このページは深田菊子嬢の前編となります。深田嬢は1970年以降の奇クを代表するモデルさんと思っておりましたが、調べますと、17組のかな組緊縛写真は全て71年の8月に発売されております。同9月と11月に浣腸やフェチ写真が12組とカラー写真が2組。残りはずっと後の74年2月にカラーが6組。以上黒白29組とカラー8組が全てです。意外や意外、撮影はホンの短い時期に何回か行われただけなんですね。
深田嬢は英字組も多く、71年12月のV組から73年2月のSM組まで48枚ありますが、もし、雑誌掲載のための撮影を行ったにしても、72年以降は、大規模な撮影は行われなかったのではないでしょうか?
そんなわけで、良い写真、良い表情が多いのですが、際だった特徴のあるものが無く、組名を特定出来ません。とりあえずこのページでは畳の上で撮影されたもの20数枚を、少しずつですが掲載して参ります。
119−27)に記しました理由により、前後編に分けるのをやめ、深田嬢の手持ち写真全てをここに掲載致します。 考えを改め、深田嬢の単純な緊縛写真はもっと短期間、おそらく2日ぐらいで全て撮影されたものと思います。
119−1) 深田菊子嬢 (ろも)?
略号(ろも)『脚吊り柱強烈縛り』 3枚組 「柱を利用して脚線美の片足を或は両足を吊り上げた羞恥の姿態。」 かと思います。
119−2) 深田菊子嬢 (ろも)?
これも同様です。V組の1『足挙げ羞恥責め』や新K組の80『足挙げ開股責め』なども候補です。
119−3) 深田菊子嬢
何組かはわかりません。硬めの写真が多い中で、なかなかトーン豊かな印画です。
119−4) 深田菊子嬢
縛り方は後で出て参りますNo.24、25と同じなのですが、畳の縁が違います。むしろNo.20に近いのかも・・・。
オイオイそんなこと言ってもこちらは分からない、ッテ声が聞こえてきそうですが、順次アップ致しますのでお楽しみに。
119−5) 深田菊子嬢
(ろは)『開股開陳羞恥責め』でしょうか(ろみ)『開股責めの種々相』でしょうか。あるいは新K組の98『大の字開股責め』あたりでしょうか?
119−6) 深田菊子嬢
(ろひ)『棒責めの開股縛り』「棒の両端に左右の足を括りつけた開股羞恥責めの最高傑作姿態。」が有力候補です。あるいは新K組の89『棒縛り開脚責め』なども候補です。
なお、ろて、ろせ、ろひ、ろへ、ろす、ろは、ろふ、の各略号は、65年12月号の山原清子らの写真と重なっております。
畳の縁はラメ入りに変わっています。
119−7) 深田菊子嬢
119−8) 深田菊子嬢
候補としては119−6と同様です。
119−9) 深田菊子嬢
私の持つ中で、唯一の白猿轡です。(ろも)や新K31『片足挙げ柱縛り』などが候補です。
119−10) 深田菊子嬢
少しピントの悪い写真で、組名は特定出来ません。バックの雑然とした様子は、伊藤晴雨影響下の東京の写真家さんにありそうな感じです。
65年以降の奇クの写真は、縄や三脚やカメラがバックに雑然と写り込んでいるのが多いのですが、グラビアが無くなり、SMカメラハントなどの撮影記事の目的で撮られたためでしょうか?
119−11) 深田菊子嬢
非常に特徴的なポーズの美しい写真です。トリミングで傾きを正してスクエアに焼けば、ウエストンばりの芸術写真になりますのに。
畳の縁は斜め格子です。
119−12) 深田菊子嬢
大胆かつ美しいポーズです。やはり照明のための電線は邪魔です。
(ろは)『開股開陳羞恥責め』でしょうか、あるいはV組の78『裏門を開放する』あたりでしょうか?
造形美的には上の写真と同じ角度から左右対称に撮って欲しかったのですが、美的に良くても警察的に良くないかも。
119−13) 深田菊子嬢
後が鏡になっており、縄は麻と思われます。畳の縁は亀甲柄です。
119−14) 深田菊子嬢
上の写真の前面と思います。(ろみ)(ろは)も考えられますが、新K組54『正面開股菱縄縛り』が最有力です。
119−15) 深田菊子嬢
豆絞りのさるぐつわに合繊の荷造り紐による緊縛です。女体を縛るのに適した紐とは思えません。
V組79に『豆絞りの猿轡縛』があります。
119−16) 深田菊子嬢
同じく横からの写真です。畳の縁は紅葉のように見えます。
119−17) 深田菊子嬢
今度は白の綿ロープらしきもの。股間にもやさしいのでしょうか?
