145−1a〜1e) 中塚文子 AS06 『強烈股間緊縛』
昭和31年4月号で発売された、中塚文子のAS06 6枚組と思われる写真です。5枚見つかりました。
解説は 「新人中塚文子嬢を観念させた新考案の強烈股間縛りは豊満な全裸の肌を容赦なくさいなみつづける」 となっております。
最初、須川令子かと思い、分類していたものですが、このブログ2頁の最初の写真、R45 から中塚文子と知れました。
中塚文子は56年4月から8月にかけて3組13枚が発売されており、59年10月のR組で5枚が追加されています。










サムネイルの大きさが少し違いますが、実ファイルは同じ大きさです。最後の写真が2頁の R-45 とほぼ同じ写真です。
・・・と書きましたが、最後の1枚はどうやら R-45 『股間縛り』 そのもののようです。すなわち、AS-06 が4枚とR-45が1枚ということですね。猿轡のあるのがR組という事でしょうか。
145−2a〜c) CS-06 『排泄の強要』 中塚文子
私は、トイレの写真は須川令子だけと思い込み、そのように分類しておりました。調べてみると、桜井葉子、三浦純子、須川令子、川路むら子、大塚啓子、中塚文子とあるようです。
56年5月号でアナウンスされた、CS-06 『排泄の強要』 4枚組。解説は「新人、中塚文子嬢の再び登場、場所を洋風のトイレに選び、すべて狭い便器の上で、ポーズをとらした稀少な一篇、前回の強烈股間緊縛で好評を博した中塚嬢が、更に新生面を拓いた緊縛マニヤも浣腸マニアも必見の緊縛フォト。」 となっております。今なら和式トイレと言うべきですが、この当時は洋風と呼ぶに値したようです。
なお、この2cの写真は、R組98の 『トイレ正面排泄縛』 の可能性が大です。プリントの退色が少なく、ガラス式ネガキャリアーに起因するニュートンリングが出ております。猿轡もされており、同じ組とは考えにくいのです。






145−3a〜c) DS-07 『浴室股間縛』 中塚文子
56年8月号で発売された、DS-07 3枚組と思われます。「新人中塚がAS6、CS6、に続いてマニアの方々に問う傑作、彼女の作品は、その大胆さと強烈さのために、どなたからも絶讃を頂いている。是非一集を!」 と説明が添えてあります。
このガードルガーター。当時アメリカ好みのモダンな下着だったんでしょうね。前の写真でガーターが撥ね出ているところがエロっぽいです。モダン好みの私の母がし始めたのが昭和32年ごろだったかな? 今は見る影もない母ですが、当時はくっきりした顔立ちの華やかな美人で、モテモテだったんです。
中塚文子は以上でおしまいです。






145−4) 須川令子の1
99頁で須川令子とお教えいただきました写真です。


145−5) 須川令子の2
同じ写真が別冊奇譚クラブ60年11月号『淫火』のグラビアに出ておりました。


145−6)須川令子の3 益田房子
GT−5500様よりご教示いただきました。
なるほど益田房子ですか。58年の12月号『寝室の苦悶』(くもん)「ベッドの上、後手にいましめられて転々と悶えてやまぬ房子嬢」 ということですね。


145−7)モデル不明、大塚啓子か? 厚狭春江
下の写真と撮影場所は同じで、似た縛り方なんですが、ヘアスタイルが違います。
GT−5500様より厚狭春江とのサジェッション。53年7月号112ページ下段の写真ですね。なるほど、これは納得がいきます。でもこのグラビア(オフセットかも知れませんが)4ページに、南泰子、高瀬忍、厚狭春江、村田那美子、坂口利子、高瀬忍と、各人ほぼ1枚ずつ掲げられているだけ。よくお気づきになられたと思います。訂正致します。


145−8)モデル不明、大塚啓子か? 厚狭春江?
大塚啓子に似ているんですが・・・誰でしょう?
大塚啓子は58年からです。これはもっと前の写真でしょう。厚狭嬢かも知れませんが、この当時、モデル嬢を複数呼んで同時撮影していたようですので。他のモデルさんの可能性もあります。私にはよく分かりません。


