昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。なお、P.201 からは奇譚クラブ以外の媒体で販売された写真もご覧いただきます。

フェチ

204) 「連縛の女」 金井行雄

 皆様、ずいぶんのご無沙汰で申し訳ございません。だんだん目が単純反復作業に耐えられなくなりまして、目先をチョロチョロ変えるばかりで一向にまとまった仕事になりません。といって、未掲載のコレクションは大物ばかりで相当の覚悟が要ります。覚悟がないのにやろうとするから中途半端になるんですね。またまた同じ轍を踏みそうです。  
 引っ張り出しましたのは、多分間違いなく金井行雄氏の作と思われる「連縛の女」80枚の大作です。B4ぐらいのファイル穴を空けた茶色の厚紙に張り付けてあります。写真の状態は非常に良いものです。実は私、同じ写真集を3セット持っておりますが、それぞれ装丁(というほどでなく保管の方法ですね)が違っております。完全に近いものをメインにお目にかけます。

204-0)表紙です。「連縛の女 1928-8204 連獏の女 表紙C 001-9」と鉛筆書きしてあります。素直に読めば、作者が昭和28年8月9日に20〜30部手作りして配布したもの、と読めるんですが、よくわかりません。サイズはB4です。







204-000) 最初の1枚はタテ×ヨコが237×285mm。四つ切の縁をカットしたような中厚手無光沢の印画です。わずかな黄ばみがありますが、オリジナルプリントらしく、しっかり定着して完全に水洗したものと思われま退色ムラもありません。肌色が少し飛んでいるように見えますが、柔らかな肌に縄目と土くれが痛々しいです。カラーのオリジナルと白黒修整でお目にかけます。オリジナルが美しいので、修整の必要を認めません。台紙の裏に15 28-7-26 と鉛筆書きされています。
204 連縛の女000C dataCb204 連縛の女000M dataMc


204-001,002) サイズは124×155mm キャビネと大キャビネの間の大きさで、印画紙の種類は前と同じものです。
 
201-001C 連縛の女001Cb201-001 連縛の女001Mc

201-002C 連縛の女002Cb201-002 連縛の女002Mc














203) 団鬼六プロダクション ブロマイド

203 団鬼六プロ 00b 002c 昨年、コロナの脅威がようやく薄れたころ、203 団鬼六プロ 00a 001d知り合いの古書店さんから出物があったとのことで、出張の機会が少なかったので、少しキープしていただいて拝見しに参りました。サイズはキャビネ版で「団鬼六プロダクション 特焼ブロマイド」という一回り小さな紙が10枚ばかり、同じ図柄のキャビネ(122×166) 版分譲写真が8枚。そして6×6ネガのプルーフと思われる122mm角の正方形に近い写真が200枚ばかり入っておりました。
 「同じ写真がたくさん入っているじゃない」と言って、少しおまけしていただいて購入いたしました。その8枚は左のような図柄でした。なかなか美しいモデルさんでしょう。ライティングも思い切ってバックライトを利かせて、フロントトップからトレパー越しにもう1灯落として撮っています。
 そして、プルーフですが、これは、分譲写真をプリント発注するときの索引として使われたのかなと思っております。ネガキャリアの縁が58mm角ぐらいにフィルム画面より大きくなっており、その分が黒ぶちにプリントされています。つまり、中心から画像・黒縁・白縁の順になっており、画像部分にはネガが持っている全情報が含まれているんです。
 35mmフィルムではカルチエブレッソンなんかがよく使ったものなんですが、6×6では珍しいものです。6×6ですと、フィルム画像よりネガキャリアの穴を大きくしてしまうと、挟む部分が少なくなってネガが不安定になってしまうんです。引き伸ばし機にフォコマートCぐらいを使えばコンデンサーレンズで片面ガラスの形になり安定するんでしょうが、当時100万円近い値段の引き伸ばし機をこんなところで使いますかね? 第一ネガキャリアの穴の精度が悪く縁が変に曲がってしまっています。多分フジBあたりのネガキャリアを加工したんだと思います。プリントのほうはピント・階調ともに美しく、ここらは奇クとは技術がダンチで違います。
 ということで、以下にこの珍しい写真を掲載してまいります。


