昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。なお、P.201 からは奇譚クラブ以外の媒体で販売された写真もご覧いただきます。

フェチ

152) miss Tanako Kawabata / 152) 川端多奈子嬢

 さて、ぼちぼちチャレンジせねばなりますまい。長く更新せずにおりましたが、その時期を迎えたのかな?
 所持いたします奇クの分譲写真も、残り多くはありません。そのうち、ボリュームを占めるのが、川端多奈子嬢で、まだ50枚以上ありそうです。
 残り約200枚の中で、この一群を始末しない限り次に進めそうもないためですが、消化試合にも順序がありそうです。
 今まで50頁あたりの「緊縛美のオンパレード」でも、133,146頁でも、大量の写真をご紹介いたして参りました。残りも昭和20年代末期の写真で、状態は必ずしも良くありません。決してソソラレルような代物ではなく、手間暇かけて修整しても、「イイネ」と言ってもらえそうもありません。正直、退屈な写真をお目にかけるために、苦痛な単純作業の連続になろうと思っています。
 なお、美濃村晃氏の緊縛写真
 http://minomurakoh.doorblog.jp のほうは、先に更新しておきましたのでよろしければご覧下さい。


152-01) 床の間での縛り
152 川端01Mc152 川端01Cb
 私の分類では、昭和28年のフォルダーに入れています。良く似た写真が掲載されていたのかな?
修整前のセピア色の印画紙を右にアップします。

152-02) 板敷き床での縛り
152 川端02Mc152 川端02Cb この頁後半の洋室は、全てこの部屋で撮影されたようです。


152-03) 和室での縛り。
152 川端03Cb152 川端03Mc さして変色しておりませんでしたので、モノクロのみご覧下さい。黒いところと白いところが極端で、スペクトルをいじって何とか中間部を復活したかったのですが、やや不自然になったようです。


152-04) 和室での縛り。
152 川端04Cb152 川端04Mc やっぱり褪色したオリジナルと共に掲載します。これからの都合がありますので。


152-05〜7) ベッドマット裏で縛り。
152 川端05Cb152 川端05Mc
152 川端06Cb152 川端06Mc
152 川端07Cb152 川端07Mc


152-08) 脚の縛り
152 川端08Cb152 川端08Mc 随分アンバランスな縛りかたに思えます。
褪色により、コントラストが極端になっていますので、少し軟調にして顔がわかるようにしました。


152-09〜10) 立位首吊り縛り
152 川端09Cb152 川端09Mc
152 川端10Cb152 川端10Mc


152-11〜12) 目隠しと猿ぐつわ
 12は川端嬢ですが、11はちょっと自信がありません。この当時のモデルさんはちりちりパーマで髪型が似てるんです。
 お毛ヶを「光」というタバコで隠しています。懐かしいですね、オレンジ色の。私はタバコを吸う年頃じゃありませんでしたが、20本入りの「新生」より少し高かったのかな?「ピース」よりは安かったんですよね。「いこい」はまだ出ていなかったんじゃ・・・。
152 川端11Cb152 川端11Mc
152 川端12Cb152 川端12Mc


152-13〜18) 椅子を使った縛り

152 川端13Cb152 川端13Mc
152 川端14Cb152 川端14Mc
152 川端15Cb152 川端15Mc
152 川端16Cb152 川端16Mc
152 川端17Cb152 川端17Mc
152 川端18Cb152 川端18Mc


152-19〜22) 椅子を使った縛り
 この頁は22枚で一旦終えまして、次に参ります。この四枚はピントもはっきりした写真です。
152 川端19Cb152 川端19Mc

152 川端20Cb152 川端20Mc

152 川端21Cb152 川端21Mc

152 川端22Cb152 川端22Mc



151) miss Yoko Sakurai & Bondage Photos with GAG / 151) 桜井葉子とさるぐつわ写真

 長く更新しませんと、全ての勘が鈍ってくるようです。桜井葉子嬢なんてとっくにUPし終わってると思ってました。まだだったんですね。
 猿轡写真が多いので、同時期の猿轡モノをいっしょに・・・と思ったのですが、149ページの木村洋子のところで、別に6枚ほどの猿轡写真がモデル不明で残っていますので、このページではそちらをお見せします。

151-01) 桜井葉子 1 
 桜井葉子嬢の分譲写真は60〜61年に4組12枚が発売されました。(かさ)3枚組を77ページに掲載しています。
 英字組は63〜64年のZ組とA組計5枚と、あれだけグラビアを賑わせたモデルさんにしては少量です。
 フィルムはパンクロといっても、オルソに近い時代。人物を撮るときはY2フィルターが必須でした。引き伸ばし機もうまく調整しないと周辺光量が不足した時代です。
 写真の題名は、ちょっと特定できません。
151-01 桜井葉子1d151-01 桜井葉子1E
 写真01bを追加します。原板は黒バックの人工光にしてはたいへんコントラストの低い写真でした。同時に、私のディスプレイは写真修正専用にチューニングしてありません。以前(100ページあたり)はそうしていたんですが、プリント用に調整するとWebに表示したときコントラストがつきすぎるんです。遊びで他のサイトを見ても面白くありません。
 それで、デフォルトに戻して、写真修正はやや柔らかめを心がけていたんですが、実際にプリントしてみるとコントラストが弱すぎたように思います。そこで前ページあたりから、もう少し硬めにしてみましたが、未だばらつきが出ています。01bですと黒つぶれ白飛びがおこっているのですが、あまり複雑な処理も出来ず、まあ自然に見える範囲でお目に掛けようと思っています。
 猿轡で顔が隠れている写真7枚を追加します。誰でしょうね? 

151-02 桜井葉子2c151-02) 桜井葉子 2
 Z-17 『くの字の足指苦悶』でしょうか?











151-03 桜井葉子3c151-03) 桜井葉子 3
 A-50 『立木縛竹棒責め』 と思われます。












151-04 桜井葉子4c151-04) 桜井葉子 4
 A-22 『 両手吊り股間吊り』 と思われます。












151-05 桜井葉子5c151-05) 桜井葉子 5
 Z-39 『尻立て縛りポーズ』 と思われます。






151-06,07) 誰でしょう? 1,2
 わからなくなると見境無く人に訊こうとする。私の悪い癖ですが、よろしくお願い致します。
151 誰でしょう1c151 誰でしょう2c


151-07,08) 誰でしょう? 3,4
 文化堂様より、関屋富佐子夫人とご教示いただきました。
112-11,12)でHASSAN様より頂戴したものを掲載しております。お二人に御礼申し上げます。 
151 誰でしょう3c151 誰でしょう4c


151-09,10) 誰でしょう? 5,6
 この左乳房の上に薄いアザのあるモデルさんはどなただっけナー。ああ、ひょっとしたら竹野ひろ子かもしれません。122ページに何枚かアップしています。
 
151 誰でしょう5c151 誰でしょう6c


151-11) 誰でしょう? 7
 文化堂様から金原奈加子とのご指摘です。ありがとうございました。107-28)や142-2-3) あたりと同時撮影分ですね。  
151 誰でしょう7c





 


 

150) miss Hatsuko Nagai in 1968 / 150) 長井葉津子 1968年

 長井葉津子嬢と思われる写真が20枚ばかり分類されております。長井嬢のかな組分譲写真は、1968年の5,6月号で18組54枚紹介されているのみです。英字組は同年8,10月号のX組Z組24枚ですが、何と73年のSM組に10枚が発表されています。このインターバルは気になるところですが難しいことを言わずにお目に掛けます。

 さて、今回の写真を追加するに当たり、最近の各ページをチェックしましたところ、140ページ(江口淑子嬢)のところに、4枚の不足写真がございましたので追加致しました。よろしければそちらもご覧下さい。(2014.05.05)   

150-01〜06) 長井葉津子 
 バックの壁に六角形の装飾が見えます。「六角飾りと斑の紐」 シャーロックホームズの小説のような写真6枚をお目に掛けます。02,04,05あたりが(よや)『全裸股間縛り媚態』かもしれません。
  
150-03 長井葉津子03c150-04 長井葉津子04c
150-05 長井葉津子05c150-06 長井葉津子06c
150-07 長井葉津子07c150-08 長井葉津子08c


150-07〜10) 長井葉津子 
 このホテルは六角形がテーマなんでしょうか? たった2ヶ月で発表された写真ですので撮影回数がそう多いとは思えません。せいぜい2〜3日でしょう。みんな同じホテルかも知れません。
 縛りかたに特徴が少なく、題名にも具体性がないので組名は想像できません。09が(よそ)『両手吊り正面晒し』ぐらいでしょうか?
 
150-01 長井葉津子01c150-11 長井葉津子11c
150-16 長井葉津子09c150-17 長井葉津子10c





150-11〜14) 長井葉津子 
 とんと更新が出来ずに申し訳ございません。別に準備万端整ったわけでなく、昨秋用意した写真だけでもアップ使用と思っただけです。
 インターバルがあきますと、迷いばかりが増えて・・・、却って考えすぎで間違いがでたりします。すると批判が怖くて億劫になります。皆様のご支援とご指摘だけを頼りに4枚だけ・・・。

150-11 長井葉津子13c150-12 長井葉津子15c
150-13 長井葉津子12c150-14 長井葉津子02c


150-15〜17) 長井葉津子 略号(よふ) 『正座猿ぐつわ仕置き』
 長井嬢の猿轡フォトは、かな組3組があるはずです。解説から(よふ)に間違いないと思いますのでお目に掛けます。解説は 「豆絞りの猿ぐつわで全裸のハツコは正坐させられてうなだれる。」と、簡単なものです。
 印画は、黒の引き締まった近代的な伸ばしですが、ネガのゴミは相当のものでした。68年の発売ですが、前の所有者が注文したのは多分70年代も半ば近かったのではないかと想像しています。
150-15 長井葉津子18c150-16 長井葉津子19c
150-17 長井葉津子20c


150-18〜22) 長井葉津子でしょうか?
 5枚お目かけますが、よくわからないのです。ヘアスタイルも違いますし、乳輪が大きかったりして多分別のモデルさんが相当多く混じっています。心当たりがあればお教え下さい。
 もし、この中に長井嬢がいるのでしたら73年発売のSM組かも知れません。雑誌グラビア再開を機に撮影しなおしたのでしょうか? でも72年以降の奇クに長井嬢のグラビアってあったかな?

 随心院様からコメントをいただいています。
「150-17)までは長井葉津子。18)と20,21)は江口淑子。19)は金原奈加子。22)は新井慶子。23,24)は長井葉津子。」 とのご意見です。関連写真をチェックして訂正致します。

150-18 長井葉津子10c150-19 長井葉津子09c
150-20 長井葉津子14c150-21 長井葉津子23f
150-22 長井葉津子24c


150-23,24) 誰でしょうか?
 これは長井嬢ではないと思います。でも誰でしょう。近代的な絵ですので、70年に入ってからと思います。どうもよくわからないのです。お心当たりをご教示下さい。
万一、長井嬢だとすると、X組の29『縄に喘いだ童顔』 X-24の『柱縛りの隙間見』 などが候補です。
 しかし、この腰のくびれは魅力的ですね。
 このページ、半年かかってしまい、ご迷惑をおかけしましたが、これで終えます。
150-23 長井葉津子?21c150-24 長井葉津子?22c


149) Ms. Yoko Kimura , Shigemi Mizumoto , Asako Matsumoto / 149) 木村洋子,水本茂美,松本アサ子

 いよいよ暗剣殺の木村洋子さんです。この方、活躍時期(かな組発売時期)が永い。64年の初出時に既におばさん顔でおばさん髪。四〇代に見えるのですが、実はお若かったのでしょう。お肌はきれいでした。最後の発売は何と73年11月号。時代を経るに従って、どんどん若返って見えるのが妙味ですが、同時に髪型も表情も大きく変化するので他のモデルさんと間違えやすい。整理するには実に難しいかたなんです。
 同時にマイナーモデルが何人かまとまりましたので、水本茂美と松本アサ子を数枚ずつお目に掛けます。
  

