昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。なお、P.201 からは奇譚クラブ以外の媒体で販売された写真もご覧いただきます。

September 2010

119) miss KIKUKO FUKADA 1971 / 119) 深田菊子嬢 (全)

このページは深田菊子嬢の前編となります。深田嬢は1970年以降の奇クを代表するモデルさんと思っておりましたが、調べますと、17組のかな組緊縛写真は全て71年の8月に発売されております。同9月と11月に浣腸やフェチ写真が12組とカラー写真が2組。残りはずっと後の74年2月にカラーが6組。以上黒白29組とカラー8組が全てです。意外や意外、撮影はホンの短い時期に何回か行われただけなんですね。
 深田嬢は英字組も多く、71年12月のV組から73年2月のSM組まで48枚ありますが、もし、雑誌掲載のための撮影を行ったにしても、72年以降は、大規模な撮影は行われなかったのではないでしょうか?
 そんなわけで、良い写真、良い表情が多いのですが、際だった特徴のあるものが無く、組名を特定出来ません。とりあえずこのページでは畳の上で撮影されたもの20数枚を、少しずつですが掲載して参ります。
 119−27)に記しました理由により、前後編に分けるのをやめ、深田嬢の手持ち写真全てをここに掲載致します。 考えを改め、深田嬢の単純な緊縛写真はもっと短期間、おそらく2日ぐらいで全て撮影されたものと思います。

119-01深田菊子119−1) 深田菊子嬢 (ろも)?
 略号(ろも)『脚吊り柱強烈縛り』 3枚組 「柱を利用して脚線美の片足を或は両足を吊り上げた羞恥の姿態。」 かと思います。






119-02深田菊子119−2) 深田菊子嬢 (ろも)?
 これも同様です。V組の1『足挙げ羞恥責め』や新K組の80『足挙げ開股責め』なども候補です。






119-03深田菊子119−3) 深田菊子嬢
 何組かはわかりません。硬めの写真が多い中で、なかなかトーン豊かな印画です。














119-04深田菊子119−4) 深田菊子嬢
 縛り方は後で出て参りますNo.24、25と同じなのですが、畳の縁が違います。むしろNo.20に近いのかも・・・。
 オイオイそんなこと言ってもこちらは分からない、ッテ声が聞こえてきそうですが、順次アップ致しますのでお楽しみに。




119-05深田菊子119−5) 深田菊子嬢
 (ろは)『開股開陳羞恥責め』でしょうか(ろみ)『開股責めの種々相』でしょうか。あるいは新K組の98『大の字開股責め』あたりでしょうか?







119-06深田菊子119−6) 深田菊子嬢
 (ろひ)『棒責めの開股縛り』「棒の両端に左右の足を括りつけた開股羞恥責めの最高傑作姿態。」が有力候補です。あるいは新K組の89『棒縛り開脚責め』なども候補です。
 なお、ろて、ろせ、ろひ、ろへ、ろす、ろは、ろふ、の各略号は、65年12月号の山原清子らの写真と重なっております。
 畳の縁はラメ入りに変わっています。










119-07深田菊子119−7) 深田菊子嬢








119-08深田菊子119−8) 深田菊子嬢
 候補としては119−6と同様です。















119-09深田菊子119−9) 深田菊子嬢
 私の持つ中で、唯一の白猿轡です。(ろも)や新K31『片足挙げ柱縛り』などが候補です。











119-10深田菊子119−10) 深田菊子嬢
 少しピントの悪い写真で、組名は特定出来ません。バックの雑然とした様子は、伊藤晴雨影響下の東京の写真家さんにありそうな感じです。
 65年以降の奇クの写真は、縄や三脚やカメラがバックに雑然と写り込んでいるのが多いのですが、グラビアが無くなり、SMカメラハントなどの撮影記事の目的で撮られたためでしょうか?




