黒白写真に戻りまして、関谷夫人と思っておりましたが、中にふんどし姿の写真があり、1頁を構成するに足る枚数でしたので、それを集めてみました。なお褌写真の特集?は11年前に80頁でしており、今回は2回目になります。
 35丱優カラーを修整し、6×6のB&Wに戻りますと、その画像の美しさにほっとします。まあ、これらの保存状態が特別に良いこともあるのですが、当時のフィルムや機材の完成度が、白黒とカラーでは段違いなんですね。ここではピン出しやノイズ消しはほとんど不要でした。

182-01a~l) (らし)「裸女争闘場面」愛川悦子・田中芳代
 本来は次の女斗美写真に掲載する予定の写真でしたが枚数の関係でここに入れます。合計12枚組という大量の組。枚数が多いのは40枚組の「裸女レスリング」など女斗美とM写真関係の組ですね。
 1962年11月号で発売されました。解説は「褌一本の若々しい張りのあるピチピチとした身体の裸女が互いに相手を押え込もうとして根かぎりの力を尽して争う場面。胴絞め、ヘッドロック、腕とり、押え込みなどの手を使って、やがては自分の尻の下に相手の顔面を敷いてしまおうとする。結局は一回宛、誇り高き自分の顔を相手の巨大な臀部の下に押しひしがれて、息もたえだえになるという争斗の各シーンを連続三十数枚撮影の中から、十二枚を選び出した。 メトミファン、女斗ファン並に女性のサドマゾに興味をお持ちの方、女相撲ファンなど、どうぞ。」とこれまた長い。12枚あると掲載順序など、もう少し考えると良かったのですが・・・。
01a                          01b
182-01a らし01 愛川・田中c182-01b らし02 愛川・田中c
01c                          01d
182-01c らし03 愛川・田中c182-01d らし04 愛川・田中c
01e                          01f
182-01e らし05 愛川・田中c182-01f らし06 愛川・田中c
01g                          01h
182-01g らし07 愛川・田中c182-01h らし08 愛川・田中c

01i                          01j
182-01i らし09 愛川・田中c182-01j らし10 愛川・田中c
01k                          01l
182-01k らし11 愛川・田中c182-01l らし12 愛川・田中c


182-02a,b,c) (ふし)「褌美と褌縛り」桜井葉子
 昭和20年代後半に一世を風靡したストリッパー「おっぱい小僧」のお妹様という触れ込みで、1960年8月号で分譲デビューなさいました桜井葉子嬢。その最初の作品がこれです。
 大手札3枚組で、解説は「豊満な全裸の若き女性が六尺褌をあられもなく着している正面と背面の写真に褌を着けながら縛られている写真を配して一組としたもので特に褌美マニヤの要望に応えた提供品−−。」 なお、桜井嬢のグラビア掲載は60年6月号。色表紙復活第一号でした。