 令和7年(2025年) あけましておめでとうございます。旧年中は更新が進まず心苦しく存じております。本年も相変わりませずよろしくお願いいたします。
 とりあえず、この頁の11枚組を完成して新年のお祝いとさせていただきます。




203-01 a~k)鬼六プロ 第1組 11枚
 122mm角の印画紙裏に「1」と鉛筆書きしてある写真が11枚ありました。これについて、撮影年代や分譲広告、モデル名やカメラマン名などの資料を持っておりませんので、唯々写真を掲載してまいります。もし、関係する情報をお持ちの方がいらっしゃいましたらコメントくだされば大変助かります。
01 a)                                                    01 b)
203 団鬼六プロ 01a 001c203 団鬼六プロ 01b 002c
01 c)                                                     01 d)
203 団鬼六プロ 01c 003c203 団鬼六プロ 01d 004c
01 e)                                                    01 f)
203 団鬼六プロ 01e 005c203 団鬼六プロ 01f 006c
01 g)                                                    01 h)
203 団鬼六プロ 01g 007c203 団鬼六プロ 01h 008c
01 i)                                                    01 j)
203 団鬼六プロ 01i 009c203 団鬼六プロ 01j 010c
01 k)
203 団鬼六プロ 01k 011c 第1組は、この 11枚でおしまいです。これが25組まで続くんです。1組10数枚から数枚しかない組。第12組なんかは1枚も見つかっていません。組名が書いてない写真も10枚ばかりあります。ということで、全部で200枚強あると思います。
 さて、この 01k) ですが、これだけはキャビネ印画紙のままで、上部が真っ白に空いています。そこに黒枠を残した正方形の写真がプリントされているのです。カットし忘れなんでしょうか? また、奥の襖はレフ板の代わりに斜めに置かれたのでしょうか? 障子バックで、オシッコさせるためなのか桶が置いてあります。01fやg と同じモデルさんなのでしょうか?


203-02 a~k)鬼六プロ 第2組 11枚
 第2組も11枚あります。6×6ならブローニー一本で12枚なのにどうして中途半端な数なのか分かりません。この組の撮影場所は高級ラブホテルの一室らしき場所と農家の納屋みたいなところです。最近ピントアップは粒状を荒らすことなく簡単にできるようになりましたので極力控え、スキャナーで、出来るだけ多くの階調を取り込み、トーンを整えスポッティングした状態でお目にかけます。

02 a)                                                    02 b)
203 団鬼六プロ 02a 001c203 団鬼六プロ 02b 002c
02 c)                                                    02 d) ここから2025の更新分です
203 団鬼六プロ 02c 003c 203 団鬼六プロ 02d 004d
02 e)                                                    02 f) 
203 団鬼六プロ 02e 005d 203 団鬼六プロ 02f 006d
02 g)                                                    02 h) 
203 団鬼六プロ 02g 007d203 団鬼六プロ 02h 008d
02 i)                                                    02 j) 
203 団鬼六プロ 02i 009d 203 団鬼六プロ 02j 010d
02 k) 
203 団鬼六プロ 02k 011d

 最後のコマ jとkは共に左下にフィルムが光線引きしたような跡が見えます。これが素人の写真でしたらブローニー最後の11,12コマを送ってフィルムを取り出すとき光線引きもありうるのです(ブローニーフィルムは撮影後に送り操作を繰り返してから取り出しますので、最終コマがフィルムの外周になります。35mmのような巻き戻し操作はありません)。
けれども、プロの写真で1シーン1カットというのは考えにくい。
 照明こそカメラ右上からの一発ですが、筵の状態やモデルの位置が全く違います。j,k が連続したコマで、数コマ撮った最後のコマjと次のポーズの最初のコマkが1本のフィルムの11,12枚目であった可能性は無いではないのですが・・・。引き伸ばし機の電球の光軸が狂っていたというのも、何でこの2枚だけが・・・? という疑問が生じます。ムラが段階的でないので、印画紙が現像液から浮き上がったというのでもなさそうです。