119-11深田菊子119−11) 深田菊子嬢
 非常に特徴的なポーズの美しい写真です。トリミングで傾きを正してスクエアに焼けば、ウエストンばりの芸術写真になりますのに。
 畳の縁は斜め格子です。













119-12深田菊子119−12) 深田菊子嬢
 大胆かつ美しいポーズです。やはり照明のための電線は邪魔です。
 (ろは)『開股開陳羞恥責め』でしょうか、あるいはV組の78『裏門を開放する』あたりでしょうか?
 造形美的には上の写真と同じ角度から左右対称に撮って欲しかったのですが、美的に良くても警察的に良くないかも。



119-13 深田菊子119−13) 深田菊子嬢
 後が鏡になっており、縄は麻と思われます。畳の縁は亀甲柄です。








119-14 深田菊子119−14) 深田菊子嬢
 上の写真の前面と思います。(ろみ)(ろは)も考えられますが、新K組54『正面開股菱縄縛り』が最有力です。














119-15 深田菊子119−15) 深田菊子嬢
 豆絞りのさるぐつわに合繊の荷造り紐による緊縛です。女体を縛るのに適した紐とは思えません。
 V組79に『豆絞りの猿轡縛』があります。













119-16 深田菊子119−16) 深田菊子嬢
 同じく横からの写真です。畳の縁は紅葉のように見えます。















119-17 深田菊子119−17) 深田菊子嬢
 今度は白の綿ロープらしきもの。股間にもやさしいのでしょうか?
 (ろち)や(ろへ)でしょうか? あるいは(ろそ)? 広田三枝子って歌手だったか俳優さんだったか・・・・。そういう人が確かにいましたね、当時。
 肝心なことを書き漏らしておりました。この写真は87頁の5に公開致しました、随心院様からの贈り物と同じでございます。二重掲出になりますがご容赦下さい。 










119-18 深田菊子119−18) 深田菊子嬢
 これが前面。V組20が『菱縄股間縛前面』です。
 これも随心院様から頂戴致しました87−6と同じ写真です。改めて随心院様に感謝申し上げます。 













119-19 深田菊子119−19) 深田菊子嬢
 これは縄じゃなくて、斑の紐で女性に一番優しい素材と、たしかHASSAN様に伺いました。
 ポーズとしてはもう少し深く腰掛けるか、右脚を5センチほど前に出して、足を伸ばした方が美しいと思うんですが・・・・。












119-20 深田菊子119−20) 深田菊子嬢
















119-21 深田菊子119−21) 深田菊子嬢
 白の綿ロープらしきものでの緊縛。緩い縄掛けと見えますが手首から先は変色しています。散らばっているロープは黒なのか赤なのか分かりません。
 畳の縁は菊の散らしです。





119-22 深田菊子119−22) 深田菊子嬢
 斑紐による緊縛。71年だとアンブレラストロボは使えたはずですが、500ワットフラッド球3発の照明です。無理なポーズで長いシャッターは無理だったと思いますが、上からの照明を近づけて照度を稼いでいます。その分大分硬い画面になりました。
 畳の縁はラメ。
 随心院様に教えて頂いた資料によりますと、照明器具はストロボ3台だそうです。ただし、アンブレラ型ではございません。この当時反射傘はまだ無かったのかな? 同文中、私も使っておりました、カコのエリート2という名が見え、懐かしく思いました。  

119-23 深田菊子119−23) 深田菊子嬢
 上と同時撮影と思われます。トレペもかけずに直射すると強いはっきりした影が出てしまいます。










119-24 深田菊子119−24) 深田菊子嬢
 麻のロープかと思われますが材質は良く分かりません。麻縄なら(ろし)『肌に喰い込む麻縄』
 畳の縁は散らし菊。





119-25 深田菊子119−25) 深田菊子嬢
 上と同じです。この写真は珍しくモデルに直接照明を当てずに隣室から背後の光をもらっています。隣室にはベッドがあるようで、そちらで閨の写真が撮れそうです。16〜18の写真では、シャギーの置きカーペットも見え、この部屋がいろいろな写真を撮るのに絶好の条件となっていたことが分かります。最初に考えていたよりも、ずっと少ない回数でこれらの写真が撮影されたのかも知れません。


119-26 深田菊子119−26) 深田菊子嬢
 斑紐による股間縛り。畳縁は亀甲紋。
 (ろち)『股間縛りにあえぐ』なら解説に合致するのですが。「柔らかき女体を縦に真っ二つに割った妖しくも艶やかな縄一筋。」





119-27 深田菊子119−27) 深田菊子嬢
 麻ロープらしきものを使った、サイドからの股間縛り。畳縁はラメです。
 ここで一旦深田嬢の写真を打ち切り、カーペットの上での写真はいずれ別のページでと考えておりました。 ところが、今まで27枚の写真で、ベッドやカーペットが覗いており、これらも同じ日の撮影である可能性が大となりました。
 そこで、わざわざ分けずに、このまま続きをご紹介します。1ページで40枚近い写真が深田嬢のみで占められることになり、構成は単調。深田ファンでないかたには退屈この上ないページとなりますが、ご容赦下さい。

