えたい気持ちは伝わってきます。