 沢山のコメントをいただき、大変参考になりました。本年もボチボチやらせていただきます。
 



200) 大塚啓子 東浦ひかる のフェチ写真

  エー、皆様本当にご無沙汰でございました。前頁で元日のご挨拶をしてから新たな画像をお目にかけることもなく、もうお盆前でございます。コロナとプーチンに振り回されたこともあるのですが、やはり寄る年波ですね。今回で何とか200頁目です。
 この間に入手いたしました200枚ばかりの奇ク分譲写真がありまして・・・主にローマ字組らしいんですが、中にかな組で結構フェティシュな写真が含まれておりました。これらは目立ちますので特定しやすい。ということでお目にかけます。

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200-01a)K組26 セーラー服縛り(大塚啓子)
199-01  フェチ 大塚 K27 001d 1965年7月号で発売された「ニューモデル悦虐寫眞50集」K組50枚 のうちの1枚です。
 エッ、お前は制服フェチか?ですって? いえ、でも次にお目にかける7枚と同時撮影分に間違いないと思いますので、プロローグとして、とりあえず・・・・











200-01b~d)略号(かは)大塚啓子
199-01  フェチ 大塚 かは01 001d199-01  フェチ 大塚 かは02  002d

199-01  フェチ 大塚 かは03  003d
 1962年10月号で発売された、「ゴムカバー着縛り」略号(かは)3枚組と思われます。解説は「ぬめぬめとしたアメゴムのオシメ・カバーが身の自由にならぬ下半身にはかされてこれから排泄の汚辱にむせばんとするカバー・プレイの三場面。ゴムの臭気が鼻の先に匂ってくる迫力。」とあります。










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200-02a~d)略号(せち)大塚啓子

199-02  フェチ 大塚 せち01 001d199-02  フェチ 大塚 せち02 002d

199-02  フェチ 大塚 せち03 003d199-02  フェチ 大塚 せち04 004d

 1962年11月号でアナウンスされました、略号(せち)「オシメ浣腸責」4枚組と思われます。解説は「ガラス製三〇CC浣腸器、エネマシリンジを用いて浣腸を施したモデル嬢にオシメカバーをつけさせ、後手に縛って自由を奪うと忽ち激しい便意が七転八倒の苦しみとなって全身をさいなむ。その有様を執拗にカメラは狙ってゆく。」とあります。
 「後手」には縛ってないので、さあ、本当に(せち)でしょうか?

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200-03a~c)略号(ゆす)遠藤百合子 「月経帯のまま縛り」
 1963年10月号で発表されました(ゆす)3枚組。解説は「後手の高手小手に縛られて、今は両手の自由のきかない百合子さんは、黒の月経帯をはかされて、蒲団の上にころがされる。起き上ろうとして身体を起せば、思わず両足が開いて、月経帯がすっかり見えてしまう。」
 拡大して見ますと、素材はリブ織り柄のメリヤス地。
奇クに紹介される月経帯は「当時としても非常に珍しくなっていたビクトリヤバンド」といわれていたように、懐古趣味なんです。思春期の男の子が母親を慕いながらも、何か別の人種のように感じたのが月経帯。そのノスタルジアなんですね。
 この前年末にはアンネナプキン(パンネットも)が発売されていました。しかし替えゴム付き生理帯は進化の頂点にあり、ナイロン地で腰にぴったりフィットし、ズレない安定感で大多数の支持を得ていました。当時最新の生理帯と比較すると、アンネナプキン+パンネットは分が悪く、余程新し好みの女性も一気には替えがたかった。まあ少ない日や予防の意味でするならナプキンで済まそうという若い女性は多かったでしょうね。
 ムレるムレないなんて、今のテレビショッピングのサプリメント広告みたいなもので、ムレても安全がいいという女性の方が圧倒的に多かった。少なくとも「多い日」は安心感のある替えゴムタイプに脱脂綿をたっぷり当てる女性が多かったのではないでしょうか。今だって多少ムレてもいいから、ビニールの裏地をつけた、38センチとか40何センチなんて、おむつみたいなナプキンを防水布ショーツに糊で張り付けているじゃないですか。アンネは革命的ではあったけど、発売後こそが普及の正念場だったんでしょう。だからパンネットの発売価格は、カラフルな合繊を使った替えゴム生理帯が300円以上したのに、1/2以下の150円ですものね。
200-03  フェチ 遠藤 ゆす 01 001d200-04  フェチ 遠藤 ゆす 02 002d200-04  フェチ 遠藤 ゆす 03 003d