119-28深田菊子119−28) 深田菊子嬢
 ベッドの上の緊縛。花菱の壁紙がベッドボード。25の写真に見えるベッドだと思います。
 新K組の24が『閨での羞恥責め』となっています。





119-29 深田菊子119−29) 深田菊子嬢
 なかなか綺麗な階調の写真です。右脚が太く写りすぎているのを除くと私好みです。













119-30 深田菊子119−30) 深田菊子嬢
 同上です。







119-31 深田菊子119−31) 深田菊子嬢
 ところが一枚めくるとガチガチの硬調印画。この写真は87頁の随心院様からの贈り物の4枚目と同じですが、どんなにスキャンしてもこの程度が精一杯というところです。
 ところで、111頁にHASSAN様から頂戴した深田嬢の写真を掲載致しましたが、これと同じものは私は持っておりません。改めてHASSAN様にご提供の御礼を申し上げます。


119-32 深田菊子119−32) 深田菊子嬢
 上と同じシリーズでしょう。
 合計39枚の予定が、さらに3枚追加され42枚となりました。これからはぼちぼちです。





119-33 深田菊子119−33) 深田菊子嬢
















119-34 深田菊子119−34) 深田菊子嬢
 菊池嬢の足の裏が、観音様の手のひらのように見えます。















119-35 深田菊子119−35) 深田菊子嬢
















119-36 深田菊子119−36) 深田菊子嬢
 アップヘアーの深田嬢って珍しい。最初は気づきませんでした。でも種痘痕が。それにヘアも後に撫でつけただけみたい。






119-37 深田菊子119−37) 深田菊子嬢
 ここまでのポーズを付けても浣腸器などは見つかりません。111頁もHASSAN様からの写真にはエネマシリンジが写っています。71年9月号のエネマシリーズも、ある部分は普通の緊縛写真と同時に撮影されていたのかも知れません。
 それにしても、私の持つ奇ク分譲写真は何と変態性が少なく、ノーマルなものが多い事でしょうか。 ・・・アーア・・・


119-38 深田菊子119−38) 深田菊子嬢
 ここからの3枚が、新たに見つかった写真です。階段での撮影以前に掲げておきます。
 記事によると、この部屋が名阪国道沿い、京都近郊、宝塚の奥の方などのモーテルだと言うんですが、畳の部屋はみんな豪華ですね。万博後の近畿には高級モーテルが林立したのでしょうか?











119-39 深田菊子119−39) 深田菊子嬢
 2週間ばかり40枚もの写真を前に置いて深田嬢とつきあっておりますと、後ろを向こうが何であろうが、「アッ、菊子だ!」と分かるんですね。我ながらたいしたものです。
 この感覚はまたすぐに忘れてしまうんですけどね。




119-40 深田菊子119−40) 深田菊子嬢








119-41 深田菊子119−41) 深田菊子嬢
 自然光が入るとやわらかな光になります。















119-42 深田菊子119−42) 深田菊子嬢
 私の手持ちの最後の写真です。
 これ以外に106頁の「お尻コレクション」の26があるのですが、これが111−1) HASSAN様から頂戴したものと全く同じでした。ここにはエネマシリンジ(浣腸ゴム球)が写っております。
 その他87頁の随心院様から頂戴した品も併せてご参照下さい。
 ところでこの写真。どうってこと無い1枚なのですが、妙に女の匂いがしますね。だらしなく緩んだヒザがそう見せるのでしょうか?




118) Bondage Photos used by the KITAN CLUB in 1952 / 昭和27年の奇譚クラブ誌面を飾った写真たち

奇譚クラブがA5版になり、緊縛写真が大々的に載りだしたのが52年の6月号からです。この当時らしき写真を200枚ばかり持っております。本サイト39頁から掲載した「緊縛美のオンパレード」第六篇51集より前の分と思われます。
 「緊縛美のオンパレード」全十篇は、最初52年8月号に「責め女の写真実費分譲」として第三篇までがアナウンスされましたが、同号ですでに第一篇(1〜9集45枚)は分譲中止という、何のために宣伝してるんだか・・・しかも「第一篇は幸いにして大好評を拍し」などと、思わせぶりな、今なら怒られそうな惹き句が付してあります。いったい何枚ぐらい販売して終わったのでしょうか?
 先の約200枚は、その多くがこの5篇245枚に含まれるのではないかと想像しているのですが、何分にも資料が皆無で、当時はモデル名すら明らかにされていませんので調べようがなかったのです。
 しかし、昭和34年4月に発売された臨時増刊「SADO特集号第2集」に覆面子白頭巾様が「緊縛フォトと緊縛モデル夜話」として、当時の奇クの写真解説をなさっていました。凸版の不鮮明なものから分譲写真の宣伝の張り混ぜ写真まで書いておられ、はっと思いついて、手持ちの写真を照合してみました。すると何枚か符合するものが見られました。このページでは、その写真を中心に何枚かをご紹介致します。
 なお、この作業中、67頁の『急襲』の最後の1枚らしき写真が出て参りましたので、同ページに追加しました。     