149 木村洋子01c149−01) 木村洋子01 
 紛れもなく木村洋子嬢です。あたりまえか・・・ 
 67年7月発売の、『マゾ女のMの生態』 というご丁寧な表題が付いていますが、略号(きに) 解説は 「「どうか私をいじめて下さい」というラベルを全裸で開股縛りにあった前にぶらさげ或は片足吊りで逆さになった裸身にラベルをはられて全身をふるわすマゾ女。」
 あるいは、68年10月のZ26『洋子をいじめて』かも知れません。  


149 木村洋子02c149−02) 木村洋子02 
 これが木村洋子のデビュー作です。初出は大中判でしたが、この印画は大手札版ですので65年7月のK組49の『立木より逆さ吊り』でしょう。Z組64の可能性も無いではありませんが・・・ 96頁で白川様から頂戴した写真と同時撮影ですが、別のカットです。 











149−03) 木村洋子03 
149 木村洋子03c 美しき縛め 第4集(65年3月)に『野外における晒責写真』として掲載されている見開きの右上の写真です。従って石橋の上で転がされているのは玉田美佐子嬢ということになります。この部分をアップにしたのが第10集(66年9月)に掲載されています。
 たしか、どなたかの別荘だったか、ご自宅だったかの庭園をお借りして撮影できたという記事がなかったでしょうか? 当時、浜寺や羽衣には、このような広大なお庭のある邸宅が随分在ったものでした。実は私も、これ程広くはないにせよ、148-2と良く似た庭と広縁のある屋敷で育ったんですよ。 





149−04〜06) 木村洋子 04〜06  
 05 の写真は、99頁で 随心院様・GT5500様 から教えていただいたそのものです。美しき縛め第10集に別カットが随分掲載されています。 
149 木村洋子04c
149 木村洋子05c149 木村洋子10c


149−07〜10) 木村洋子07〜10 
 ここまでの写真は、実は随分前にスキャンが出来ておりました。ところが、これを木村洋子として発表すると、過去のいくつかの写真を訂正せねばならず、躊躇していた次第です。
 まず、7頁G86,89は共に木村洋子に間違いないでしょう。G86は奇クの目録が間違っていたと言うことになります。次に、106頁の01と09も共に荒尾慶子ではなく木村洋子という事になります。縛りかた、特に左腕の一番下の縄の捩れ迄全く同じだからです。01なんか後ろ髪がショートカットのように見えるのですが、本当にそうなのかなー?
  
149 木村洋子06c149 木村洋子07c

149 木村洋子08c149 木村洋子09c


149−11〜13) 水本茂美 01〜03
 62年12月号で発売された 『強烈エビ責』 大手札3枚組 略号(えひ) と思われます。写真11の裏に(えひ)と書き込みがあります。
  
149-13 水本茂美03c149-11 水本茂美01c

149-12 水本茂美02c 水本嬢の写真は 93頁にOldFan様から頂戴した3枚の他、4,5,90頁にアップしています。かな組はこの月に出た2組6枚のみ。B組E組に7枚。合計13枚が全てです。 











149−14〜16) 松本アサ子(まと)01〜03 
 最初の2枚は裏に(まと)と書き込みがあります。63年12月号で2組6枚だけ分譲された松本アサ子さんです。おばさんモデルなので、木村洋子と一緒に分類していました。
 『強烈エビ責め』 (まと) 「「臨時増刊号」に初めて登場した愛読者のモデル志願者が自己のマゾ性を満足させるために、すすんで最も強烈な縛りを要求したカメラの前に晒した全裸エビ責めのポーズ。両足先が顎近くまで折り曲ったこのエビ縛りは、時聞が経つに従って、苦痛が増してくる。全身脂汗を流して耐えるシーン。」 なお、3枚目だけは同時発売の (まつ) かも知れません。
 この頁はこれで終了。次は長井葉津子嬢を予定しています。
  
149-14 松本アサ子まと01c149-15 松本アサ子まと02c
149-16 松本アサ子03c



148) Miss Misako Tamada in 1964~65 / 148) 玉田美佐子 64〜65年

 さらに少し時代を進めまして、1964〜65年の玉田美佐子嬢です。と、申しましても64年9月に3組が出た後は、65年7月の 『褌美に羞じらう』 だけ。かな組合計15枚。英字組はGとK組に30枚あります。
  このお方、滅多にお顔をお出しにならない。ですから特定が非常に難しいのですが、いただいた過去のコメントなどから割り出しました。
 

148−1) 玉田美佐子01 (多分G組の12 『全裸しぱりと浣腸器』 )
 本ブログ77頁の1枚目の写真です。皆様のご協力により玉田嬢と知れたものです。
 非常に美しい印画でしたのでスポッティングは僅か20カ所ほどで済みました。やっぱり保存のいい新しい写真(と言っても64年11月)は楽です。
 奇ク64年8月号グラビアと同じ場所での撮影です。

148 玉田美佐子02G12c

148−2) 玉田美佐子02 
 『美しき縛め 第4集』に、『○柱縛りの晒し責め組写真』 として掲載されているものと同時撮影分です。同10集(略号美10)9ページ目にも類似写真があります。
148 玉田美佐子03美10c

148−3a〜f) 玉田美佐子 03〜08  64年7月号(ねへ)他  
 1枚目(3a)の写真裏に(ねへ)と書き込みがあります。
 略号(ねへ)なら、64年7月号初出 『後手首の高縛り』 3枚組 「きっちりと合せで括りあげられた後手首か首筋近くへ高々と吊りあげられで、身動きできない全裸の女体が、縄目の痛さに転々としで床の上をころがりまわる。」 とありますが、あまり高くないですね。
 これと同じ縛り方がしてあるのが、3bとcですが、3cは9頁のK05ですね。後は同時撮影分を英字組で発売したものでしょう。 

148 玉田美佐子01ねへc148 玉田美佐子20c
148 玉田美佐子15c148 玉田美佐子17c


148 玉田美佐子18c
148 玉田美佐子19c


148−4a〜c) 玉田美佐子 09〜11  64年7月号(ねと)  
 148−3に(ねへ)が含まれるなら、これが同時発売の(ねと)と思われます。
  
 略号(ねと) 『椅子またぎの責め』 3枚組 「一糸まとわぬ肌にひしひしとまといつく高手小手のきびしい縛しめ。両股を大きくひろげさせられて無理矢理椅子をまたがされた美佐子は白い肌を真赤に染めて素直に晒らされるのであった。」 
148 玉田美佐子11c148 玉田美佐子12c
148 玉田美佐子13c

148−5a〜d) 玉田美佐子 12〜15  
 このモデルさんも玉田嬢だと思うんです。ただ、奇クの分譲写真は褌まで全部入れても45枚しかありません。本ブログでこの頁を含めて25枚を公開していますので、所持率は56%。平均的には1600/13000=約12%ですので、玉田嬢ばかりこんなに集まっていたのかなーと心配な気がします。前の持ち主が玉田嬢のファンだったんでしょうか?
 珍しい片肩を通した縄で吊るように後ろ手縛りにしています。5aは9頁掲載のK42ですね。 

148 玉田美佐子04K042c148 玉田美佐子07c
148 玉田美佐子08c148 玉田美佐子06c


148−6a〜e) 玉田美佐子? 16〜20  
 だんだん心細くなってきます。大丈夫間違いないんだろうな・・・と恐れつつアップします。 
 6eが(ねむ)でしょうか? 『強烈エビ責め』 3枚組 「足の指が全部反りかえってしまうほど厳しく縛りあげた足首を背中の後手首と連結しで、ぐいぐいと締め上げれば、全裸の美佐子はう、う、うう、と思わずうめいて全身を痙れんさすのだった。」と解説があります。そうでなければ、G02、G94、K43などが考えられます。
 なお、褌写真の(こん)は80頁にアップしてあります。 

148 玉田美佐子05c148 玉田美佐子10c
148 玉田美佐子16c148 玉田美佐子14c
148 玉田美佐子09c



 

147) Miss Hikaru Higashiura in 1961~66 / 147) 東浦ひかる 61〜66年

 少し時代を進めて、東浦ひかる譲の写真が15枚ばかり出て参りましたのでお目に掛けます。フェティッシュなイメージの強い東浦嬢ですが、割合普通っぽいのもあるんですね。
 1961年5月号が紹介された最初の広告です。当時は奇クのグラビア全盛期で大塚、絹川、梨花の3大モデルが誌面を賑わしておりました。そんな中発売されたのは一組3枚のみで、次の分譲品は62年8月号に一組。実にマイナーなモデルとしてスタートしたんですね。
 本格的発売は63年に入ってから。東浦嬢単独で66組。山原清子とのマゾ役や大塚・木村との競演などを入れますと、かな組だけで優に80組を超えるスターに成長いたします。美人とは申し上げにくいのですが、多分色白で、肌が軟らかくなめらかで、縛って気持ちのいい人だったんでしょう。マゾ、フェチ、浣腸、女斗美、レズ、何でも嫌がらずにこなしたのも、長寿の秘密だったのではないでしょうか。 
 なお、東浦嬢のフェチフォトは http://blog.livedoor.jp/dannamurakami/ にアップしてございます。
 このサイト23頁に、抜けておりました谷山久美子のY43,47を挿入致しました。一度ご覧下さい。  

147−1、2) 東浦ひかる悦虐図絵 (ひか) より2枚 
 写真の裏に(ひか)と書き込みがあります。それなら、61年5月号でアナウンスされた 『東浦ひかる悦虐図絵』 略号(ひか)3枚組に間違いないでしょう。解説は 「辻村隆の今月号掲載「私を責めて下さい」の主人公である典型的なマゾヒスト、その強烈な緊縛をお楽しみ下さい。」 となっています。 
147-01C 東浦ひかる(ひか)1b147-01M 東浦ひかる(ひか)1c
147-02C 東浦ひかる(ひか)2b147-02M 東浦ひかる(ひか)2c
 と、書きました。実は皆さんに隠していたことがありまして、(ひか)には2種類あるのです。先の61年5月号と、66年4月号に、『ボリウムをくびる』 (ひか)3枚組、解説「最近になって、ひとしおボリウムを増してムクムクと肉のついてきた張りきった裸身を縄目か、まるで俵のようにくびって、縄目の間に肉がむくれあがっている。」が出ております。
 この66年分が同じ写真の値上げ再発売分という可能性もあり得るのですが、上記2枚はイーゼルの形から明らかに61年のプリントですし、「最近になって、ひとしおボリウムを増して・・・」とある66年の解説から、両者は別物と考えざるを得ないのです。以上勘案して61年の(ひか)と断定致しました。
 これ以外にも、当時の略号は間違いが多く、66年の『後手垂直しぱり』では(ひき)(ひけ)と2つの略号が割り当てられていたようです。
 

147−3〜5) サテン衣装の緊縛 (E91,E96,A28?) 
 特徴的な衣装ですのに、かな組には該当がありません。英字組に「責め衣」という名称で3枚ありましたが、多分これかと思います。63年8月のE91『責衣にくるまれて』、E96『肉体美の責衣ゼメ』と、64年2月のA28『責衣にはみ出る肌』です。ほとんど退色しておりませんので、白黒のみお目に掛けます。 
147-03 東浦ひかる(サテン1)c147-04 東浦ひかる(サテン2)c147-05 東浦ひかる(サテン3)c


147−6〜8) サポーター着用の縛り 
 これも特徴的な衣装ですのに、組名を特定できませんでした。3〜8はゴミが少なく、階調も大変綺麗な写真でした。
 
147-06 東浦ひかる(サポーター1)c147-07 東浦ひかる(サポーター2)c

147-08 東浦ひかる(サポーター3)c


147−9〜10) 椅子下の責め
 よくグラビアで使われた写真ですが、組名は特定できません。ただ9の写真はP.4収録のB−32と同一らしく見えます。 
147-09 東浦ひかる(椅子下1)c147-10 東浦ひかる(椅子下2)c


147−11〜13) 白い猿轡
 13だけは印画の状態が違いますので、別組で発売されたものと思います。髪型も違っていますね。
   
147-11 東浦ひかる(白猿轡1)c147-12 東浦ひかる(白猿轡2)c
147-14 東浦ひかる(白猿轡3)c


147−14,15) 残り 
 残り2枚となりました。14は64年2月のA37『椅子またぎ汚辱責』かと思われます。7頁に類似写真がありますが、これはG23と書き込みがありました。
147-13 東浦ひかる13c147-15 東浦ひかる15c