200-03a~c)東浦ひかる 月経帯着用写真 
200-05 フェチ 東浦 ?? 03 003d03a) 1963年2月号で発売された、略号(おし)3枚組の1枚でしょうか? 組名「パピアバンド(大型替ゴム)」解説は「黒メリヤス製の前開きで、大型特ゴムのついたパピアバンドです。ひだの多いどっしりとした特ゴムを裏返して、着用したままで殊更に自らの手でお見せしようという縛りなしの、いかにもメンスバンドの特徴をもったフォトです。」


200-05 フェチ 東浦 ?? 04 004d03b) これも同時発売の(おい)の一枚かと思います。組名「パリスバンド前開き」解説は「黒メリヤス製前開きのパリスバンドを着用し、前開きをあけて当てゴムをあらわにしているバンド着用のフォト。替ゴムの部分をはっきりと見せるために、その部分を殊更前面につき出させ、自らの手でバンドにふれている諸々のポーズを開陳(縛りなし)」 左右逆焼付です。









03c,d)  (おは)東浦ひかる
 同じく2月号。「パリスバンドの縛り」3枚組のうちの2枚。解説は「替ゴムもあらわなポーズでパリスバンドを着用させられた東浦嬢が、両手を厳しく緊縛されて自由のきかない身を、僅かに両手をばたつかせてもがくさまを表す。」(おは)か(おこ)か迷ったんですが、(おこ)は「縛りなし」ですので、(おは)かな?と。
200-05 フェチ 東浦 おは 02 002d200-05 フェチ 東浦 おは 04 001d

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200-04a,b)はて? 誰でしょう
 記憶にあるのですが、はて、誰でしょう? 大塚嬢のようにも見えます。お肌は東浦譲ぐらいに綺麗です。ツボ柄の襖にも覚えがあります。
200-06  フェチ ?? 01 001d200-06  フェチ ?? 02 002d

 昨年のお盆にマゾフォトを50枚ばかりアップしたのですが、それ以来ですので、トンと勘が効かなくなりまして・・・。


199)新年あけましておめでとうございます

2023年あけましておめでとうございます。
 更新が滞りまして申し訳ございません。皆様には、そこそこの御歳とご推察いたしますが、本年もご健勝に佳き御年を重ねられますよう、ご祈念申し上げます。
    Mr.分譲写真

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 みやび先生、隋心院様

 あけましておめでとうございます。
 早速コメントをいただきありがとうございました。コロナ下もお元気そうで何よりでございます。私も、まあ生きております。
 バブル崩壊時に今の親会社の許しを得てメインテナンス部門として独立しました。既販売機のメインテナンスと同時に高精度化省力化の改良を行い、メリットが大きい場合のみ新機種に交換してもらうという、本来のセールスエンジニアを目指しておりました。しかし35年がたち私が開発した機械は既になく、役員の期間もとっくに過ぎているのに、元社長兼会長として何となく出勤しております。時間も短く、給料も思い切って下げてもらって。でも昔の自分の開発室だけは一部屋貰っています。それこそ昔でいう重役出勤状態なのですが、自分の健康維持のためと、やっぱり若い技術者が働いている姿を見るのが楽しみなんですね。
 さあ、これからのこのブログなんですが、未発表写真はまだたっぷり残っております。しかし、ほとんどがバラバラでモデルの名前を突き止めるのがやっとの状態。組名まではとても推察できない。第一目と根気が続かなくなっております。ですから1頁当たりの写真数はぐっと減っても細々と続けて参りたいと思っています。
 もう一つ、このブログの1サイト毎の限界容量に近づいているのです。Livedoor は永く責任をもって運営してくれているのですが、システムの改善は頻繁にはされていないようです。でも15年前は写真1枚当たり500KB以下という制限がありました。今は2MBになって、ひょっとしたらもっと緩和されているかも知れません。動画などの投稿にも不便があります。ただ、ありがたいのは煩く下らない広告が入らない事です。実際このような古写真をアーカイブするにはうってつけの存在です。
 ということで、あまりにもスローペースで申し訳ございませんが、本年もよろしくお願い申し上げます。
       Mr.分譲写真


