OSAKA,KANSAI EXPO 2025 の開催が決まりました。1970年の時は私、大学3年生だったです。2025には私の孫どもが当時の私の年齢になります。ちょっぴり感無量です。
1970年。私は3月から万博会場で写真のアルバイト等をして少しお金を貯め、親からもカンパしてもらって、夏休みを丸々アメリカ中西部で過ごしました。ベトナム戦争、ケネディー暗殺、キング牧師と人種差別撤廃、ヒッピーと東洋文化・ドラッグ、シャロンテート事件など、アメリカももがいていました。
今になって思うと、あの国はそれらの問題を、確実に一人一人の生活感まで含めて解決して来ましたね。トランプさんがあんなにまで頑を張っているのも、アメリカこそが「文化大革命」を日常的に起こし、国家が決めたら国民は生活上の理念としてそれを守るという、当たり前のことが行われている国だからなのかも知れません。啓蒙思想の伝統が生きているって言うか。ちょっと誉めすぎかも知れないけど50年の長い目で見ればそうだと思います。
中国・韓国はその対極。上・下の私権の対立から革命がおこり、その革命の継続が民主主義と考えているみたい。権力側は権力を最大限行使して強権を必死で守ろうとするし、下克上したい側も必死で上をおとしめて、その私権を奪おうとする。中華思想としてその歴史認識は正しいのだけれども、闘争はしばしば破壊的方向に向けられる。
日本は例によってその中間ってとこかな? 国民は無邪気に鼓腹撃壌している。この太平が今の政権や企業・労働界トップなどのリーダー達の和によって、それがもたらされていることを、意識しているのかいないのか? (11月24日 AM4:30)
EXPO OSAKA 1970 と言えばカラー写真の普及。ということで迷っていた頁構成はカラー写真を加えた中河恵子さんの独り舞台と決定します。
176-01a,b,c) (ねろ)「開股竹棒羞恥責め」中河恵子
1967年4月号初出の3枚組。解説は「部屋の中央にある柱に両手を縛られ、両脚を竹の棒で大の字に開股させられた恵子嬢の美しくも妖しい魅力の溢れる羞恥責め姿態。」と言うんですが、こんな写真、もし略号入りの封筒に入っていなければ、絶対に特定できなかったでしょう。
本当は柱の右向こうから撮って欲しかったんですがネー。そうすればモデルが誰かすぐに分かりますのに。等しく男性としての願いでもありますが・・・
なお、中河嬢はこの後、68年1月号からは妊娠姿を披露なさいます。ご出産なさっていれば今満50歳となりますね。



176-02a,b,c) (ねけ)「鼻責めと鼻孔大写」中河恵子
同月発売の3枚組¥400。解説は「ツンとすました恵子嬢の鼻をめくりあけるところのアップと鼻孔の穴の中まで覗くアップフオト。」 たしかに鼻毛まではっきり写っています。左からストロボ一発。距離が近いからF22かそれ以上に絞れるんですね。
「ハナゲが伸びる・・・」なんて歌、このころじゃ無かったですか? ワキ毛女優はもっと後ですね。腋毛も鼻毛も売りにはなりませんよね。
私が初めてクリップオンのストロボを買ってもらったのが丁度この頃かな? カコ・エリートというヤツ。まだ高校生で写真のアルバイトしてなかったと思うので、親にねだったんでしょうね。



176-03a,b,c) (ねこ)「首縄後手強烈縛り」中河恵子
同じく4月発売です。解説は「後手高手小手に厳しく縛り上げた縄尻で首縄を掛けて締めれば、いやが上にも両手首は挙がる。」



176-04a,b,c) (とむ)「花と蛇静子立縛り」中河恵子
翌5月号で発売された3枚組。解説は「『花と蛇』の静子夫人に傾倒する中河恵子が裸身立縛りで、そのすらと伸びた肢体もあらわに縛り晒しにあっている有様を正面、側面背面から微細な点まで捕捉した。」 3枚目でやっと正面からの写真に巡り合いました。



176-05a,b,c) (とめ)「浣腸責の美態開陳」中河恵子
5月号では15組発売されています。解説は「このようにして縛り、このようにポーズさせれば、縄目の痛さに嫌でも応でも浣腸を易々と受け入れざるを得ない美しくも艶なるポーズが恵子嬢の熱演で展開する。」 例によってシリンジとイルリが転がっているだけなんですが。



176-06a,b,c,d) (はわ)「開股縛りは望む所」中河恵子
翌6月号発売の4枚組です。何か意味がわからない題名が付いています。無理もないですよ 3,4,5,6月号で44組出しているんです。さぞ忙しかった事でしょう。
解説は「花と蛇式の羞恥責めを願望する恵子嬢に対して両脚が一直線になる程思いきり開かせて縛りあげ、そのまま放置したところを狙った空想の余地多大な幻想的フォト。」 なるほどね、隠れている部分は空想するしかありませんものね。