146) Miss Tanako Kawabata in 1953~54 / 146) 川端多奈子 53〜54年

 いよいよ、川端多奈子嬢をアップしなければなりません。奇譚クラブ最初期の大スターです。奇クで川端嬢と明記して分譲されたのは53年1月号からで、その年はキャビネ版4組。11月から翌5月に手札型3組が出されています。全て略号が付く以前の発売です。
 しかし、52年8月号から順次発売された『責め女の写真』約500枚の過半が川端嬢に違いありません。分類不能であるが川端嬢らしき写真を随分持っておりますので、その中からお目に掛けます。
 

146−1a,b,c,d) 畳の上の緊縛 
 『責め女の写真』と申し上げましたが、時期により題名が変わっております。本ブログでは53年10月号グラビアの題名から、『緊縛美のオンパレード』として39〜58頁に第6〜10篇250枚ばかりを掲載致しております。問題はその前、第1〜5篇の内容が全く分からない事です。私の持つ川端嬢の写真の多くがこの2〜5篇200枚中に入っていたのではないかと思っております。
 
146 川端多奈子 01Cb146 川端多奈子 01Mc
146 川端多奈子 02Cb146 川端多奈子 02Md
146 川端多奈子 03Cb146 川端多奈子 03Md
146 川端多奈子 06Cb146 川端多奈子 06Mc


146−2a,b,c,d,e,f,g,h,) 座卓を使った縛り 
 1a,bにも塗りの座卓が使われています。同時撮影分だとは思うのですが、より積極的に和机を使った作品をお目に掛けます。
 
146 川端多奈子 04Cb146 川端多奈子 04Mc
146 川端多奈子 05Cb146 川端多奈子 05Mc

2−c) すごくワイド感がありますが、何で撮ったんでしょうか? ワイドローライを含めてレンズ交換できる中判カメラは、当時まだ発売されていません。 
146 川端多奈子 07Cb146 川端多奈子 07Mc

146 川端多奈子 08Cb146 川端多奈子 08Mc
146 川端多奈子 09Cb146 川端多奈子 09Mc
146 川端多奈子 10Cb146 川端多奈子 10Mc
2−g) 何か、腰を痛めたおばあちゃんみたいなポーズですね。
146 川端多奈子 11Cb146 川端多奈子 11Mc

146 川端多奈子 12Cb146 川端多奈子 12Mc


146−3a,b) 丸い床柱 
 この2枚は、今まででいちばん劣化退色した写真でした。スキャンするときは先に画像濃度をヒストグラムで調整し、写真の全階調をデータ化出来るようにセットしてからスキャンいたします。ところが、この画像はうすら明るい部分が残っているだけで白は黄色く黒はセピアに変色していましたので、実に狭いレンジのみをスキャンしたことになります。おかげで印画の変色が強調されてしまいましたが、実物はこんなには黄色くありません。
 退色はともかくとして緊縛写真としては良くできている作品だと思います。
 
146 川端多奈子 13Cb146 川端多奈子 13Mc
146 川端多奈子 14Cb146 川端多奈子 14Mc


146−4a,b,c,d,e,f) ベッドの緊縛 
 次に、ベッドを使った緊縛6枚です。元写真は、やや退色していますが良い調子を保っています。
 
146 川端多奈子 15Cb146 川端多奈子 15Mc
146 川端多奈子 16Cb146 川端多奈子 16Mc

146 川端多奈子 17Cb146 川端多奈子 17Mc
146 川端多奈子 20Cb146 川端多奈子 20Mc
146 川端多奈子 21Cb146 川端多奈子 21Mc
146 川端多奈子 22Cb146 川端多奈子 22Mc


146−5a,b,c,d,e,f,g) 板の間の緊縛 
 ちょっとコントラストの高い写真が多かったので、一部を少し軟調に仕上げました。これでこの頁を終えます。
 
146 川端多奈子 18Cb146 川端多奈子 18Mc
146 川端多奈子 19Cb146 川端多奈子 19Md
146 川端多奈子 23Cb146 川端多奈子 23Mc
146 川端多奈子 24Cb146 川端多奈子 24Mc
146 川端多奈子 25Cb146 川端多奈子 25Md
146 川端多奈子 26Cb146 川端多奈子 26Mc
146 川端多奈子 27Cb146 川端多奈子 27Md



 

145) Miss Fumiko Nakatsuka in 1956 / 145) 中塚文子 須川令子 益田房子 厚狭春江

145−1a〜1e) 中塚文子 AS06 『強烈股間緊縛』
 昭和31年4月号で発売された、中塚文子のAS06 6枚組と思われる写真です。5枚見つかりました。
 解説は 「新人中塚文子嬢を観念させた新考案の強烈股間縛りは豊満な全裸の肌を容赦なくさいなみつづける」 となっております。
 最初、須川令子かと思い、分類していたものですが、このブログ2頁の最初の写真、R45 から中塚文子と知れました。
 中塚文子は56年4月から8月にかけて3組13枚が発売されており、59年10月のR組で5枚が追加されています。
 
145 AS06中塚文子 04Cb145 AS06中塚文子 04Mc
145 AS06中塚文子 05Cb145 AS06中塚文子 05Mc
145 AS06中塚文子 06Cb145 AS06中塚文子 06Mc
145 AS06中塚文子 07Cb145 AS06中塚文子 07Mc
145 AS06中塚文子 14Cb145 AS06中塚文子 14Mc
 サムネイルの大きさが少し違いますが、実ファイルは同じ大きさです。最後の写真が2頁の R-45 とほぼ同じ写真です。
 ・・・と書きましたが、最後の1枚はどうやら R-45 『股間縛り』 そのもののようです。すなわち、AS-06 が4枚とR-45が1枚ということですね。猿轡のあるのがR組という事でしょうか。
  

145−2a〜c) CS-06 『排泄の強要』 中塚文子 
 私は、トイレの写真は須川令子だけと思い込み、そのように分類しておりました。調べてみると、桜井葉子、三浦純子、須川令子、川路むら子、大塚啓子、中塚文子とあるようです。
 56年5月号でアナウンスされた、CS-06 『排泄の強要』 4枚組。解説は「新人、中塚文子嬢の再び登場、場所を洋風のトイレに選び、すべて狭い便器の上で、ポーズをとらした稀少な一篇、前回の強烈股間緊縛で好評を博した中塚嬢が、更に新生面を拓いた緊縛マニヤも浣腸マニアも必見の緊縛フォト。」 となっております。今なら和式トイレと言うべきですが、この当時は洋風と呼ぶに値したようです。
 なお、この2cの写真は、R組98の 『トイレ正面排泄縛』 の可能性が大です。プリントの退色が少なく、ガラス式ネガキャリアーに起因するニュートンリングが出ております。猿轡もされており、同じ組とは考えにくいのです。
 
145 CS06中塚文子 08Cb145 CS06中塚文子 08Mc
145 CS06中塚文子 09Cb145 CS06中塚文子 09Mc
145 CS06中塚文子 10Cb145 CS06中塚文子 10Mc


145−3a〜c) DS-07 『浴室股間縛』 中塚文子
 56年8月号で発売された、DS-07 3枚組と思われます。「新人中塚がAS6、CS6、に続いてマニアの方々に問う傑作、彼女の作品は、その大胆さと強烈さのために、どなたからも絶讃を頂いている。是非一集を!」 と説明が添えてあります。
 このガードルガーター。当時アメリカ好みのモダンな下着だったんでしょうね。前の写真でガーターが撥ね出ているところがエロっぽいです。モダン好みの私の母がし始めたのが昭和32年ごろだったかな? 今は見る影もない母ですが、当時はくっきりした顔立ちの華やかな美人で、モテモテだったんです。
 中塚文子は以上でおしまいです。
 
145 DS07中塚文子 11Cb145 DS07中塚文子 11Mc
145 DS07中塚文子 12Cb145 DS07中塚文子 12Mc
145 DS07中塚文子 13Cb145 DS07中塚文子 13Mc


145−4) 須川令子の1 
 99頁で須川令子とお教えいただきました写真です。
 
145 須川令子 01Cb145 須川令子 01Mc

145−5) 須川令子の2 
 同じ写真が別冊奇譚クラブ60年11月号『淫火』のグラビアに出ておりました。 
145 須川令子 02Cb145 須川令子 02Mc


145−6) 須川令子の3 益田房子 
 GT−5500様よりご教示いただきました。
 なるほど益田房子ですか。58年の12月号『寝室の苦悶』(くもん)「ベッドの上、後手にいましめられて転々と悶えてやまぬ房子嬢」 ということですね。
 
145 須川令子 03Cb145 須川令子 03Mc


145−7) モデル不明、大塚啓子か? 厚狭春江
 下の写真と撮影場所は同じで、似た縛り方なんですが、ヘアスタイルが違います。
 GT−5500様より厚狭春江とのサジェッション。53年7月号112ページ下段の写真ですね。なるほど、これは納得がいきます。でもこのグラビア(オフセットかも知れませんが)4ページに、南泰子、高瀬忍、厚狭春江、村田那美子、坂口利子、高瀬忍と、各人ほぼ1枚ずつ掲げられているだけ。よくお気づきになられたと思います。訂正致します。
 
 
145 大塚啓子? 15Cb145 大塚啓子? 15Mc


145−8) モデル不明、大塚啓子か? 厚狭春江? 
 大塚啓子に似ているんですが・・・誰でしょう?
 
 大塚啓子は58年からです。これはもっと前の写真でしょう。厚狭嬢かも知れませんが、この当時、モデル嬢を複数呼んで同時撮影していたようですので。他のモデルさんの可能性もあります。私にはよく分かりません。 
145 大塚啓子? 16Cb145 大塚啓子? 16Mc






 

144) Miss Masako Ibuki in May.1954~Dec.1956 / 144) 伊吹真佐子嬢

 ここしばらく、白川様から頂戴した写真でお茶を濁した感じですので、いよいよ手持ちの残りをアップ致さねばなりません。川端嬢が随分沢山残っているのですが、僅かに時代を繰り下げて伊吹真佐子嬢を選びました。
 伊吹嬢は、春日ルミとの競演を128頁に、キャビネ版を、95,98,103,117頁に掲載致しました。手札版の単独写真を特集するのは初めてです。現在それらしきもの28枚のスキャンを終えておりますが、何分古い写真なので修整に苦労致しております。
 

144−1) R組8 『鏡に映った後手』 
 私、写真屋さんでいただく簡易アルバムを使って分類しているのですが、そこに付箋でR8と記入があります。確かに1959年10月号で発売された、R組百花撰『女体緊縛フォトオンパレード』 の8 『鏡に映った後手』に間違いありません。けれどもどうしてそれと知れたのか、自分でも分からないのです。写真裏には何も書いてありません。
 ずっと以前、写真の来歴を一生懸命探求していたときは、「アッこれだ!」と分かったのでしょうか? だとすると今は随分マンネリになっていると言うことですね。心すべき事です。
 印画紙は大手札に白縁付きで、適当にセピア変色しています。
 
伊吹真佐子144-01CRb伊吹真佐子144-01MRc
144−2) R組31 『くさりゼメ』 
伊吹真佐子144-02CRb伊吹真佐子144-02MRc
144−3) R組92 『腹部丸出し猿轡』
 まあなんとポッテリしたお腹・・・
 
伊吹真佐子144-03CRb伊吹真佐子144-03MRc


144−4) ビニール紐縛り
 55年4月号p.241。辻村氏の 「緊縛モデルの素顔 その2」 で、「ビニールの紐で全身を縛られた伊吹真佐子嬢」 として紹介されております。
 
