このブログ。ずいぶん長く新規記事を書き込んでいませんでした。その間以前のページの更新は頻繁sに強いていたんですが。ここ数回、1950年代が続きましたので、たまには新しいものをと思い、刑部典子嬢と山原清子嬢の残りをお目にかけます。
山原嬢の(さる)の初出宣伝文を左に掲示しますのでご参照ください。
136−1) 刑部典子の1 刑部嬢は80)ページでふんどし姿を10枚ほどお目にかけました。この写真は99)で皆様のお知恵をいただいたものです。
刑部嬢は65〜66年に(かな組)7組とK組7枚が発売されました。
残念ながら、「白ふん、黒ふん」以外に、題名にあまり具体的な内容が書かれていないので組名の特定はできません。
136−2) 刑部典子の2 上記はローマ字組、これ以下の3枚はかな組だと思うのですが、解説に猿轡への言及がないので組名はわかりません。
136−3) 刑部典子の3 すこし窮屈な画面です。今まではマミヤのC33あたりを使っていたのが、ローライかハッセルにでも替えたのでしょうか。80个離譽鵐困世隼廚い泙后
136−4) 刑部典子の4
136−5) 山原清子(もや) 65年8月号初出の、山原清子の(もや)3枚組の1枚。写真裏に(もや)と書いてあります。題名『乳枷貞操帯着用』、解説「お碗を伏せたような大きな乳房が革製の枷で根元を締められて、むっくりと盛り上り、前には黒光りする貞操帯がぴったりと切り込んだように装着されている。そんなあられもない姿で、正面向いて晒されているが、後手は革紐で括られ背後の柵に繋がれているので逃げだすわけにはいかない。」
何か乳枷がごちゃごちゃしていますね。
136−6) 山原清子と鈴木晃子(さる)の1 山原嬢と鈴木嬢の女斗美写真は、78)ページに(さあ)と(さや)合計30枚中17枚ばかりをお目にかけました。ここでは(さる)10枚組が全部そろっていますので一挙掲載いたします。
65年6月号でこの3組40枚が同時発売されました。(さる)は『猿轡をされるまで』と題されており、解説は「強烈に縛りあげられた鈴木晃子の鼻をつまみ口を開けたところへ布片を押し込み、豆絞りの猿ぐつわを無理強いに噛ませてしまうまでの連続組写真である。」となっています。
136−7) 山原清子と鈴木晃子(さる)の2
136−8) 山原清子と鈴木晃子(さる)の3
136−9) 山原清子と鈴木晃子(さる)の4
136−10) 山原清子と鈴木晃子(さる)の5
136−11) 山原清子と鈴木晃子(さる)の6
136−12) 山原清子と鈴木晃子(さる)の7
136−13) 山原清子と鈴木晃子(さる)の8
136−14) 山原清子と鈴木晃子(さる)の9
136−15) 山原清子と鈴木晃子(さる)の10 以上で(さる)10枚組が終了いたしました。
さるぐつわをされるまでの連続写真10枚組ですので当たり前かもしれませんが、同じカメラ位置から同じ方向へ同じポーズをさせた写真です。まるでモータードライブの連続写真のようで、果たして全部を掲載する価値があったかどうか?
まあ、すべてをお目にかけたことだけが値打ちだったようなような気がします。