176-07a,b,c) (れよ)「股間縛り開股姿態」中河恵子
これより同時期のカラー写真をお見せします。まず、67年3月号発売の3枚組。売り出し価格は1,000円となっています。解説は「新しいモデル恵子嬢の魅力を十二分に鑑賞して頂くため、大型カメラのカラーの鮮明なプリントで提供いたします。」中河嬢の最初の分譲写真はカラー3組、黒白4組だったんですね。



176-08a,b,c) (れぬ)「黒縄縦縛りの媚態」中河恵子
同月発売の3枚組。解説は「赤いパンツに黒い縄、それに白い肌か映えて新人恵子娘心緊縛姿態は、カラーフォトて目もあざむくばかりに美しく追ってくる。」
全体に奇クのカラー写真は面白くないです。60年代はカラープリントはフィルムメーカー系列のラボに出すのが普通で、独立ラボはまだ少なかった。一般の写真屋さんでカラープリントができるようになったのが70年代にノーリツ鋼機の自動現像機が出てからの事。80年には家庭でカラープリントが出来るようになり、やがてエクタクロームの現像や、ポジからの紙焼きまでキットで楽しめるようになりました。前の(れよ)も写真裏に FUJI.N.PRINT のスタンプが押してあります。そんなラボが引き受けてくれる範囲の、完全なセーフ写真しか販売できなかったんですね。



176-09a,b,c) (なし)「豊満な臀部を晒す」中河恵子
67年9月号発売の3枚組。解説は「モノクロ写真と違って豊富な色彩で、その女体の陰翳を微細に表現したカラーフォトは、美しい恵子嬢の全裸のすべてを、他に見られない緊縛姿態として提供する。」
赤絨毯上の写真ですので、自動スキャン時の補正色でやや緑にマスキングされましたが、変に修整して悪影響が出てもイヤですので、色補正はやめときます。
9月号ではカラー4組が発売されています。次は翌年3月ですが既に孕み腹となっています。これでこの頁を閉じます。



1970年。私は3月から万博会場で写真のアルバイト等をして少しお金を貯め、親からもカンパしてもらって、夏休みを丸々アメリカ中西部で過ごしました。ベトナム戦争、ケネディー暗殺、キング牧師と人種差別撤廃、ヒッピーと東洋文化・ドラッグ、シャロンテート事件など、アメリカももがいていました。
今になって思うと、あの国はそれらの問題を、確実に一人一人の生活感まで含めて解決して来ましたね。トランプさんがあんなにまで頑を張っているのも、アメリカこそが「文化大革命」を日常的に起こし、国家が決めたら国民は生活上の理念としてそれを守るという、当たり前のことが行われている国だからなのかも知れません。啓蒙思想の伝統が生きているって言うか。ちょっと誉めすぎかも知れないけど50年の長い目で見ればそうだと思います。
中国・韓国はその対極。上・下の私権の対立から革命がおこり、その革命の継続が民主主義と考えているみたい。権力側は権力を最大限行使して強権を必死で守ろうとするし、下克上したい側も必死で上をおとしめて、その私権を奪おうとする。中華思想としてその歴史認識は正しいのだけれども、闘争はしばしば破壊的方向に向けられる。
日本は例によってその中間ってとこかな? 国民は無邪気に鼓腹撃壌している。この太平が今の政権や企業・労働界トップなどのリーダー達の和によって、それがもたらされていることを、意識しているのかいないのか? (11月24日 AM4:30)
EXPO OSAKA 1970 と言えばカラー写真の普及。ということで迷っていた頁構成はカラー写真を加えた中河恵子さんの独り舞台と決定します。
176-01a,b,c) (ねろ)「開股竹棒羞恥責め」中河恵子
1967年4月号初出の3枚組。解説は「部屋の中央にある柱に両手を縛られ、両脚を竹の棒で大の字に開股させられた恵子嬢の美しくも妖しい魅力の溢れる羞恥責め姿態。」と言うんですが、こんな写真、もし略号入りの封筒に入っていなければ、絶対に特定できなかったでしょう。
本当は柱の右向こうから撮って欲しかったんですがネー。そうすればモデルが誰かすぐに分かりますのに。等しく男性としての願いでもありますが・・・
なお、中河嬢はこの後、68年1月号からは妊娠姿を披露なさいます。ご出産なさっていれば今満50歳となりますね。