伊吹真佐子144-04Cb伊吹真佐子144-04Mc
144−5) ビニール紐と紹介されていますが、私には6.3个力寝札董璽廚里茲Δ妨えて仕方がないのです。じゃあ細いのは3.8个離セットテープかと言われましても、カセットテープが国産化されるのは1965年ですから、時代が違います。何を使ったんでしょうね? 
伊吹真佐子144-05Cb伊吹真佐子144-05Mc
144−6) これほど特徴的な3枚組なのに、奇クの宣伝に該当するものがありません。当時(かな)組はまだ無く、無印やAS01、CS04、P03といった形で、10組の伊吹嬢単独の手札組写真と、後に出た単独のBS組やR組といった単独写真16枚があるのですが、「ビニール紐」と明記したものは見つかりません。
 こうしてみますと、伊吹嬢も脚が長くてなかなかの美人です。「化粧をすればするほど不美人になる」という評はその通りなのでしょう。でもこのかたの値打ちは、マゾ役であろうが、逆さづりであろうが、浣腸であろうが何でも受け入れる柔軟性と、梨花悠紀子嬢を紹介するなど、人柄の良さでモデルをやめた後でも奇クに貢献し続けたことでしょうね。
   
伊吹真佐子144-06Cb伊吹真佐子144-06Mc


144−7) はしご縛り 
 これより梯子を使った緊縛写真です。5枚の最初ですが、ちょっと他の写真とは毛色が違います。98−3a)と同時撮影分と思われますが両足が宙に浮いています。サイズは大手札です。
 
伊吹真佐子144-14Cb伊吹真佐子144-14Mc
144−8) 54年5月号で『梯子責め3態』がアナウンスされていますが、キャビネ3枚組です。98−3)でご紹介しました。
 これは大手札。モデルは伊吹嬢に間違いないと思うんですが別のシリーズで、出所が分かりません。
 
伊吹真佐子144-15Cb伊吹真佐子144-15Mc

144−9) ここからの3枚は手札サイズです。54年9月と11月に手札サイズで『伊吹真佐子嬢悦虐集5枚組』として出たものでしょうか? 
伊吹真佐子144-16Cb伊吹真佐子144-16Mc
144−10)  
伊吹真佐子144-18Cb伊吹真佐子144-18Mc
144−11) これで梯子を使った縛りはおしまいです。 
伊吹真佐子144-19Cb伊吹真佐子144-19Mc


144−12) ひもの縛り 
伊吹真佐子144-21Cb伊吹真佐子144-21Mc
144−13) ひもの縛り 
 2枚の写真と思っていたのですが、上の写真の単なる裏焼きかも知れません。同一ネガのわずかに角度とトリミングが違う裏焼きでしょう。
 
伊吹真佐子144-22Cb伊吹真佐子144-22Mc


144−14) カーペット上のかに縛り 
 正式には「かに縛り」とは言えないと思いますが・・・ 
伊吹真佐子144-23Cb伊吹真佐子144-23Mc
144−15) 同じカーペット上の縛り 
 この当時、縄やロープよりも紐による緊縛が多かったようです。
 
伊吹真佐子144-24Cb伊吹真佐子144-24Mc


144−16) 開脚逆さ吊り 
 そうとう危険な縛り方ですね。見ていてコワイです。片足ずつ吊ったのでは痛いでしょうから、最初は両足を揃えて、その後二つに分けたのでしょうか? 良く耐えています。 
 上部の現像ムラは現像液に浸けるとき端っこが浮き上がってムラになったものと思います。夏にプリントしたんじゃないでしょうか? あちこちにムラがあり、現像液温度が高いように思います。
 
伊吹真佐子144-25Cb伊吹真佐子144-25Mc
144−17) タヌキ吊り 
 想像しますに、これがR35『手足逆吊り』でしょうか? としますと、直前の写真はR24『逆さ本吊りゼメ』ということになりそうです。 
伊吹真佐子144-26Cb伊吹真佐子144-26Mc


144−18) これも一応股間縛りに属するようです。 
伊吹真佐子144-20Cb伊吹真佐子144-20Mc

144−19) とすると、これが同時撮影分と思われます。56年4月号のAS10『新股間縛り』3枚組? それとも59年10月号のR11『股間縛り正面』でしょうか? 
伊吹真佐子144-27Cb伊吹真佐子144-27Mc


144−20) だんだん自信がなくなってきます。これより少し前の時代には厚狭春江というポッチャリモデルがいらっしゃいました。写真にモデル名を明記しなかった時代なので実態が正確には分かりません。他にも間違う可能性があります。当時のモデルさん、メイクもパーマヘアもよく似ており、間違えやすいのです。   
伊吹真佐子144-28Cb伊吹真佐子144-28Mc

144−21) どうせ分からないのなら準備が出来た順にどんどん上げていきましょう。 
伊吹真佐子144-07Cb伊吹真佐子144-07Mc
144−22) 一見 114-11) の続きで梯子縛りのように思いますが、梯子じゃなくて柱です。同日撮影分だとは思いますが。 
伊吹真佐子144-17Cb伊吹真佐子144-17Mc


144−23) ここからはモデルが違うように思います。 
伊吹真佐子144-08Cb伊吹真佐子144-08Mc
144−24)  
伊吹真佐子144-09Cb伊吹真佐子144-09Mc
 144−25)  
伊吹真佐子144-10Cb伊吹真佐子144-10Mc

144−26) モデルの特定がだんだん怪しくなってきます。 
伊吹真佐子144-11Cb伊吹真佐子144-11Mc
144−27)  
伊吹真佐子144-12Cb伊吹真佐子144-12Mc

144−28)  
伊吹真佐子144-13Cb伊吹真佐子144-13Mc





143) Other Bondage Photographs presented by Mr. H Shirakawa / 143) 白川様のページ 最終

 白川様から頂戴致しました緊縛写真。モデル不明のもの、バラでまとめられないものなどありますので、全てここに掲載致します。また過去にいただきました中にも miscellaneous で未掲載の分があるかも知れません。それらも逐次この頁に載せます。年末に際し白川様に改めてご提供の御礼申し上げます。
 いよいよ大晦日を迎えました。皆様今年はいかがでしたでしょうか? 暗い方ばかり見るのではなく、明るい話題に希望を託したいと思います。 どうぞ皆様良き新年をお迎えください。


143−1,2) 安井喜久子夫人
 左からフラッド球の照明。レフ板は使っているのかいないのか? モデルが誰かよく分かりません。あまり見かけないお顔です。

 ・・・と書きましたが、後輩様から、143−1〜5は全て安井夫人とご教示いただきました。私も異存ございません。94頁に白川様から頂戴したムチ打ちの写真もあります。111頁にはHASSAN様から頂戴したものもあります。私の識別眼は安井喜久子と木村洋子が死角のようです。
 94頁を見れば明らかですが、右腕の種痘痕が安井夫人のものでした。モデルが判明しましたので、お正月の内に頁構成を変更しておきます。
 
  
1212d
5252c

 
 



143−3〜5) 安井喜久子夫人
 随分ローキーの茶色に変色した写真のデータを頂戴しました。モデルさんはよく分からないのですが安井喜久子に似ています。もしそうなら、68年1月号の(おわ) 『逆エビ責めに喘ぐ』 4枚組の3枚ではないかと思います。
 解説は「柔軟な肢体を誇る裸身が両足首を縛った繩と高手小手の縄とを結して締め上げることによって美しい曲線を描いて苦痛に喘ぐ。」 となっております。安井夫人の写真は同年1〜3月に21組発売されています。
18安井喜久子安井18c
48安井48c
47安井47c


143−6) 絹川文代 
33絹川33絹川c


143−7) 長井葉津子 
6長井葉津子6長井葉津子c


143−8) 
1313長井c


143−9,10) 
33c

5151c

143−11,12) 
2323c
4949c

143−13,14) アップコレクションにもありましたが・・・ 
3636c124-11
3838c


143−15,16,17) さて誰だっけ? これで白川様から頂戴した写真はおしまいです。 
44c誰?
1515c誰?
4242c誰?


142) Ms. M.SAKON and others presented by Mr. H Shirakawa / 142) 白川様のページ 検〆原疔穃せ 金原奈加子 中河恵子 大島照代

142−1) 左近麻里子 1-1a,b 1-2a,b 1-3a,b 1-4a,b 1-5a,b
 白川様から今春頂戴したスキャンデータを公開しています。まずは左近麻里子です。1-5の写真は106-15と同じのようです。 
 2013.1.1 随心院様のご指摘により 142-1-5 と 142-3-3 を入れ替えました。1-2 と新 1-5 とは同時撮影分で同じ組で発売されたものと思われます。
 
16左近16d

39左近39d

17左近17d


44左近44c
1414中河c



142−2) 金原奈加子 2-1a,b 2-2a,b 2-3a,b 2-4a,b 
 107頁と同じ襖です。
 
7金原7c
9金原9c

10金原10c
43金原43c



142−3) 中河恵子 3-1a,b 3-2a,b 3-3a,b 3-4a,b 
 4枚ありますが全て状況が異なっております。バラ売り分なら68年のX組とZ組計19枚のいずれかだと思います。 
22中河d
88中河c
45左近45?c
4141中河c


142−4) 大島照代 4-1a,b 4-2a,b 4-3a,b 4-4a,b 
 大島照代が奇クの分譲写真に出たのは67年のみ。でも同年に25組も出しています。(英字組は68年のX組4枚のみ) きっと子供を抱えてお金が必要だったのかな? でもこの人、奇ク廃刊後も確かスペシャリーなどで見かけました。奇クで知り合った作家とデイトは繰り返していたようですね。 
2828大島c

3434大島c

55大島c
3131大島c



141) Mrs. F.SEKIYA and others presented by Mr. Haruki Shirakawa / 141) 白川様のページ 掘ヾ慍杏拑柑 ローズ秋山 佐々木真弓

今春、白川春樹さまから大量の写真データを頂戴致しておりましたにもかかわらず、長く気付かずにおりました。ご厚意を無にしていましたことをお詫び申し上げますと共に、ここに掲載し皆様にごらんに入れます。

141−1) 1-1a,b 1-2a,b 1-3a,b 関谷富佐子 略号(もす)
 足下に「カメラハント甘い鞭」と書かれた紙があることより、1967年6月号、辻村隆氏によるSMカメラハントの記事写真に間違いないと思われます。しかしこれら3点は誌面で公開されておりません。
 代わりに同誌目次前の分譲写真広告に、「<甘い>鞭に悶える関谷夫人の艶姿」として15組の新分譲写真が出ておりますが、その中の略号<もす>『半吊りでムチ打ち』3枚組がこれにあてはまりそうです。解説は「全体重を細いロープにかけて吊り下げればズルズルと縄は伸びて僅かに足の爪先が床に着くところを革ムチをふるって背尻脚と乱打すれば揺れながら泣声を挙げる。」とあります。ここでは関谷夫人の豊かな髪の毛が、とりわけ魅力的に写っています。
 白川様からは少し圧縮がきついものの、階調豊かなカラースキャンで頂戴しましたので写真の魅力を十分に引き出すことが出来ました。
   
26-6706甘い鞭26-6706甘い鞭c
2727b-6706甘い鞭c
2929-6706甘い鞭c

141−2) 2-1a,b 2-2a,b 2-3a,b 関屋富佐子
 その記事に使われた最初の写真。関谷夫人が前にこの紙を貼られて柱縛りになっている写真ですが、周囲に余裕があり、部屋の雰囲気が良く写っています。この部屋で撮った写真が3枚ありますのでお目に掛けます。
 123-05,06と同じ写真ですね。この四角い竹が装飾となっている部屋は、他のモデルさんでもよく使われています。
 
3030c

131c

3232c


141−3) その他の関谷夫人 3-1a,b 3-2a,b 3-3a,b
 関谷夫人の写真が数枚残りました。十分に考察できないまま次に掲載致します。3-1 は123-17 と、3-2 は121-17 と同じ写真と思われます。
 
2525関谷c

3535関谷c
3737関谷c
 更に数枚見つかりました。3-4a,b は123-07と29 の同時撮影分。3-5a,b も同じ部屋での写真と思われます。写真の焼き付けの関係でしょう、硬調になっていましたので、僅かに軟らかくしておきました。 
4040関谷d

5050関谷c


141−4) ローズ秋山夫妻 4-1a,b 4-2a,b 4-3a,b 4-4a,b 
2020c

2121c

2222c
2424c


141−5) 佐々木真弓 5-1a,b 5-2a,b 5-3a,b 
 107頁付近に20枚ばかりアップしてありますが、私は佐々木真弓、あんまり持ってないんです。村上ゆき時代は126頁ですね。腰からお尻の線がなまめかしくていい写真です。 
1111c
1919c
4646c