118−1) 52年7月『美しき苦悶』の1 立花郁子
奇ク5207表2
 
118-1)52年7月美しき苦悶1C118-1)52年7月美しき苦悶1 だいたい、52年の7月号のどこに写真のページがあるんだ、と仰有られるかも知れませんが、おもて表紙の裏側、表2というヤツですね、そこが見開きになってまして、「美しき苦悶」と題して張り混ぜ写真が出ています。その左ページの真ん中左端がこの写真の上半身です。
 Cheep様からコメントを戴きましたが、年代的にもおっぱいの形でも、仰せの通り立花郁子嬢に間違いないと思います。 
  52年新年号、『新春湯浴』の3モデル中、右側のモデルがこのかたかもしれません。またこの号には草むらの中で撮影された写真が、黒白とカラーで掲載されていますが、もう一つ関連性が掴めません。
  

118−2) 52年7月『美しき苦悶』の2
奇ク5207表P1

118-2)52年7月美しき苦悶2C118-2)52年7月美しき苦悶2 同じく左側ページの上真ん中の写真です。6×6で撮っていますので、角度を変えてトリミングするのはお手のもの。
 モデルが誰かという話ですが、分からないながら、候補として上がる名前は、中林カオル、立花郁子、あと南泰子と呼ばれる座談会を欠席したモデルさん。でもこれがその人の写真と言えるものがありませんし、活躍年代の差もあり、特定出来ません。
 実は私の所持しておりますこの当時の奇クに、写真ページを切り取った不完全本がいくつかあり、自信が持てないこともあります。それを補うために、くろねこ様のサイトに大変お世話になりました。厚く御礼申し上げます。

118−3) 52年7月『美しき苦悶』の3
118-3)52年7月美しき苦悶3-C118-3)52年7月美しき苦悶3 この写真は、7月号にはないようですが、上と同時に撮影されたものに違いありません。このような写真が8月からアナウンスされる『責め女の写真実費分譲』の第一〜三篇あたりの中心になっていたことは疑う余地のないことでしょう。











118−4) 52年7月『美しき苦悶』の4
118-4)52年7月美しき苦悶4-C118-4)52年7月美しき苦悶4 これも同様です。奇クの51年11月号〜52年4月号まで、別冊の魅惑を含めて7冊調査しましたが、そのなかのヌード写真に、このモデルさんのクルンとしたオッパイが見受けられるように思います。ちなみに12月号では『狙われた犠牲』『縛られた娘たち』と題して緊縛写真っぽいものが載っております。

118−5) 52年7月『美しき苦悶』の5
118-5)52年7月美しき苦悶5-C118-5)52年7月美しき苦悶5 左ページ左下隅の写真です。以上の3枚を7月号で見つけることが出来ました。






118−6) 上記の類似作品
118-7) 52年7月美しき苦悶6-C118-7) 52年7月美しき苦悶6 118−5と同じ場所で多分同時に撮影されたものと愚考します。ただ、立花嬢とおぼしきモデルさんのオッパイが小さく見えることから、Cheep様仰有る54年10月号の「モデル女のまぞひずむ」文中の、51年7月撮影分だったのかも知れません。









118−7) 52年8月号『緊縛美の断片』の1
奇ク5208中折2

118-6)52年8月緊縛美の断片1-C118-6)52年8月緊縛美の断片1 すみません。99ページの1でお見せした写真と同じです。52年8月号の『緊縛美の断片』の左上にありました。このモデルさんの写真は25枚以上持っております。尖った乳房が特徴で、この当時としては珍しく堂々と正面を向いて顔を出していられます。
 154頁にこのモデルさんの写真を掲載しております。