昭和31年4月号で発売された、中塚文子のAS06 6枚組と思われる写真です。5枚見つかりました。
解説は 「新人中塚文子嬢を観念させた新考案の強烈股間縛りは豊満な全裸の肌を容赦なくさいなみつづける」 となっております。
最初、須川令子かと思い、分類していたものですが、このブログ2頁の最初の写真、R45 から中塚文子と知れました。
中塚文子は56年4月から8月にかけて3組13枚が発売されており、59年10月のR組で5枚が追加されています。










サムネイルの大きさが少し違いますが、実ファイルは同じ大きさです。最後の写真が2頁の R-45 とほぼ同じ写真です。
・・・と書きましたが、最後の1枚はどうやら R-45 『股間縛り』 そのもののようです。すなわち、AS-06 が4枚とR-45が1枚ということですね。猿轡のあるのがR組という事でしょうか。
145−2a〜c) CS-06 『排泄の強要』 中塚文子
私は、トイレの写真は須川令子だけと思い込み、そのように分類しておりました。調べてみると、桜井葉子、三浦純子、須川令子、川路むら子、大塚啓子、中塚文子とあるようです。
56年5月号でアナウンスされた、CS-06 『排泄の強要』 4枚組。解説は「新人、中塚文子嬢の再び登場、場所を洋風のトイレに選び、すべて狭い便器の上で、ポーズをとらした稀少な一篇、前回の強烈股間緊縛で好評を博した中塚嬢が、更に新生面を拓いた緊縛マニヤも浣腸マニアも必見の緊縛フォト。」 となっております。今なら和式トイレと言うべきですが、この当時は洋風と呼ぶに値したようです。
なお、この2cの写真は、R組98の 『トイレ正面排泄縛』 の可能性が大です。プリントの退色が少なく、ガラス式ネガキャリアーに起因するニュートンリングが出ております。猿轡もされており、同じ組とは考えにくいのです。






145−3a〜c) DS-07 『浴室股間縛』 中塚文子
56年8月号で発売された、DS-07 3枚組と思われます。「新人中塚がAS6、CS6、に続いてマニアの方々に問う傑作、彼女の作品は、その大胆さと強烈さのために、どなたからも絶讃を頂いている。是非一集を!」 と説明が添えてあります。
このガードルガーター。当時アメリカ好みのモダンな下着だったんでしょうね。前の写真でガーターが撥ね出ているところがエロっぽいです。モダン好みの私の母がし始めたのが昭和32年ごろだったかな? 今は見る影もない母ですが、当時はくっきりした顔立ちの華やかな美人で、モテモテだったんです。
中塚文子は以上でおしまいです。






145−4) 須川令子の1
99頁で須川令子とお教えいただきました写真です。


145−5) 須川令子の2
同じ写真が別冊奇譚クラブ60年11月号『淫火』のグラビアに出ておりました。


145−6)
GT−5500様よりご教示いただきました。
なるほど益田房子ですか。58年の12月号『寝室の苦悶』(くもん)「ベッドの上、後手にいましめられて転々と悶えてやまぬ房子嬢」 ということですね。


145−7)
下の写真と撮影場所は同じで、似た縛り方なんですが、ヘアスタイルが違います。
GT−5500様より厚狭春江とのサジェッション。53年7月号112ページ下段の写真ですね。なるほど、これは納得がいきます。でもこのグラビア(オフセットかも知れませんが)4ページに、南泰子、高瀬忍、厚狭春江、村田那美子、坂口利子、高瀬忍と、各人ほぼ1枚ずつ掲げられているだけ。よくお気づきになられたと思います。訂正致します。


145−8)
大塚啓子に似ているんですが・・・誰でしょう?
大塚啓子は58年からです。これはもっと前の写真でしょう。厚狭嬢かも知れませんが、この当時、モデル嬢を複数呼んで同時撮影していたようですので。他のモデルさんの可能性もあります。私にはよく分かりません。