140) Ms.Toshiko Eguchi 140) 江口淑子

 次に江口淑子が17枚ほど見つかっていますのでご覧に入れます。
 実は5月末にはスキャンが出来ていたのですが、このページを更新するのが億劫になってまして・・・・他の写真に入れ上げておりますと奇クの写真の勘が鈍りまして。昔、江口嬢として分類したものの自信がなくなって参ります。雑誌を見て再確認しようにも、奇クは書棚の奥。手が着かないままお盆を迎えた次第です。
 今回、修整を試みますと、さすが70年頃の奇ク写真。スポッティング箇所が少なく17枚を3時間で終えました。写真屋さんのプリントで、ボッテリと硬調なのが欠点で、人物写真としては美しくないのですが、これを軟調に処理してもネムくなるだけです。スキャン時点で全ての階調を読み込むようにしていますので、興味のあるかたは試みてください。トーンカーブを椅子型にして、多くのトーンを中央に集めると、少しはマシかも知れません。
 確認せずにアップします。もし間違っていたらコメントでお知らせ下さい。

 さて、2年近く経って、4枚の写真がスキャンされたまま掲載されていないことに気がつきました。このページの最後に追加します。(2014.05.05) 


140-01 江口淑子01c140-01) 
 江口淑子のかな組写真は71年11月号で11組33枚が、翌年11月号でカラー写真2組4枚がアナウンスされています。





140-02 江口淑子02c140-02) 
 英字組では71年12月号のV組に23枚。73年2月号のSM組に10枚含まれています。





140-03 江口淑子03c140-03) 








140-04 江口淑子04c140-04) 
 71年11月号で発表された江口淑子の(かな)組写真

 ちよ   高手小手縛り哀感 マダム淑子の裸身のすべてを緊縛によってあからさまに暴く。
 ちん   苦悶するエビ縛り 女体の神秘を探ぐる縄は油汗を流させながら体臭をかぎまくる。
 ちひ   翻弄されるマダム 縄尻を握られて振り回わされる縛られた女体は法悦境を彷徨う。
 ちゆ   愁いある目と猿轡 歯と歯の間に猿轡を噛まされたマダムの目は妖しく輝く。
 ちそ   悦虐天国への階段 床の上に投げだされた女体は、みずみずしい芳香を放って泣く。
 ちわ   いたぶられる媚態 まかせきった全裸の女体は縄の媒介によって火と燃えたぎる。
 ちは   紅閏へのいざない 向うに見えるのは閏の室か猿轡の白さも鮮かにマダムは濡れる。
 ちい   後手高手小手三態 変幻きわまりなきポーズの型に依り高手小手の縛りも変化する。
 ちし   開股縛りの醍醐味 手摺りを利用した開股縛りによって女体の魅力がたまらない。
 ちへ   強烈股間縛り点描 双臀に深々と埋まれるように喰い込る股間縄の見事な描写。
 ちせ   強烈足吊りの苦痛 厳しく締めつける縄にも増して揃えた足を吊られる激痛は凄い。

 72年11月号のカラー写真
 あお   海老責め後手吊り 強烈な海老貴めと仲した後手を逆に吊り上げた姿態のなかに、あられもないM女の秘密があった。
 あわ   苦痛と喜悦の交錯     厳しい縄目で裸身をさいなまれる苦痛も彼女にとっては、身のおきどころない甘い喜悦であった。


140-05 江口淑子05c140-05) 










140-06 江口淑子06c140-06) 








140-07 江口淑子07c140-07) 








140-08 江口淑子08c140-08) 
 71年12月号のV組と73年2月号のSM組。 
V010 羞恥の源を抉る
V012 菱縄縛正面開放
V018 胡坐縛りの羞恥
V019 ゴム人形の恐怖
V026 両足吊りの苦悶
V029 恍惚バイブ責め
V030 マダム責の哀愁
V033 雁字細目の女体
V034 足挙げ責の羞恥
V040 マダム全裸開陳
V041 後手錠吊上げ責
V049 エビ責めの序曲
V055 人の字型羞恥縛
V056 浴室での浣腸責
V061 喰込む股間縄責
V063 片足挙げ開股縛
V064 菱縄悲し女泣く
V066 引回される全裸
V071 被縛者のマダム
V074 厳重菱縄緊縛責
V075 両手両足吊り責
V081 強烈海老責地獄
V097 股間縛の引回し
SM021 強烈海老責縛り
SM022 鞭打ちにもがく
SM023 強制する開股責
SM024 辱恥をさらける
SM025 奴隷の誓を開陳
SM026 排泄姿態の強制
SM027 耐久カガシ責め
SM028 排便姿態で縛る
SM029 欄間に晒す開股
SM030 笞で強要の汚辱


140-09 江口淑子09c140-09) 








140-10 江口淑子10c140-10) 








140-11 江口淑子11c140-11) 
















140-12 江口淑子12c140-12) 















140-13 江口淑子13c140-13) 








140-14 江口淑子14c140-14) 








140-15 江口淑子15c140-15) 








140-16 江口淑子16c140-16) 














140-17 江口淑子17c140-17) 
















140-01 江口淑子01d140-1改) 
 「トーンカーブを椅子型にして、多くのトーンを中央に集めると、少しはマシかも知れません。」 と書きましたが、我ながら無責任だったかなと思い、その方法で 140-1 を軟調にしてみました。確かに顔も明るく全体に柔らかくプリントできました。ちょっとしたことですが随分印象が変わります。
 同様に数枚試しましたが、 140-2 はあまり変化無く、3 は却ってフラットな惚けた印象になっただけでした。条件をいろいろ変えてもさしたる変化はありませんでした。
 硬調写真にも2種類あって、紙焼きそのものが硬調の場合と、スキャンの時に最明部と最暗部のデータを捨ててしまって硬くなった場合があります。これはちょうどネガの情報量と紙焼きの情報量の関係と同じですね。
 私は全階調をデータ化するようにしていますので、調整の自由度は高いのですが、その調整による効果のほどは別ということでした。また一つ勉強できました。
 まだ試していませんが、140-16 などは、この方法で軟らかくいいムードの写真になるように思います。もっともいくら軟調にしても、お毛々が見えるところまではとうてい無理と思いますよ。 
 なお、Windows 7 のフォトビュアーで人物を印刷する場合、オプションの「印刷をシャープにする」は外しておいた方が良いようです。 


 さて、このサイト、150ページまで来て停滞してしまいました。今回少しずつでもと思い、過去の記事を見直したところ、このページ用に4枚スキャンしながら、掲載せずにおりましたので、ここにアップ致します。(2014.05.05) 
140-18 江口淑子18c140-18) 
 16番の写真と同時撮影分です。














140-19 江口淑子19D140-19) 
 同じくです。














140-20 江口淑子20D140-20) 
 1〜8枚目あたりの続きでしょうか? ここらの写真、黒つぶれののガチガチプリントで、トーンカーブを相当いじって何とかシャドーとハイライトのバランスを取りました。140-1改と同じ手法ですが、手間がかかる割に、さしたる効果も無いようです。




 

140-21 江口淑子21D140-21) 
 上の続き写真です。
以上4枚でこのページを再度終えます。



 

139) Ms.Chizuko Suzuki / Ms.Sheila Kenny 139) 鈴木千鶴子 / シーラケニー

私の持つ奇ク分譲写真も、不明分が多く各写真ばらばらですので、分類のとっかかりが無く、苦戦致しております。その中で数がまとまったモデルさんについて、ここ3〜4頁掲載して参りました。この頁では、鈴木千鶴子嬢とシーラケニー嬢をお目にかけます。 

139-01 鈴木千鶴子c139−1) 鈴木千鶴子 1
 鈴木千鶴子嬢は72年5月号で、5組15枚がアナウンスされています。同年9月の新K組に17枚、73年2月のSM組に10枚という陣容です。ここではそのうち15枚をお目にかけます。
 奇クではこの年の6月号からグラビアが復活しており。鈴木嬢も9月号以降、その均整のとれた肉体を披露されています。
 この写真は11月号「浣腸責めの幻想」の上の写真の別カットです。









139-02 鈴木千鶴子c139−2) 鈴木千鶴子 2
 不思議な座椅子に乗せられています。10月号では普通に座って開脚ポーズとなっています。






139-03 鈴木千鶴子c139−3) 鈴木千鶴子 3
 ここで、72年9月号と翌2月号に発表された、新K組(17枚)とSM組(10枚)の題名を先にもお目にかけます。
NK001 正面から狙う眼
NK010 椅子開股両足吊
NK013 高々と後手縛り
NK019 棒責めにあえぐ
NK023 両足吊浣腸姿態
NK029 強烈な股間縛り
NK033 宙に浮いた苦痛
NK039 菱繩正面髪掴み
NK043 責め抜かれた果
NK051 プロポーション
NK059 海老棒責めの惨
NK064 ニッ折りの仕置
NK068 反り返った女体
NK076 淫らな羞恥責め
NK083 責められた悦楽
NK087 気慨るき責の宴
NK091 悶えに悶えた末
SM031 縄の痛さに泣く
SM032 浣腸にのけぞる
SM033 凄絶海老なぶり
SM034 大の字開脚晒し
SM035 棒責め裸女失神
SM036 両足首開脚吊り
SM037 全裸手吊り正面
SM038 エビ責にあえぐ
SM039 艶美椅子に悶ゆ
SM040 全裸緊縛浣腸責

 次に、72年5月号で発売された5組(全て3枚組500円)の表題をご紹介します。
1.『後手高手小手三態』 (ぬみ) 伸びやかな肢体に縄が喰い込むほど力をこめて典型的な高手小手縛りにした踊子の可憐な表情。
2.『卓上の緊縛悦虐態』 (ぬろ) テーブルの上に於いて演じた千鶴子のあからさまな縛りと肉体のかもし出す悦虐味あふれる饗宴。
3.『全裸浴室股間縛り』 (ぬひ) 銀色に輝くタイルの浴室で全裸の踊子が股間縛りになって、さまざまな姿態をとらされてゆく。
4.『悶える踊子の欲情』 (ぬま) 羞恥責めの果て、次第にエスカレートして流右の千鶴子も階段上の縛りでは頂上に登りつめる。
5.『美しき全裸の縛り』 (ぬふ) やはり踊子ではある。後手に厳しく縛られていても巧まずして全裸のまま美しいポーズをとる。

 こうしてみますと、HASSAN様から頂戴して114−4に掲載させていただいた3枚は(ぬろ)の可能性が高いようですね。白川様から頂戴した、96−5,6のうち、5aもSM040で間違いないでしょう。


139-04 鈴木千鶴子c139−4) 鈴木千鶴子 4
 11月号グラビア『浣腸責め幻想』の類似写真です。 NK023 『両足吊浣腸姿態』かな?
 若干不自然ではありますが、綺麗な身体を美しく写した良いポーズです。
 奇クのグラビア復活はいいのですが、モデルさんも前田真知子さんなど、美人も多くなったのですが、どうも精彩がありません。 洗面器と浣腸器をチラッと見せただけで「浣腸フォト」と名乗るような時代では、既に無くなっていたのです。
 かといって芸術的に美しい写真でもない。中途半端で素人っぽい雑誌に堕していったのですが、それでもフェチなど、ある種のファンを釘付けにする魅力は残っておりました。

139-05 鈴木千鶴子c139−5)  鈴木千鶴子 5 
 これから、横位置写真4枚が続きます。特に話題もありませんので、一挙掲載と参ります。






139-06 鈴木千鶴子c139−6)  鈴木千鶴子 6  








139-07 鈴木千鶴子c139−7)  鈴木千鶴子 7  








139-08 鈴木千鶴子c139−8)  鈴木千鶴子 8  








139-09 鈴木千鶴子c139−9)  鈴木千鶴子 9 
 奇クの写真もこの頃になると横位置が多くなって参ります。以前はほとんどが縦位置だったんですよ。ハイアングルのこの写真は縦横いろんな見方が出来ると思うのですが、私はこの角度が自然で好きです。
 ほとんどが6×6で撮っているのに、どうして横位置トリミングが多くなったか想像してみますと、長くグラビアが廃止されていたため、1ページ全面印刷の必要が無く、カメラハントなど記事写真は小型で横位置が便利だったからかも知れません。グラビア復活は72年の6月号。多分この撮影日から数ヶ月後だったでしょうから。