  

198) 春日・坂口嬢のマゾ写真

本年1月1日に書き始めた、196)の続編です。スキャン・修整とも出来ておりますが、まだ分類が十分ではございません。もうしばらくお待ちください。


198-01 a,b,c) 男性マゾ 被縛No.1
 1934年5月号 男性マゾ写真第一集(女に苛められる男)坂口利子 キャビネ3枚組
 解説はありません。「男性マゾ 被縛No.1」と書いた袋に3枚入っていました。
198-01a 被縛1-1 坂口 001d198-01b 被縛1-2 坂口 001d198-01c 被縛1-3 坂口 001d


198-02 a,b,c) 長靴着用の女性から鞭で仕込まれる キャビネ3枚組
 1955年10月号p.168 白表紙になってすぐの分譲目録に記載されています。これの封筒が付いており「長靴着用の女性から鞭で仕込まれる」モデルは坂口利子嬢。これも封筒に題名が記入されていました。

198-02a 長靴鞭1 坂口 001d198-02b 長靴鞭2 坂口 001d198-02c 長靴鞭3 坂口 001d


198-03 a,b,c) 乗馬靴乗馬服の男から責められる男? キャビネ3枚組
 1955年10月号p.168 は6組のキャビネ版のマゾ写真が載っております。発禁処分明けで、それまでに希望者に郵便で送られていたカタログをできるだけ誌面公開したものと思われます。
 この組は男が男を責めるというシチュエーションで、解説が「モデルは新人、隅野芳郎、辻村氏が自ら責め手を買って出た一幕」となっていますので、本当に辻村氏が責めているのかも知れず、この推定は甚だ疑問です。

198-03a マゾ1-1 坂口001d198-03b マゾ1-2 坂口001d198-03c マゾ1-3 坂口001d

198-03 d,e,f)  ということで、類似の3枚をここにあげておきます。この号発表の6組の中に入るものと思っております。
なお、その6組の名称は、「奴隷使役」「女王様の尻の下」「長靴着用の女性から鞭で仕込まれる」「奴隷教育」「乗馬靴乗馬服の男から責められる男」「男性縛り褌美縛体」でございます。略号はまだ付いておりません。

198-03d マゾ1-4 坂口001d

198-03e マゾ1-5 坂口001d198-03f マゾ1-6 坂口001d


198-04 a,b,c,d,e,f,g,h,i,j) 男を虫ケラのように扱う女 キャビネ20枚組より10枚
 1955年11月号で誌上発表された「男を虫ケラのように扱う女」20枚組だと思います。モデルは小沼正三・春日ルミ このころは既に略号は付いているのが普通なのですが、20枚組というのはさすがに珍しかったのか、この組には付けられておりません。春日嬢の着物によって分けて掲載いたします。