182-02a ふし1 桜井葉子c182-02c ふし2 桜井葉子001182-02c ふし3 桜井葉子c

 さて「おっぱい小僧」さんは、1950年デビューされた川口初子さん。というのが定説ですが、浅草の犬丸弓子という方もおられたようで、カタカナのオッパイなのか、日劇ミュージックホールなのかフランス座だったのか、にわか勉強ではよくわかりません。時代は3Sからエロ・グロ・ナンセンスへ・・・奇譚クラブもA5サイズになって変態誌に大きく舵を切った時代でした。
 ちょうどこのころ伊藤整訳の「チャタレイ夫人の恋人(D.H.ロレンス)」裁判が、憲法21条の解釈をめぐって争われました。伊藤もロレンスも日本語・英語ということばの美を追い続けた第一人者であっただけに判決が注目されました。
 最近「表現の自由」が、再度注目されているようですが、憲法という国と民の約束を、民と民の関係に野放図に適用するのが正しいのか、という点に疑問を感じます。
 私自身40年近く前、初めて外国で講演しましたが、その下打ち合わせで現地の通訳さんから忠告を受けたことがあります。その表現では聞く人が不快に思うと。誤解を招きそうな表現を改めて無事話を終えましたが、その時私は「表現とは不自由なモノ」と心に刻みました。良い勉強をさせていただきました。
 人としての優しさと良識があれば、自制心が働いて民・民間の表現は不自由になるし、それでいいんだと私は思います。相手がどんな気持ちになるかを忖度し、身の丈に合った表現を心がける事は、とても大切なことだと思います。特に近隣の国々とは得てして難しい交渉事を抱えることが多いものですが、そんなときに民衆同士は互いに相手を尊重し、親切に心を通わせ、互いに良き友人をたくさん得たいものだと思います。その方が国も交渉がしやすい。安物のマスコミやSNSに踊らされてヘイトスピーチをしたり、来日された外国の一般旅行者を毛嫌いする人達こそ、国やその交渉担当者を困らせているんじゃないでしょうか。
 良識ある人は女性を縛るときにも、こころやさしく縛るんじゃないかと、私は思います。


182-03a~e) (ろく)「女性の六尺褌」大塚啓子
 前項、だらだらと下らないことを書きまして申し訳ございません。62年7月号でアナウンスされた縛りなしのモデルさんにやさしい5枚組です。
 解説は「女性の六尺褌姿を愛する方は、そう沢山いないと思いますが、その限られた人たちの要望に応えて、ここに全裸に晒の六尺一本という若い女性のポーズ五態を作成しました。正面、背面、横臥、側面、とフンドシ着用の女体を各角度から狙いをつけて、あたかも眼前に手にとるように見て頂けるように構成しました。」
 このプリント、調子はいいのですが、少し伸ばしボケがあるようです。特に03b,cあたりは撮影時に後ピンであったこともあり、デジタルでピン出ししても効果が出ません。

182-03a ろく1 大塚啓子d182-03b ろく2 大塚啓子c182-03c ろく3 大塚啓子d

182-03d ろく4 大塚啓子d182-03e ろく5 大塚啓子c




182-04a~d) (くろ)「六尺褌の女性像」関谷冨佐子
 63年1月号初出の4枚組。解説は「恥しさに顔を赤らめた関谷夫人が、そのボリウムのある堂々たる体格の裸身に、白晒の六尺褌をきりりと締めて、前後左右から、その見事な姿態を十二分に見て頂くため、皎々たる電光下に立つ。(縛りなし)」

182-04a くろ1 関谷冨佐子d182-04b くろ2 関谷冨佐子d

182-04c くろ3 関谷冨佐子d182-04d くろ4 関谷冨佐子d

 この写真も女性ポートレートとして柔らかなコントラストで美しい調子が出ています。ピントは前項の(ろく)よりもきれいで、ほとんど無修整でアップできる状態でした。
 この一連の写真は発売よりかなり後にまとめて注文されたもののように思います。04b,cなどの関谷夫人はギリシャ彫刻のようにお美しいです。
 膝をついたポーズは足が短く見えますので避けるべきなのですが、多分撮影の引きが取れなかったんでしょう。この当時マミヤC3の標準レンズは105mm。広角が65mmと長い側に偏っていたのです。私が使っていたC33の頃は80mmと55mmになっていましたから、少しはマシだったと思います。


182-05a~c) (ろは)「六尺褌縛」東浦ひかる
 この頁最後の組です。1963年2月号で発売の3枚組。解説は「六尺褌を前の垂れもなくしてぎゅっと締めつけ、恥しさにともすれば両手を前にやろうとするのを制して、両手首を背後で括りつけて、殊更大きなお復をつき出させるようにしたフンドシのしばりフォト。」
 大きなお腹は余計だと思うんですが、可哀そうに。若干ネガの汚れがあり、ブラックスポットを消しました。

182-05a ろは1 東浦ひかるc182-05b ろは2 東浦ひかるc182-05c ろは3 東浦ひかるc

 これでこの頁は終了します。次は女斗美でいこうかなと思っています。