エー、皆様本当にご無沙汰でございました。前頁で元日のご挨拶をしてから新たな画像をお目にかけることもなく、もうお盆前でございます。コロナとプーチンに振り回されたこともあるのですが、やはり寄る年波ですね。今回で何とか200頁目です。
この間に入手いたしました200枚ばかりの奇ク分譲写真がありまして・・・主にローマ字組らしいんですが、中にかな組で結構フェティシュな写真が含まれておりました。これらは目立ちますので特定しやすい。ということでお目にかけます。
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200-01a)K組26 セーラー服縛り(大塚啓子)
1965年7月号で発売された「ニューモデル悦虐寫眞50集」K組50枚 のうちの1枚です。
エッ、お前は制服フェチか?ですって? いえ、でも次にお目にかける7枚と同時撮影分に間違いないと思いますので、プロローグとして、とりあえず・・・・
200-01b~d)略号(かは)大塚啓子



1962年10月号で発売された、「ゴムカバー着縛り」略号(かは)3枚組と思われます。解説は「ぬめぬめとしたアメゴムのオシメ・カバーが身の自由にならぬ下半身にはかされてこれから排泄の汚辱にむせばんとするカバー・プレイの三場面。ゴムの臭気が鼻の先に匂ってくる迫力。」とあります。
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200-02a~d)略号(せち)大塚啓子




1962年11月号でアナウンスされました、略号(せち)「オシメ浣腸責」4枚組と思われます。解説は「ガラス製三〇CC浣腸器、エネマシリンジを用いて浣腸を施したモデル嬢にオシメカバーをつけさせ、後手に縛って自由を奪うと忽ち激しい便意が七転八倒の苦しみとなって全身をさいなむ。その有様を執拗にカメラは狙ってゆく。」とあります。
「後手」には縛ってないので、さあ、本当に(せち)でしょうか?
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200-03a~c)略号(ゆす)遠藤百合子 「月経帯のまま縛り」
1963年10月号で発表されました(ゆす)3枚組。解説は「後手の高手小手に縛られて、今は両手の自由のきかない百合子さんは、黒の月経帯をはかされて、蒲団の上にころがされる。起き上ろうとして身体を起せば、思わず両足が開いて、月経帯がすっかり見えてしまう。」
拡大して見ますと、素材はリブ織り柄のメリヤス地。奇クに紹介される月経帯は「当時としても非常に珍しくなっていたビクトリヤバンド」といわれていたように、懐古趣味なんです。思春期の男の子が母親を慕いながらも、何か別の人種のように感じたのが月経帯。そのノスタルジアなんですね。
この前年末にはアンネナプキン(パンネットも)が発売されていました。しかし替えゴム付き生理帯は進化の頂点にあり、ナイロン地で腰にぴったりフィットし、ズレない安定感で大多数の支持を得ていました。当時最新の生理帯と比較すると、アンネナプキン+パンネットは分が悪く、余程新し好みの女性も一気には替えがたかった。まあ少ない日や予防の意味でするならナプキンで済まそうという若い女性は多かったでしょうね。
ムレるムレないなんて、今のテレビショッピングのサプリメント広告みたいなもので、ムレても安全がいいという女性の方が圧倒的に多かった。少なくとも「多い日」は安心感のある替えゴムタイプに脱脂綿をたっぷり当てる女性が多かったのではないでしょうか。今だって多少ムレてもいいから、ビニールの裏地をつけた、38センチとか40何センチなんて、おむつみたいなナプキンを防水布ショーツに糊で張り付けているじゃないですか。アンネは革命的ではあったけど、発売後こそが普及の正念場だったんでしょう。だからパンネットの発売価格は、カラフルな合繊を使った替えゴム生理帯が300円以上したのに、1/2以下の150円ですものね。
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200-01a)K組26 セーラー服縛り(大塚啓子)
1965年7月号で発売された「ニューモデル悦虐寫眞50集」K組50枚 のうちの1枚です。エッ、お前は制服フェチか?ですって? いえ、でも次にお目にかける7枚と同時撮影分に間違いないと思いますので、プロローグとして、とりあえず・・・・
200-01b~d)略号(かは)大塚啓子