198-04a マゾ1-01 春日 001d198-04b マゾ1-02 春日 001d198-04c マゾ1-03 春日 001d

198-04d マゾ1-04 春日 001d198-04e マゾ1-05 春日 001d

198-04f マゾ1-06 春日 001d198-04g マゾ1-07 春日 001d

198-04h マゾ1-08 春日 001d198-04i マゾ1-09 春日 001d

198-04j マゾ1-10 春日 001d

















198-05 k,l,m,n,o) 男を虫ケラのように扱う女 キャビネ20枚組より5枚

198-05a マゾ2-01 春日 001d198-05b マゾ2-02 春日 001d

198-05c マゾ2-03 春日 001d

198-05d マゾ2-04 春日 001d198-05e マゾ2-05 春日 001d


198-06 p,q,r) 男を虫ケラのように扱う女 キャビネ20枚組より3枚

198-06a マゾ3-01 春日 001d198-06b マゾ3-02 春日 001d

198-06c マゾ3-03 春日 001d


198-07 s,t) 男を虫ケラのように扱う女 キャビネ20枚組より2枚

198-07a マゾ4-01 春日 001d198-07b マゾ4-02 春日 001d



198-08 a,b,c,d) 不明
 4枚組ですが女王様がずいぶんお洒落なさっています。モデルは判りにくいのですが絹川文代嬢かと。絹川嬢でしたら最初に分譲されたのが58年12月号です。61年8月号でマゾ写真の女王様役。その時の相方は海野弘三で、この写真は小沼正三を相手にした62年1月号の(ひあ)+(ひめ)各2枚組かと思いますが、よくわかりません。
 もしそうなら
(ひあ)「真白な御み足を口に戴いて、その汗に濡れた芳香を親しく味わせて頂く小沼正三の幸せな姿」
(ひめ)「どっしりとした御尻から、じかに有難くも芳しい臭いをかがせて頂けるとは何んという幸せ。」
 なのですが、ちょっと何とも申し上げられません。ご意見いただければ幸いです。

198-08a マゾ5-01 春日 001d198-08b マゾ5-02 春日 001d

198-08c マゾ5-03 春日 001d198-08d マゾ5-04 春日 001d


198-09 a,b,c,d,e,f,g,h,i,j) 補遺1 春日ルミ嬢 組名不詳

 a,b,c,d の4枚のうち、1枚目はリミングが縦横違っているだけで、196-08a と同じ写真と思われます。後の3枚の組名はよくわかりません。
198-09a 補遺1 春日1 001d198-09b 補遺1 春日1 002d

198-09c 補遺1 春日1 003d198-09d 補遺1 春日1 004d

 次に、e,f の2枚ですが、これも 196-06a や 07 と同じ衣装です。

198-09e 補遺1 春日2 005d198-09f 補遺1 春日2 006d

 さらに、g,h,i の3枚も、196-06c と同じ衣装です。最後の j は絹川嬢じゃないかな? 間違ってたらごめんなさい。

198-09g 補遺1 春日3 007d198-09h 補遺1 春日3 008d198-09i 補遺1 春日3 009d

198-09j 補遺1 春日4 010d


198-10 a,b,c,d) 補遺2 絹川文代嬢 組名不詳
 このサイトの 105-1~9 絹川嬢の障子をバックにしたマゾフォトと同時撮影分ですが、組名を特定できません。

198-10a 補遺2 絹川1 001d198-10b 補遺2 絹川1 002d

198-10d 補遺2 絹川1 004c198-10e 補遺2 絹川1 005c


198-11 a,b,c,d) 補遺3 春日ルミ嬢 組名不詳
 これもよくわかりません。何かヒントが見つかれば付け加えます。
 それでは、男性マゾの写真は一通り終えましたので、この頁はここまでといたします。

198-11a 補遺3 春日?001g198-11b 補遺3 春日?002d198-11c 補遺3 春日?003d








197) 司馬孝 責画 複写写真55+3枚

 この頁は再構成いたします。奇クの分譲品リストを辿っておりますと、高い確度で作品の推定が出来そうです。それが終わるまでは、常に「工事中」という事になりますがご容赦ください。(2022.7.31)
 画像は全てスキャン済みでしたので、絵画の特定と解説の掲載のみで、意外に早く再構成を終えることが出来ました。
 次は、196の続きを掲載します。


 196)が終わりまして、この頁は引き続き大中判マゾ写真を掲載するつもりでおりましたが、最初の数枚で、これは修整に時間がかかりすぎると判断いたしました。ネガに指紋がベッタリ付いているようで、鑑識に持っていけば人物が特定できそうなくらいです。
 予定を変更して司馬孝氏の奇譚クラブ時代と思われる絵画を、非常に良い状態でカメラコピー(多分マミヤC105mm)し大中判にプリントしたものをご覧いただきます。原画は間違いなく直接描かれたもので、印刷物からのコピーではございません。

197) 01〜05  (なみ)(かん)「涙のダイヤモンド」
 1957年7月号p.164 でアナウンスされました「涙のダイヤモンド」です。
1枚目が本誌p.5の口絵、という実験的な試みで、それに続く5枚が2枚+3枚の2つの組に分けて売り出されました。

197-00  涙のダイヤモンド(1枚目)口絵
 一連6枚の絵物語ですのに1枚目が発売されませんでした。1957年7月号の口絵を掲載しておきます。p.164 の解説は以下の通りです。