139-10 鈴木千鶴子c139−10)  鈴木千鶴子 10 








139-11 鈴木千鶴子c139−11)  鈴木千鶴子 11 
 ここからの3枚は一組のように見えるのですが、組名を特定する決め手がありません。






139-12 鈴木千鶴子c139−12)  鈴木千鶴子 12 








139-13 鈴木千鶴子c139−13)  鈴木千鶴子 13  








139-14 鈴木千鶴子c139−14)  鈴木千鶴子 14  
 新K組の59 『海老棒責めの惨』 でしょうか? 横に棒が置いてあるだけなんですが・・・・。安易な題名です。






139-15 鈴木千鶴子c139−15)  鈴木千鶴子 15  
 SM035 『棒責め裸女失神』 でしょうか? 棒を立てかけて目をつぶらせただけなんですが・・・・。
 どうも、奇ク写真の題名や解説を読みますと、夜店の見せ物みたいいに、大げさで、だまされたようで、アホらしくて、ほほえましくて、愛らしくて、懐かしく思えます。










139-16 シーラケニーc139−16) シーラ・ケニー 1
 万博見物に来ていた北欧系女性、シーラ・ケニー嬢です。風奇にはモニカがいましたが、シーラのほうが日本慣れしていない感じですね。70年6月号に17組アナウンスされています。

1.『首縄高手小手縛り』 (いき) 生れて初めて縛られる首縄高手小手縛りの全裸の肢体を言われるままに動かして床の間の飾り物のように白い肌を晒すのだった。
2.『縄の痛さに耐える』 (いめ) ぎゅうぎゅうと力まかせに締めつける縄は柔肌に驚くほど喰い込んで、その苦痛に耐えようとする彼女の表情に一段と迫力を増す。
3.『股間縛は凄く締る』 (いあ) きびしい高手小手縛りに加えて首縄、更に埋れるような股間縛りで肌を割り不自然な姿態を強要すれは美しい顔面が忽ち紅潮する。
4.『卓上の裸身は躍る』 (いて) テーブルの固い板の土に正座させれた白人の美女が縦横に縄を掛けられて二つ折りになっているのを正面側面背面から狙った。
5.『両手吊りの全裸像』 (いえ) シーラ嬢の美しい容貌とすらりと伸びた肢体とが両手を吊られて拘束されることによって諦めきった被虐美を最高に発揮している。
6.『投げだしだ被縛体』 (いま) 縛られた彼女の心の中にマゾの芽が芽ばえているかどうかわからないが、全裸で縛られたこのポーズの中に諦めきった相が見える。
7.『麻縄は女体を裂く』 (いゆ) ドス黒い麻縄は情容赦なく白肌に埋まり青い目を曇らせて、この異様な緊縛に耐えようとする。
8.『縛られるのはいや』 (いせ) つぶらな青いひとみを見開いて何をするのと言いだけに責手を見る目には可憐な拒否がある。
9.『私の裸を見ないで』 (いし) 多分彼女は今まで人前で裸の肌を晒したことがないだろうに、今は後手に縛られて前をかくすすべさえなく喘ぎ悶えるだけである。
10.『日本式縛りの痛さ』 (いそ) すらりと伸びた長い脚、しかし今は徒らな足掻きを見せるに過ぎない。日本式縛りの厳しさが今こそ彼女の骨身にこたえるのだ。
11.『白人をいたぶる手』 (いや) 責めのイケニエとなった哀れな彼女は悪魔の触手によって身動きも出来ない縛られの肢体をさんざんに、いたぶられるのであった。
12.『金髪美女も台なし』 (いも) 房々とした金髪、格好のよい高い鼻、平常は男性を尻目に高慢だったか知らないが、このように縛られると裸を羞らう哀れな女た。
13.『被虐の表情を狙う』 (いむ) 高手小手乳房縛り首縄に責めあけたシーラを様々にいじめて其の表情をアップで狙いをつけた。
14.『美しき緊縛の姿』 (いけ) 彼女の顔の美しさ肢体の美しさを縄を用いることによって、このように最大限にまで高めることが出来たのは大成功であると思う。
15.『逆エビ責めの外人』 (いひ) 長い足を逆に折り曲げてエビ縛りにすれは流石にスタイルの良さを誇るだけあって、まことに優美な肢体を輝くばかりに開陳した。
16.『雁字搦目で椅子に』 (いえ) あるだけの縄を使ってシーラの白い肌に狂ったように掛けた結末が、このような余りにも日本的な縛りとポーズになってしまった。
17.『落花狼籍のしとね』 (いう) ビール瓶、コップ、食べ散らかした寿司の器、その中で麻縄で縛られた彼女は疲れきった全裸体を長々とのびたように横たえた。


139-17 シーラケニーc139−17) シーラ・ケニー 2 
 一方、単体売りは71年4月、Y組の88から100までの13枚。これは28〜29頁に全て掲載致しました。この頁に10枚掲載しますが、Y組と重なる写真は1枚もありませんので全て上記かな組と思われます。



139-18 シーラケニーc139−18) シーラ・ケニー 3 
 解説文から消去法で想像しますと、(いえ)ということになりますが・・・・














139-19 シーラケニーc139−19) シーラ・ケニー 4 















139-20 シーラケニーc139−20) シーラ・ケニー 5 
 29頁のY組90の類似写真です。














139-21 シーラケニーc139−21) シーラ・ケニー 6  
















139-22 シーラケニーc139−22) シーラ・ケニー 7  
 ここからは、外人独特の足の長さを活かしたポーズが続きます。Y96の類似写真です。













139-23 シーラケニーc139−23) シーラ・ケニー 8  














139-24 シーラケニーc139−24) シーラ・ケニー 9  








139-25 シーラケニーc139−25) シーラ・ケニー 10  
 これでこの頁を終えます。

















138) 新年あけましておめでとうございます / 三浦純子・荒尾慶子・松本たえ の残り分

新年あけましておめでとうございます。
 被災地の皆様には、良き復興の御年でありますよう祈念申し上げます。


 随分長期にわたり、新規アップ出来ないまま、もう4月を迎えてしまいました。仕事に追われた後の放心状態が続いたためでした。
 まだ皆様のお目にかけていない奇クの分譲写真は、簡易アルバムで50冊ほど。1冊平均10枚ぐらいしか入っていませんので、残り500枚ぐらいですね。ヒマになるんだったらすぐにアップ出来るだろうと思われるでしょうが、最近持久力がトンと無くなってしまいました。
 ものは試しと、三浦純子を8枚スキャンしてみたのですが、修整に2時間。その2時間が保たない。マウスが重く胸がムカムカしてきて、息苦しくて仕方がない。ディスプレーの前に座っていられない気分です。自分はこんなに根気のない人間だったのかと信じられない思いです。
 最近とみに年齢を感じます。厚労省が65歳まで継続雇用させる法律を作るそうですが、年金財政の都合を優先した暴挙だと思います。一般的な日本のサラリーマンの肉体的限界を見極めないといけない。年齢という自然現象を、政治の都合でねじ曲げてはいけないのです。激務に耐える肉体限界は60〜65歳の間に突然襲ってきます。
 営業部長が重役や相談役になって、部長には若い人が就任するならいいんですよ。でも同じ営業部長のまま65歳まで定年を延ばすと、体力限界からミス・失敗が続出し、職業人生の晩節を穢すことにもなりかねない。本人にとっても若い人にとっても良いことではないでしょう。私は65歳定年制には大反対です。
 ということで、その8枚からお目にかけます。

138-01 三浦純子1b138-1) 三浦純子 1
 18頁のY1とカーテンの位置が違うだけの類似写真です。
 以下、間違いがありましたので番号を訂正します('12.04.08)













138-03 三浦純子3b138-2) 三浦純子 2
 19頁のY9〜Y12の類似写真です。














138-04 三浦純子4b138-3) 三浦純子 3
 同上です。87−7に掲げた、随心院様から頂戴した写真と同じです。







138-05 三浦純子5c138-4) 三浦純子 4















138-06 三浦純子6b138-5) 三浦純子 5
 18頁のY4に似ています。







138-07 三浦純子7b138-6) 三浦純子 6
 23頁のY41そのもののようです。カットは同じですが、プリントは別です。すなわち裏にY41とは書かれていません。













138-08 三浦純子8b138-7) 三浦純子 7















138-02 三浦純子2b138-8) 荒尾慶子 1
 本日、三浦純子と間違えて2枚目にアップしていた写真です。














138-13 荒尾慶子5b138-9) 荒尾慶子 2
 同じ部屋、同じ縛りです。














138-09 荒尾慶子1c138-10) 荒尾慶子 3
 99頁で、皆様にMs.荒尾と教えていただいた写真です。おかげで分類できました。
 荒尾慶子初出の71年8月というと、私がぼちぼちこの世界への興味を失いかけた頃です。グラビアは復活せず、分譲写真の宣伝だけは目にしましたが、実物は見ずじまい。他のSM誌はカラー化していましたが、まだまだ色調悪く、写真のアルバイトで稼いでいた私を満足させる作品もありませんでした。
 35亳狭討任蓮印刷屋さんにイヤ顔をされました。カラーポジを1枚分解するだけで3万円取られたのを覚えています。高価な印刷費に見合う原板が必要とされたのです。カラーTP用にマミヤC33を買ったのですが、55丱譽鵐困鮖箸Δ反燭胆弔鉾色したのを覚えています。そんな時代でした。
 SM雑誌のカラーグラビアが綺麗に印刷されたのは、80年に近づいてからの話だったように記憶します。その頃には私はとっくに足を洗っておりました。ですから皆様のお知恵をいただかないとモデルの特定が出来なかったのです。


138-11 荒尾慶子3b138-11) 荒尾慶子 4
 上と同じ部屋・縛りです。







138-12 荒尾慶子4b138-12) 荒尾慶子 5








138-14 荒尾慶子6b138-13) 荒尾慶子 6
 同じ部屋だと思います。87-7)に掲載した、随心院様からの贈り物と同じ原板でしょう。






138-17 荒尾慶子9b138-14) 荒尾慶子 7








138-16 荒尾慶子8b138-15) 荒尾慶子 8
 113-16)に発表したHASSAN様からの頂戴物と同じネガだと思います。







138-18 荒尾慶子10b138-16) 荒尾慶子 9
 10〜12と同じ、取り合いの障子がある部屋ですが、縛りかたが少し違います。107-18)と同じ原板です。













138-15 荒尾慶子7b138-17) 荒尾慶子 10
 別の状況です。私の手持ちに、同じ写真が2枚あります。







138-10 荒尾慶子2b138-18) 荒尾慶子 11
 これも113-1a) に掲載した、HASSAN様から頂戴した画像と同じものです。







138-19 松本たえ 1c138-19) 松本たえ 1 絹川文代
 次に松本たえ(芸者福竜だったかな?)を選んだのは、単に荒尾慶子と同じアルバムに分類していただけの話で、他意はありません。残り4枚ありました。
 GT−5500様から、絹川文代とのご指摘をいただきました。訂正いたします。 



138-20 松本たえ 2c138-20) 松本たえ 2
 この写真は、99-22)のモデル当てクイズでお目にかけたものです。自分が分からなかったので、皆様のお知恵をいただいただけなのですが・・・。
 別に、87-9)で随心院様からも画像を頂戴しておりましたのと同じプリントです。




138-21 松本たえ 3c138-21) 松本たえ 3
 上の写真のアップだと思います。







138-22 松本たえ 4c138-22) 松本たえ 4
 この4枚は、昔とは違った修整方法を試みています。18)までは、あまり調子をいじらなかったので、プリントすると眠い感じになっていたかも知れません。
 この4枚では、わずかにピントアップし、最終でコントラストを整えています。条件も少しづつ変えています。これなんか黒がつぶれて見えるかもしてません。普通パソコンのディスプレイはかなり硬調にセットされていることが多く、プリンターでは違った調子に印刷されるため、若干の工夫が要るようです。



137) Bondage Photographs of Pregnant Women / 137) 妊婦縛り 

137-01 福井桃子1c137−01) 福井桃子の1 
 印刷用の修正がしてあります。ネガに直接書いたのか、一旦キャビネくらいにプリントしてホワイトを塗ったものを、販売用に大手札にコピーしたものか? 他にもいくつかそういう写真があります。
 福井桃子の写真は71年から73年にかけて数多く発売されています。 




137-02 モデル不明1c137-03 モデル不明2c137−02,3) モデル不明
 残念ながら、モデルが誰かは全くわかりません。












137-00 妊婦緊縛封筒b137-00B-妊婦、股間縛りb137−資料) 略号(にふ)
 (にふ)の判子のある紙袋に3枚の写真が入っておりました。63年4月号で紹介された児玉昌子のものと思われます。










137-04 児玉昌子1c137−04) 児玉昌子(にふ)の1
 上の広告の通り、6月号で分娩後の緊縛写真が分譲されるのですが、ハラボテ写真でも気持ちが悪いのに、しぼんだ風船みたいなお腹を見て何が面白いんでしょうか。やっぱりこれは変態の所業のような気がします。




137-05 児玉昌子2001137-05 児玉昌子2c137−05) 児玉昌子(にふ)の2 
 左のごとく、傷だらけのネガからのプリントでした。長時間かけて見苦しい部分は修正しましたが、あまりきれいにはなりませんでした。











137-06 児玉昌子3c137−06) 児玉昌子(にふ)の3 
 そういえば昔、昭和30年頃には、妊娠した女性はこういう帽子を被っていました。38年ともなるともっとモダンなファッションになると思うのですが、当時のレトロ趣味でしょうか?