1962年10月号で発売された、「ゴムカバー着縛り」略号(かは)3枚組と思われます。解説は「ぬめぬめとしたアメゴムのオシメ・カバーが身の自由にならぬ下半身にはかされてこれから排泄の汚辱にむせばんとするカバー・プレイの三場面。ゴムの臭気が鼻の先に匂ってくる迫力。」とあります。
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200-02a~d)略号(せち)大塚啓子




1962年11月号でアナウンスされました、略号(せち)「オシメ浣腸責」4枚組と思われます。解説は「ガラス製三〇CC浣腸器、エネマシリンジを用いて浣腸を施したモデル嬢にオシメカバーをつけさせ、後手に縛って自由を奪うと忽ち激しい便意が七転八倒の苦しみとなって全身をさいなむ。その有様を執拗にカメラは狙ってゆく。」とあります。
「後手」には縛ってないので、さあ、本当に(せち)でしょうか?
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200-03a~c)略号(ゆす)遠藤百合子 「月経帯のまま縛り」
1963年10月号で発表されました(ゆす)3枚組。解説は「後手の高手小手に縛られて、今は両手の自由のきかない百合子さんは、黒の月経帯をはかされて、蒲団の上にころがされる。起き上ろうとして身体を起せば、思わず両足が開いて、月経帯がすっかり見えてしまう。」
拡大して見ますと、素材はリブ織り柄のメリヤス地。奇クに紹介される月経帯は「当時としても非常に珍しくなっていたビクトリヤバンド」といわれていたように、懐古趣味なんです。思春期の男の子が母親を慕いながらも、何か別の人種のように感じたのが月経帯。そのノスタルジアなんですね。
この前年末にはアンネナプキン(パンネットも)が発売されていました。しかし替えゴム付き生理帯は進化の頂点にあり、ナイロン地で腰にぴったりフィットし、ズレない安定感で大多数の支持を得ていました。当時最新の生理帯と比較すると、アンネナプキン+パンネットは分が悪く、余程新し好みの女性も一気には替えがたかった。まあ少ない日や予防の意味でするならナプキンで済まそうという若い女性は多かったでしょうね。
ムレるムレないなんて、今のテレビショッピングのサプリメント広告みたいなもので、ムレても安全がいいという女性の方が圧倒的に多かった。少なくとも「多い日」は安心感のある替えゴムタイプに脱脂綿をたっぷり当てる女性が多かったのではないでしょうか。今だって多少ムレてもいいから、ビニールの裏地をつけた、38センチとか40何センチなんて、おむつみたいなナプキンを防水布ショーツに糊で張り付けているじゃないですか。アンネは革命的ではあったけど、発売後こそが普及の正念場だったんでしょう。だからパンネットの発売価格は、カラフルな合繊を使った替えゴム生理帯が300円以上したのに、1/2以下の150円ですものね。



200-03a~c)東浦ひかる 月経帯着用写真
03a) 1963年2月号で発売された、略号(おし)3枚組の1枚でしょうか? 組名「パピアバンド(大型替ゴム)」解説は「黒メリヤス製の前開きで、大型特ゴムのついたパピアバンドです。ひだの多いどっしりとした特ゴムを裏返して、着用したままで殊更に自らの手でお見せしようという縛りなしの、いかにもメンスバンドの特徴をもったフォトです。」
03b) これも同時発売の(おい)の一枚かと思います。組名「パリスバンド前開き」解説は「黒メリヤス製前開きのパリスバンドを着用し、前開きをあけて当てゴムをあらわにしているバンド着用のフォト。替ゴムの部分をはっきりと見せるために、その部分を殊更前面につき出させ、自らの手でバンドにふれている諸々のポーズを開陳(縛りなし)」 左右逆焼付です。03c,d) (おは)東浦ひかる
同じく2月号。「パリスバンドの縛り」3枚組のうちの2枚。解説は「替ゴムもあらわなポーズでパリスバンドを着用させられた東浦嬢が、両手を厳しく緊縛されて自由のきかない身を、僅かに両手をばたつかせてもがくさまを表す。」(おは)か(おこ)か迷ったんですが、(おこ)は「縛りなし」ですので、(おは)かな?と。




残暑お見舞い申し上げます。
そして200ページ達成おめでとう御座います。
膨大な資料を整理・分類し画像を公開していただいて感謝しております。
ところで、このようなフェチ写真、果たしてどの程度売れたのでしょうか。奇クの分譲写真はそもそも商売になっていたのかどうか、ふと疑問が湧いてきました。
続編を期待しております。
【随心院】拝