118−8) 52年8月号『縛られたる女』の1
奇ク5208中折1

118-8)52年8月緊縛美の断片2-C118-8)52年8月緊縛美の断片2 同じ見開き右側の中央。ほぼ90度回転した状態で胸から脚が使われています。






118−9) 52年8月号『縛られたる女』の2
118-9)52年8月緊縛美の断片3-C118-9)52年8月緊縛美の断片3 むしろこれが本命? 『縛られたる女』のメイン写真全身像です。SADO特集第2集の71頁に「このモデルは急場の間に合わせで頼んだ」とあります。
 しかし、急場の間に合わせのモデルさんが、こんなに堂々と顔を出されるでしょうか? この特徴的なフローリングと敷物の上という二種の状態で25枚以上の写真を私に残されているところを見ても、この方が中林カオルさんなのではないかと思っていますが、大胆すぎる推論でしょうか? このモデルさんの他の写真のご紹介はページを改めて行いたいと思います。

118−10) 52年9月号『緊縛の美女』の1 川端多奈子
118-10)52年9月緊縛の美女1川端多奈子-C118-10)52年9月緊縛の美女1川端多奈子 Sado特集2集P.72によりますと、この年6月号から8月号までに6人のモデルが登場とのことですが特定はおろか、6人を数えることすら出来ません。
 そしてこの写真、9月号の57頁と61頁が川端多奈子嬢のデビューとされています。川端嬢の写真は、今まで58頁迄の『緊縛美のオンパレード』などでご紹介済みのものを除いても、まだ100枚以上残っておりますが、まずは掲載されたものをご紹介しましょう。 

118−11) 52年9月号『緊縛の美女』の2 川端多奈子
118-11)52年9月緊縛の美女2川端多奈子−C118-11)52年9月緊縛の美女2川端多奈子 これが61頁のものです。両ページとも記事中の凸版印刷で不鮮明なものです。上質紙にグラビヤ印刷で無いところでデビューした川端嬢が、あれだけの数の作品を残すとは、編集者もこの時点で考えていなかったのではないでしょうか?


118−12) 52年10月号P111『腰のエロス』 川端多奈子
118-12 )52年10月P111腰のエロス川端多奈子−C118-12) 52年10月P111腰のエロス川端多奈子 ここから年末までの写真は全て川端多奈子嬢だそうです。正に川端嬢のオンパレードですね。川端嬢はモデルをしつつマゾに開眼しその有様を奇ク誌上に投稿なさいました。それがKK通信など読者欄で評判を生み、一躍人気モデルとなられたようです。











118−13) 52年10月号P112『縛られた女』の1 川端多奈子
118−13) 52年10月P112縛られた女1川端多奈子−C118−13) 52年10月P112縛られた女1川端多奈子 右側ページの一番目立つ全身写真がこれです。
















118−14) 52年10月号P112『縛られた女』の2 川端多奈子
118−14) 52年10月P112縛られた女2川端多奈子−C118−14) 52年10月P112縛られた女2川端多奈子 左下の写真です。








118−15) 52年10月号P112『縛られた女』の3 川端多奈子
118−15) 52年10月P112縛られた女3川端多奈子−C118−15) 52年10月P112縛られた女3川端多奈子 下部中央の写真です。








118−16) 52年10月号P113『縛られた女』の4 川端多奈子
118−16) 52年10月P112縛られた女4川端多奈子−C118−16) 52年10月P112縛られた女4川端多奈子 左側ページ下の写真です。








118−17) 52年10月号表3『緊縛の美』 川端多奈子
奇ク5210表3

118−17) 52年10月表3緊縛の美川端多奈子−C118−17) 52年10月表3緊縛の美川端多奈子

















118−18) 52年11月号表3『緊縛の受難』 川端多奈子
奇ク5211表3

118−18) 52年11月表3緊縛の受難川端多奈子−C118−18) 52年11月表3緊縛の受難川端多奈子

















118−19) 52年12月号表3『縛られた女』 川端多奈子
奇ク5212表3

118−19) 52年12月表3縛られた女川端多奈子−C118−19) 52年12月表3縛られた女川端多奈子 これで奇ク1952年後半期に掲載された実物写真はおしまいです。
 これからしばらくはもう少し新しいものをアップしたいと思っています。
 でも52年に頒布された写真がまだ150枚ほど残っています。その中には、このページの3や4のように、掲載写真と同時に撮影されたものが多数あるようです。このページの写真は52年のいわばオーセンティックですので、次にこの年代に戻ってきたときには、必ずこのページを参照することになろうと思います。



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