137-07 富田由美子1c137−07) 富田由美子の1 
 多分V組の93『妊婦大の字縛り』ではないかと思います。71年12月の発売です。(かな)組は71年11月号からの登場ですが、当時すでに妊娠していたんですね。翌4月号からは妊婦緊縛として宣伝されています。











137-08 富田由美子2c137−08) 富田由美子の2 
 発売されたのは、かな組が8組、英字組はV組8枚です。かな組には解説が付いておらず、特定が困難です。












137-09 富田由美子3c137−09) 富田由美子の3 















137-10 富田由美子4c137−10) 富田由美子の4 
 71年6月発売の(へえ)『蝋燭責めの妊婦腹』かもしれませんが、これ1枚ですので、多分V組の9『蝋燭責め後手縛り』 













137-11 富田由美子5c137−11) 富田由美子の5 















137-12 富田由美子6c137−12) 富田由美子の6 















137-13 富田由美子7c137−13) 富田由美子の7 
 奇クの72年11月号グラビア頁に類似写真が掲載されています。







137-14 富田由美子8c137−14) 富田由美子の8














137-15 田中美佐子1c137−15) モデル不明(中河恵子) 
 このお臍の周りの汚れはどこかで見たことがあります。そうか、中河恵子さん。76ページ掲載の(この)をご参照ください。









137-16 田中美佐子1c137−16) 田中美佐子1 
 ここからの3枚は、64年7月号でアナウンスされた、田中美佐子さんと思われます。












137-17 田中美佐子2c137−17) 田中美佐子2 
 この2枚が(にや)かな? 『柱縛りの妊婦』 「これは珍しい、床柱に後手の繩を縛りつけられたフォトです。妊婦嗜好はかりでなく、女体緊縛マニヤの方々にも、一見をおすすめしたいコレクションです。」との解説です。
 17,18はあまりお腹を強調していません。印画もきれいです。





137-18 田中美佐子3c137−18) 田中美佐子3 














137-19 モデル不明3c137−19) モデル不明3 
 この写真が、障子の形から前とつながるのか、目隠しの点で後ろとつながるのかが分からない。
 ピントがはっきりしないので、21につながるように思いますが。












137-20 モデル不明4c137−20) モデル不明4 















137-21 モデル不明5c137−21) モデル不明5 
 アイマスクと鼻輪をしています。奇クの趣味ではありません。
 ピントも調子もイマイチで、縄の様子を見ても素人写真のように思えます。












137-22 モデル不明6c137−22) モデル不明6 














137-23 モデル不明7c137−23) モデル不明7 
 なかなかきれいな画像です。このモデルさん知っているような気がするのですが思い出せません。
 縄に布を挟んでふんどしにするのは、濡木氏がよく使う手法ですが、印画は普通のバライタ紙で、ローキーでもない。緊美研とは考えにくいのです。










137-24 モデル不明8c137−24) モデル不明8 
 明日には分娩台に上がろうかという、ものすごいお腹ですね。男の子は男が産んだら? という話があるのですが、私はまっぴらですね。よくぞ男に生まれけり。







137-25 モデル不明9c137−25) モデル不明9 中河恵子  
 一転ローキーの美しい画面です。奇クではローキーは少ないのですが、他の雑誌という確証もありません。
 しっかりしたピントでモデルさんの荒れた鮫肌を浮き彫りにしています。女性は自身の美と健康を削って出産するのだと、つくづく思います。
 妊婦縛りの写真はこれで終えます。
 伝道者様から、モデルは中河恵子とご指摘いただきました。 









136) 65's Photographs miss N.OSAKABE , miss K.YAMAHARA + A.SUZUKI / 136) 刑部典子と山原清子の拾遺集

6506表よきほや このブログ。ずいぶん長く新規記事を書き込んでいませんでした。その間以前のページの更新は頻繁sに強いていたんですが。
 ここ数回、1950年代が続きましたので、たまには新しいものをと思い、刑部典子嬢と山原清子嬢の残りをお目にかけます。
 山原嬢の(さる)の初出宣伝文を左に掲示しますのでご参照ください。










136 刑部典子99-17c136−1) 刑部典子の1 
 刑部嬢は80)ページでふんどし姿を10枚ほどお目にかけました。この写真は99)で皆様のお知恵をいただいたものです。
 刑部嬢は65〜66年に(かな組)7組とK組7枚が発売されました。
 残念ながら、「白ふん、黒ふん」以外に、題名にあまり具体的な内容が書かれていないので組名の特定はできません。










136 刑部典子2c136−2) 刑部典子の2 
 上記はローマ字組、これ以下の3枚はかな組だと思うのですが、解説に猿轡への言及がないので組名はわかりません。











136 刑部典子3c136−3) 刑部典子の3 
 すこし窮屈な画面です。今まではマミヤのC33あたりを使っていたのが、ローライかハッセルにでも替えたのでしょうか。80个離譽鵐困世隼廚い泙后













136 刑部典子4c136−4) 刑部典子の4 














136 もや山原清子c136−5) 山原清子(もや) 
 65年8月号初出の、山原清子の(もや)3枚組の1枚。写真裏に(もや)と書いてあります。題名『乳枷貞操帯着用』、解説「お碗を伏せたような大きな乳房が革製の枷で根元を締められて、むっくりと盛り上り、前には黒光りする貞操帯がぴったりと切り込んだように装着されている。そんなあられもない姿で、正面向いて晒されているが、後手は革紐で括られ背後の柵に繋がれているので逃げだすわけにはいかない。」
 何か乳枷がごちゃごちゃしていますね。








136 さる山原 鈴木01c136−6) 山原清子と鈴木晃子(さる)の1 
 山原嬢と鈴木嬢の女斗美写真は、78)ページに(さあ)と(さや)合計30枚中17枚ばかりをお目にかけました。ここでは(さる)10枚組が全部そろっていますので一挙掲載いたします。
 65年6月号でこの3組40枚が同時発売されました。(さる)は『猿轡をされるまで』と題されており、解説は「強烈に縛りあげられた鈴木晃子の鼻をつまみ口を開けたところへ布片を押し込み、豆絞りの猿ぐつわを無理強いに噛ませてしまうまでの連続組写真である。」となっています。








136 さる山原 鈴木02c136−7) 山原清子と鈴木晃子(さる)の2 















136 さる山原 鈴木03c136−8) 山原清子と鈴木晃子(さる)の3 















136 さる山原 鈴木04c136−9) 山原清子と鈴木晃子(さる)の4 














136 さる山原 鈴木05c136−10) 山原清子と鈴木晃子(さる)の5 















136 さる山原 鈴木06c136−11) 山原清子と鈴木晃子(さる)の6 














136 さる山原 鈴木07c136−12) 山原清子と鈴木晃子(さる)の7 















136 さる山原 鈴木08c136−13) 山原清子と鈴木晃子(さる)の8 














136 さる山原 鈴木09c136−14) 山原清子と鈴木晃子(さる)の9 















136 さる山原 鈴木10c136−15) 山原清子と鈴木晃子(さる)の10 
 以上で(さる)10枚組が終了いたしました。
 さるぐつわをされるまでの連続写真10枚組ですので当たり前かもしれませんが、同じカメラ位置から同じ方向へ同じポーズをさせた写真です。まるでモータードライブの連続写真のようで、果たして全部を掲載する価値があったかどうか? 
 まあ、すべてをお目にかけたことだけが値打ちだったようなような気がします。











135) miss Chieko Hagi / 135) 萩千恵子

萩千恵子01Cb萩千恵子01Mc135−1) 萩千恵子の1 
 どうも、奇クの第一期黄金時代はモデルさんの特定が難しいようです。134ページも萩嬢と疑われる写真がありました。












萩千恵子02Cb萩千恵子02Mc135−2) 萩千恵子の2 
 55年1月号のグラビア。『姿態美二態』として発表されたものです。













萩千恵子03C?b萩千恵子03M?c135−3) 萩千恵子の3 
 55年10月号のグラビア。『どういうポーズをとるの?』














萩千恵子04C?b萩千恵子04M?c135−4) 萩千恵子の4 







萩千恵子08Cb萩千恵子08Mc135−5) 萩千恵子の5 
 55年2月号グラビアとよく似ています。














萩千恵子09Cb萩千恵子09Mc135−6) 萩千恵子の6 















萩千恵子10Cb萩千恵子10Mc135−7) 萩千恵子の7 



















134) miss SATOKO KAWABE & miss NAMIKO MURATA / 134) 川辺砂登子 村田那美子

川端嬢ばかりでは退屈ですので、それに続くモデルさんをご紹介します。
 53年9月号、「縛られた女ばかりの座談会」の同席者、厚狭春江、坂口利子、村田那美子、雲井久子、高瀬忍といった面々が、川端嬢と重なりつつ、その直後を引き継ぎます、そして55年の第1期黄金時代には、萩千恵子、川辺砂登子、伊吹真佐子が加わります。
 このページでは、川辺砂登子嬢と村田那美子嬢にスポットを当ててみたいと思います。ちょっと自信がないのは、以上に掲げたモデルさんの中に、顔を充分に撮させなかったかたが居て、モデルの特定に確信を持てないことです。

川邊砂登子01Cb川邊砂登子01Mc134−1) 川辺砂登子の1
 55年4月号のp.240に掲載された写真です。高瀬嬢と川辺嬢は印象が似ているので、掲載されていなかったら特定出来なかったと思います。



川邊砂登子03Cb川邊砂登子03Mc134−2) 川邊砂登子の2
 同号p.238の写真の同時撮影分です。
 グラビアとしては、55年1月号「足首に鎖のある風景」
 着用の衣装は、網レオタードのように見えます。この時代に、貴重なものでは無かったでしょうか?