176-02a,b,c) (ねけ)「鼻責めと鼻孔大写」中河恵子
同月発売の3枚組¥400。解説は「ツンとすました恵子嬢の鼻をめくりあけるところのアップと鼻孔の穴の中まで覗くアップフオト。」 たしかに鼻毛まではっきり写っています。左からストロボ一発。距離が近いからF22かそれ以上に絞れるんですね。
「ハナゲが伸びる・・・」なんて歌、このころじゃ無かったですか? ワキ毛女優はもっと後ですね。腋毛も鼻毛も売りにはなりませんよね。
私が初めてクリップオンのストロボを買ってもらったのが丁度この頃かな? カコ・エリートというヤツ。まだ高校生で写真のアルバイトしてなかったと思うので、親にねだったんでしょうね。



176-03a,b,c) (ねこ)「首縄後手強烈縛り」中河恵子
同じく4月発売です。解説は「後手高手小手に厳しく縛り上げた縄尻で首縄を掛けて締めれば、いやが上にも両手首は挙がる。」



176-04a,b,c) (とむ)「花と蛇静子立縛り」中河恵子
翌5月号で発売された3枚組。解説は「『花と蛇』の静子夫人に傾倒する中河恵子が裸身立縛りで、そのすらと伸びた肢体もあらわに縛り晒しにあっている有様を正面、側面背面から微細な点まで捕捉した。」 3枚目でやっと正面からの写真に巡り合いました。



176-05a,b,c) (とめ)「浣腸責の美態開陳」中河恵子
5月号では15組発売されています。解説は「このようにして縛り、このようにポーズさせれば、縄目の痛さに嫌でも応でも浣腸を易々と受け入れざるを得ない美しくも艶なるポーズが恵子嬢の熱演で展開する。」 例によってシリンジとイルリが転がっているだけなんですが。



176-06a,b,c,d) (はわ)「開股縛りは望む所」中河恵子
翌6月号発売の4枚組です。何か意味がわからない題名が付いています。無理もないですよ 3,4,5,6月号で44組出しているんです。さぞ忙しかった事でしょう。
解説は「花と蛇式の羞恥責めを願望する恵子嬢に対して両脚が一直線になる程思いきり開かせて縛りあげ、そのまま放置したところを狙った空想の余地多大な幻想的フォト。」 なるほどね、隠れている部分は空想するしかありませんものね。




176-07a,b,c) (れよ)「股間縛り開股姿態」中河恵子
これより同時期のカラー写真をお見せします。まず、67年3月号発売の3枚組。売り出し価格は1,000円となっています。解説は「新しいモデル恵子嬢の魅力を十二分に鑑賞して頂くため、大型カメラのカラーの鮮明なプリントで提供いたします。」中河嬢の最初の分譲写真はカラー3組、黒白4組だったんですね。



176-08a,b,c) (れぬ)「黒縄縦縛りの媚態」中河恵子
同月発売の3枚組。解説は「赤いパンツに黒い縄、それに白い肌か映えて新人恵子娘心緊縛姿態は、カラーフォトて目もあざむくばかりに美しく追ってくる。」
全体に奇クのカラー写真は面白くないです。60年代はカラープリントはフィルムメーカー系列のラボに出すのが普通で、独立ラボはまだ少なかった。一般の写真屋さんでカラープリントができるようになったのが70年代にノーリツ鋼機の自動現像機が出てからの事。80年には家庭でカラープリントが出来るようになり、やがてエクタクロームの現像や、ポジからの紙焼きまでキットで楽しめるようになりました。前の(れよ)も写真裏に FUJI.N.PRINT のスタンプが押してあります。そんなラボが引き受けてくれる範囲の、完全なセーフ写真しか販売できなかったんですね。



176-09a,b,c) (なし)「豊満な臀部を晒す」中河恵子
67年9月号発売の3枚組。解説は「モノクロ写真と違って豊富な色彩で、その女体の陰翳を微細に表現したカラーフォトは、美しい恵子嬢の全裸のすべてを、他に見られない緊縛姿態として提供する。」
赤絨毯上の写真ですので、自動スキャン時の補正色でやや緑にマスキングされましたが、変に修整して悪影響が出てもイヤですので、色補正はやめときます。
9月号ではカラー4組が発売されています。次は翌年3月ですが既に孕み腹となっています。これでこの頁を閉じます。



おはようございます。
1970年の大阪万博といえば、私はやはり前田真知子嬢を思い出します。
彼女はモデル応募の動機のひとつに、万博見物の費用捻出を挙げていました。(1971年1月号【私の緊縛日記より】白い陣痛)意に反して万博見物は叶わなかったものの、その後75年の奇ク廃刊までモデルを務めたのですから、ファンとしては嬉しい限りです。
万博がらみのもうひとりは北欧から来たシーラ・ケニーです。“金髪碧眼の美女”が和風の縛りを受けて、これも文化交流に違いありません。
【随心院】拝