<口絵解説><責画分譲>
 涙のダイヤモンド
             甲斐仁参案
涙のダイヤモンド
 (1) 地下の拷問室     [197-59]197-59 司馬孝 涙のダイヤモンド1059b
 香港…………。白系ロシヤ人が経営する宝石店に勤めている日本娘は、恋人の入院費欲しさに自分の受持のウインドーからダイヤを一つ盗み出し、露見した時の身体検査の用心の為に、そっとそのダイヤを嚥み込んでしまった。その日ほ顧客しか来店しなかったので閉店後の柵卸の際、嫌疑は必然的に彼女の上にかゝつてきた。服のポケットから縫目は勿論のこと、下着についても綿密な身体検査が行われたが、当然のようにダイヤは見つからなかった。
 屈強の店員達に護られた日本娘は、マダムの別邸へ連行された。身体に傷痕を残したりすると、不法監禁や傷害などの証拠を操られるのを嫌った彼等は、娘に厚い革の手袋をつけさせ、その上から頑丈な手鉄をキッチリと飲め、目かくしをつけさせた上、自動車に乗せて来たので、彼女は何処に運ばれて来たのか、知る由もなかった。ヒンヤリと冷たく漂う地下室の空気に娘は思わず戦慄した。部屋の壁には、数々の責道具が、鈍い光りを放って並べられてあった。−<本号口絵参照>−

197-01(かん)(2)伸し責197-01 司馬孝 001d
 目かくしを取られた娘は、先ず拷問台のトに仰向けに浸かされ、手錠のまゝ両腕を固定された。恐怖に指をひきつらせた足首にも、分厚い革帯が巻かれ、その上に大きな足枷が附けられた。合図と共に歯車が廻転し、足枷についた鎖はギリギリと巻き上げられていった。手足を引抜かれるような苦しさに、娘はカッと目を見開き、真珠のような歯の聞から玉切る悲鳴が絞り出された。
 
167-02(かん)(3)苦悶のコルセット197-57 司馬孝( かん02)057d
 数度の悲鳴が地下室の壁にこだましたが、それでも、ダイヤの行方を云わない娘は、素肌の上に革のコルセットを嵌められ、ベルトでキッチリと締められ、更に乳房からウエストまで太いロープが巻きつけられた。それだけでも息がつまり、内臓が口から飛び出すかと思われるくらい苦しいのに、その間に太小棒が差し込まれ、男の力でぐいぐいと締め上げられた。娘は目を閉じ、呻めき声を上げながらも、この残酷きわまりない拷問と戦ったが、血が頭に昇ってガンガンと耳鳴りがして胃袋や乳房を捻じきられるような激痛にたえかねて、遂に自分が嚥み込んでしまったことを白状してしまった。


197-03(なみ)197-02 司馬孝 002d(4)胃の洗滌 娘は必死になって許しを乞うたが、彼等に情容赦なく手取足取りされて、黄白い肉体を梯子の上に仰向けに固定されてしまった。両腕は後手に梯子の下で縛られ、両足首はそれぞれ梯子の桟に縛りつけられた。
 鼻をつまみ上げられ、息苦しさに思わず開いた口から鉗子で舌が挟み出された。「あゝゝゝ」と咽喉の奥で驚きの声を出したときにほ、す早く太いゴム
管が口の中へ挿入されていた。吐気を催す不快感に絶えず呻めきの声を放っていたが、その蛇のようなゴム管は咽喉の奥から食道を伝って、グングン胃の中まで送り込まれていった。
 ゴム管の端に附いた漏斗からは、幾杯もの水が次々と注ぎ込まれ、胃が水で一杯になるとゴム管を引き出し、梯子を逆さに立てゝ水を吐かされる苦しさ。マダムは、梯子の一端を吊り上げる縄を握って、この胃洗滌の光景を、ダイヤはまだ出ないか、と凝視し続けている。飲ませては吐かせ、吐かせては飲ませしたが、娘は、苦しさに乳房や腹部を波うたせるだけで、遂に目的のダイヤは出て来なかった。

167-04 (なみ)(5)ヒマシ油責