川邊砂登子04Cb川邊砂登子04Mc134−3) 坂口利子(たおやめ様からのご教示)  
 一応川邊嬢に分類したのですが、自信がありません。このツブツブのある乳輪と左腕の傷。同種の写真が見つかれば簡単なのでしょうが・・・。
 たおやめ様から坂口利子とご教示頂きました。そう言われればたしかにそのように見えます。 有り難うございました。 

川邊砂登子02Cb川邊砂登子02Mc134−4) 川端多奈子?  
 これも別人でしょう。 私見では川端嬢のように思えます。





村田那美子03Cb村田那美子03Mc134−5) 村田那美子 1
 53年10月号の『野外の責場撮映にて』で発表された写真そのものです。辻村−塚本コンビによる作品。場所は富田林市の廿山古戦場(現錦織公園)に間違いありません。
 記事には村田嬢が急に生理的変調を来した事が書いてあり、結果的に当時の珍しい前開き生理帯の写真が残ることになるのです。








村田那美子04Cb村田那美子04Mc134−6) 村田那美子 2















村田那美子05Cb村田那美子05Mc134−7) 村田那美子 3
 これがその生理帯の後ろ姿。前姿は別の場所に掲示しました。













村田那美子06Cb村田那美子06Mc134−8) 村田那美子 4
 この写真も、同号で使用されています。
 この記事は、当時としては珍しく白い良質の紙に印刷されており、綺麗な写真が楽しめるのですが、オリジナルプリントの比ではありません。
 ふくらはぎがちょっと妙に写っています。


村田那美子01Mc村田那美子02Mc134−9,10) 村田那美子 5,6
 村田那美子の野外撮影は、上記廿山古戦場の他に、枚方市河内磐船付近、奈良県の笠置町付近の渓流と、いずれも山中で行われたようです。この2枚は何となく枚方っぽく見えるのですが、もちろん確証はありません。
 あまり褪色していないので、B&Wだけでお見せします。







村田那美子07Mc村田那美子08Mc134−11,12) 村田那美子 7,8 
 一転、室内撮影です。室内の様子と縄掛けから同日撮影分とわかるのですが、ヘアスタイルが随分違って見えます。ミディアムショートとミディアムロングぐらいの違いがあります。











村田那美子09Mc村田那美子10Mc134−13,14) 村田那美子 9,10 
 この2枚も同日写されたものと思います。














村田那美子12Mc134−15) 村田那美子 11 















村田那美子16C?b村田那美子16M?c134−16) 村田那美子 12
 深く猿轡がかかっているので、ちょっと判断しにくいのですが・・・













村田那美子17C?b村田那美子17M?c134−17) 村田那美子 12 
 ここらが、村田嬢なのか萩嬢なのか、見分けがつきません。






村田那美子15C?b村田那美子15M?c134−18) 村田那美子 13 







村田那美子14Mc134−19) 村田那美子 14 







村田那美子13Mc134−20) 村田那美子? 15
 同じ場所に入っていたのですが、より近代的な絵です。村田嬢じゃなくて大塚啓子嬢のように見えます。












126) miss YUKI MURAKAMI in 1982 / 126) 村上ゆき=佐々木真弓 1982年 (再掲)

一旦消されたこのページですが、下書きに残っておりましたので、コメントを含めて再生することができました。もちろん問題の写真は修整を施し、再度問題が出ないよう対策いたしております。 
 私、A4のクリアファイルを2冊持っております。中味はA4ルーズリーフに3〜4ずつ貼り込まれた薄緑色のスクラップブックです。うち1冊には、70頁に掲載した梨花嬢のヘア写真などが入っております。他に、このブログではお見せ出来ないような写真もずいぶんあります。
 その中に、どこかで見た記憶のあるモデルさんが30数枚入っており、どこだったかナーと99頁でお尋ねしましたところ、たおやめ様から村上ゆきとのご指摘を戴きました。当時私は村上ゆきと村上ユキの違いもわからずにおりました。またくろねこ様のサイトをご紹介頂いたのもこの頁でした。
 村上ゆきは82年4月号の復刊第2号に、賀山茂氏の「辻村隆氏との交遊記」として掲載されています。前半は結婚後の梨花悠紀子。後半がこの村上ゆきです。
 同号には、このスクラップブック所蔵の写真数点が別に掲載されていることから、前の持ち主は賀山氏と何らかの関係の人物と思われます。
 ああ、何ということでしょう。新管理画面とやらになって、写真が「最適化」されてしまっていたようです。私は1枚600KBぐらいでアップしたつもりが、1/4の150KBぐらいに圧縮されていたようです。これではA4印刷は出来ない。モデルの肌の美しさも表現出来ません。何というお節介!なんという横暴!
 最適化しない設定にセットしましたが、勝手にされてしまった118頁から125頁の写真全てを入れ替えねばなりません。泣けてきます。126-01あたりなら伸ばしボケでどちらでも良いでしょうが、ピントの良い写真もその美しさをフイにされていたのです。何のために200%まで拡大して修正作業をしてきたのか? ああ。ポワロはlivedoorの新管理画面大嫌いです。
 皆様、既にダウンした写真のファイルサイズをチェックして下さい。150KBぐらいなら、今後のアナウンスに従って再びダウンして下さい。まあLサイズにしかしないならそのままでも結構ですが・・・


126-01 村上ゆき 1c126-01) 村上ゆき 1
 同号27頁に使われた写真です。フチつき大手札ですが、イーゼルの形から1枚1枚手で焼いた品です。大量焼き付けの分譲品ではないようです。
 それはいいのですが、かなりの伸ばしボケがあり、拡大には向きません。2Lも無理じゃないでしょうか。ピントアップを試みましたが足あたりが不自然になりました。老眼のかたが伸ばしたように思えます。82年ともなりますとぼちぼちお年ですのでね。
 誌面では1ページ大で扱われていますので、辻村氏からの印刷入稿はこれでなく、キャビネ大だったのではないでしょうか。








126-02 村上ゆき 2c126-02) 村上ゆき 2
 撮影場所は奈良の辻村氏の自宅ということになっています。この頃でしたら私は奈良に住まいしておりましたが、もちろん存じ上げません。
 例によって村上嬢が穿いてきたと思われるツッカケが無造作に置かれており目障りです。気の利いた助手がいればサット片づけてくれるのですが・・・。












126-03 村上ゆき 3c126-03) 村上ゆき 3
 徹底的にツッカケを写しますね。特に思いのある品とも考えられません。新しく女っぽい品なら、村上嬢のおみ足の匂いを嗅ごうとする奴も出てくるかも知れませんが、これではネー。













126-04 村上ゆき 4c126-04) 村上ゆき 4
 腰がくびれて肩の線が張って、オッパイの谷間が深いスジになって、なかなか美しいポーズです。














126-05 村上ゆき 5c126-05) 村上ゆき 5
 今度は梯子利用の逆さ縛り。佐々木真弓とと同一人物なら当然見えるべき特徴的なお臍が縄で隠されて見えません。















126-06 村上ゆき 6c126-06) 村上ゆき 6
 その後ろ姿。この1枚単独では作品にならなかったでしょう。滅多に無いアングルです。














126-07 村上ゆき 7c126-07) 村上ゆき 7
 これで梯子利用の村上ゆき緊縛写真はおしまいです。次から股間縛りになります。






126-08 村上ゆき 8c11126-08) 村上ゆき 8
 股縄がしっかりと茂みの間に食い込んでお臍を隠しています。















126-09 村上ゆき 9c12126-09) 村上ゆき 9
 右側にフラッシュガン(ストロボ)がついています。カメラはセミ版一眼のブロニカETRあたりでしょうか? それとも昔ながらのマミヤの6×6にグリップをつけたのでしょうか? ああ、35丱メラの左側にグリップ式ストロボというのが、一番それらしいですね。












126-10 村上ゆき 10c13e126-10) 村上ゆき 10
 ヴィーナスの丘(そんな言い方今はしなくなりましたネ)がキュッと吊り上げられて、縄のきつさを物語っています。それはいいのですが肝心のお臍はなかなか見せていただけません。
 修整しました。












126-11 村上ゆき 11c14126-11) 村上ゆき 11

















126-12 村上ゆき 12c15126-12) 村上ゆき 12

















126-13 村上ゆき 13c16126-13) 村上ゆき 13
 誠に申し訳ございませんが、「村上ゆき、村上ゆき・・・村上ユキ」と思っているうちに、風奇の写真と勘違いし、修正時に写真のフチを落としてしまいました。これから24枚目まで縁無しで掲載しますが、実物は手焼き用のイーゼルによる白ブチがあります。(2月27日記)












126-14 村上ゆき 14c17126-14) 村上ゆき 14

















126-15 村上ゆき 15c18126-15) 村上ゆき 15








126-16 村上ゆき 16c19126-16) 村上ゆき 16

















126-17 村上ゆき 17c20126-17) 村上ゆき 17








126-18 村上ゆき 18c21126-18) 村上ゆき 18
 ピンぼけ写真です。これでも目の廻りがやや不自然です。これ以上無理しますとますます変になりそうなので、このあたりを限界としました。














126-19 村上ゆき 19c22126-19) 村上ゆき 19
 すみません、12の隣に掲示すべき写真でした。
















126-20 村上ゆき20c31126-20) 村上ゆき 20
 戸外での撮影に戻ります。きれいな階調の写真ですが、粒子のざらつきから35个任呂覆いと思われます。恐らくレンズは28弌














126-21 村上ゆき21b32126-21) 村上ゆき 21
 薄暮でもあったのでしょうか? 随分手ブレしています。上の写真より良いポーズですのに残念です。














126-22 村上ゆき22c41126-22) 村上ゆき 22
 再度室内に戻って、棒を使った縛り。太股のお肉が捩れて痛そうです。















126-23 村上ゆき23c42126-23) 村上ゆき 23
 出ました。村上ゆきのお臍です。107頁の6,7あたりと比較してみて下さい。これほど特徴的なお臍は滅多にありません。佐々木真弓と村上ゆきは同一人物と断定して間違いないでしょう。
 それにしても、この頁の今までの22枚。見えそうでいてお臍は慎重に隠していたんですね。











126-24 村上ゆき24c43e126-24) 村上ゆき 24
 黒の目かくしの下の鼻から口元のラインが魅力的です。
 ちょっと口づけしてみたいです。
 お臍の下の茂みも、湿った香りが匂ってきそうで官能的です。
 修整しました。












126-25 村上ゆき 25c51126-25) 村上ゆき25
 ここからは薄いフチを残した写真でお目に掛けます。逆海老縛りですね。







126-26 村上ゆき 26c52126-26) 村上ゆき26
 撮影角度が変わっただけです。縦位置とでも横位置とでもとれる角度ですが、感じた方へ。














126-27 村上ゆき 27c53126-27) 村上ゆき27








126-28 村上ゆき 28c56e126-28) 村上ゆき28
 奇クには珍しく脚の長いモデルさんです。
 佐々木真弓嬢は68年6月号初出演ですが、この号で既にこのページの23や25番と同時撮影と思われる写真が掲載されています。
 82年4月の復刊号の記事は多分70年以前に起こった出来事をフォトストーリー調にでっち上げたものだと思います。68年に19歳とすると、82年には33歳。それは可哀相でしょう。
 それにしても、エライところまで見せていますね。残念ながら修整しました。









126-29 村上ゆき 29c57e126-29) 村上ゆき29
 ところで、この1連の写真は、クリップオンのストロボを付けた35舒豐礇譽佞濃1討靴討い襪茲Δ忙廚┐泙后A膿夕命燭北咾生えた程度の機材ですね。
70年代後半のある時期、コンタックスRTSが発売された頃に、プロの写真家がアマチュア風の写真を撮ることが流行った時代があるにはあるのですが、これは本物のアマチュアの写真ではないだろうかと思います。
 雑誌には3人で撮影した事になっているのですが、何かモデルとカメラマン二人きりだったような空気を感じてしまいます。何か、モデルが撮影者に媚びているのです。修整しました。








126-30 村上ゆき 30c58126-30) 村上ゆき30
68年6月号のp.148や154にも二羽の鶏の掛け軸が写っています。















126-31 村上ゆき 31c61e126-31) 村上ゆき31
 一転、モーテルらしき場所での写真です。30までの写真では、部屋の畳に上敷きが鋲で打ってありました。昔の一般のお宅ではそうして畳の汚れを防いでいたのです。
 そうではなく、ここの部屋は明らかにご休憩スペースとして設えてあります。
 修整しました。



126-32 村上ゆき 32c66126-32) 村上ゆき32
 村上ゆき(佐々木真弓)最後の写真となりました。明らかに温泉マーク。多分モーテルの1室だと思います。当時の温泉マークにはこういう機械が備えてあったんですね、中年好みの隠微な匂いを感じる部屋です。
 私は品行方正な青年でしたので、こういう部屋は知りません。今、こういう装置があれば老境の私でも女を一責め出来るかな? と思いますが、脳や心臓の血管がどうにかなると晩節を汚す事になりますので自重しておきます。 股間に何かが挟まっているようにも見えます。
 フラッドランプはおろか、電線の一本も出ておりません。この室内には他に誰もいない様子です。自分で縛って最小限の機材で写真を撮ったのでしょう。人を入れない二人だけの空間を感じてしまいます。


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