(ろち)や(ろへ)でしょうか? あるいは(ろそ)? 広田三枝子って歌手だったか俳優さんだったか・・・・。そういう人が確かにいましたね、当時。
肝心なことを書き漏らしておりました。この写真は87頁の5に公開致しました、随心院様からの贈り物と同じでございます。二重掲出になりますがご容赦下さい。
119−18) 深田菊子嬢
これが前面。V組20が『菱縄股間縛前面』です。
これも随心院様から頂戴致しました87−6と同じ写真です。改めて随心院様に感謝申し上げます。
119−19) 深田菊子嬢
これは縄じゃなくて、斑の紐で女性に一番優しい素材と、たしかHASSAN様に伺いました。
ポーズとしてはもう少し深く腰掛けるか、右脚を5センチほど前に出して、足を伸ばした方が美しいと思うんですが・・・・。
119−20) 深田菊子嬢
119−21) 深田菊子嬢
白の綿ロープらしきものでの緊縛。緩い縄掛けと見えますが手首から先は変色しています。散らばっているロープは黒なのか赤なのか分かりません。
畳の縁は菊の散らしです。
119−22) 深田菊子嬢
斑紐による緊縛。71年だとアンブレラストロボは使えたはずですが、500ワットフラッド球3発の照明です。無理なポーズで長いシャッターは無理だったと思いますが、上からの照明を近づけて照度を稼いでいます。その分大分硬い画面になりました。
畳の縁はラメ。
随心院様に教えて頂いた資料によりますと、照明器具はストロボ3台だそうです。ただし、アンブレラ型ではございません。この当時反射傘はまだ無かったのかな? 同文中、私も使っておりました、カコのエリート2という名が見え、懐かしく思いました。
119−23) 深田菊子嬢
上と同時撮影と思われます。トレペもかけずに直射すると強いはっきりした影が出てしまいます。
119−24) 深田菊子嬢
麻のロープかと思われますが材質は良く分かりません。麻縄なら(ろし)『肌に喰い込む麻縄』
畳の縁は散らし菊。
119−25) 深田菊子嬢
上と同じです。この写真は珍しくモデルに直接照明を当てずに隣室から背後の光をもらっています。隣室にはベッドがあるようで、そちらで閨の写真が撮れそうです。16〜18の写真では、シャギーの置きカーペットも見え、この部屋がいろいろな写真を撮るのに絶好の条件となっていたことが分かります。最初に考えていたよりも、ずっと少ない回数でこれらの写真が撮影されたのかも知れません。
119−26) 深田菊子嬢
斑紐による股間縛り。畳縁は亀甲紋。
(ろち)『股間縛りにあえぐ』なら解説に合致するのですが。「柔らかき女体を縦に真っ二つに割った妖しくも艶やかな縄一筋。」
119−27) 深田菊子嬢
麻ロープらしきものを使った、サイドからの股間縛り。畳縁はラメです。
ここで一旦深田嬢の写真を打ち切り、カーペットの上での写真はいずれ別のページでと考えておりました。 ところが、今まで27枚の写真で、ベッドやカーペットが覗いており、これらも同じ日の撮影である可能性が大となりました。
そこで、わざわざ分けずに、このまま続きをご紹介します。1ページで40枚近い写真が深田嬢のみで占められることになり、構成は単調。深田ファンでないかたには退屈この上ないページとなりますが、ご容赦下さい。
119−28) 深田菊子嬢
ベッドの上の緊縛。花菱の壁紙がベッドボード。25の写真に見えるベッドだと思います。
新K組の24が『閨での羞恥責め』となっています。
119−29) 深田菊子嬢
なかなか綺麗な階調の写真です。右脚が太く写りすぎているのを除くと私好みです。
119−30) 深田菊子嬢
同上です。
119−31) 深田菊子嬢
ところが一枚めくるとガチガチの硬調印画。この写真は87頁の随心院様からの贈り物の4枚目と同じですが、どんなにスキャンしてもこの程度が精一杯というところです。
ところで、111頁にHASSAN様から頂戴した深田嬢の写真を掲載致しましたが、これと同じものは私は持っておりません。改めてHASSAN様にご提供の御礼を申し上げます。
119−32) 深田菊子嬢
上と同じシリーズでしょう。
合計39枚の予定が、さらに3枚追加され42枚となりました。これからはぼちぼちです。
119−33) 深田菊子嬢
119−34) 深田菊子嬢
菊池嬢の足の裏が、観音様の手のひらのように見えます。
119−35) 深田菊子嬢
119−36) 深田菊子嬢
アップヘアーの深田嬢って珍しい。最初は気づきませんでした。でも種痘痕が。それにヘアも後に撫でつけただけみたい。
119−37) 深田菊子嬢
ここまでのポーズを付けても浣腸器などは見つかりません。111頁もHASSAN様からの写真にはエネマシリンジが写っています。71年9月号のエネマシリーズも、ある部分は普通の緊縛写真と同時に撮影されていたのかも知れません。
それにしても、私の持つ奇ク分譲写真は何と変態性が少なく、ノーマルなものが多い事でしょうか。 ・・・アーア・・・
119−38) 深田菊子嬢
ここからの3枚が、新たに見つかった写真です。階段での撮影以前に掲げておきます。
記事によると、この部屋が名阪国道沿い、京都近郊、宝塚の奥の方などのモーテルだと言うんですが、畳の部屋はみんな豪華ですね。万博後の近畿には高級モーテルが林立したのでしょうか?
119−39) 深田菊子嬢
2週間ばかり40枚もの写真を前に置いて深田嬢とつきあっておりますと、後ろを向こうが何であろうが、「アッ、菊子だ!」と分かるんですね。我ながらたいしたものです。
この感覚はまたすぐに忘れてしまうんですけどね。
119−40) 深田菊子嬢
119−41) 深田菊子嬢
自然光が入るとやわらかな光になります。
119−42) 深田菊子嬢
私の手持ちの最後の写真です。
これ以外に106頁の「お尻コレクション」の26があるのですが、これが111−1) HASSAN様から頂戴したものと全く同じでした。ここにはエネマシリンジ(浣腸ゴム球)が写っております。
その他87頁の随心院様から頂戴した品も併せてご参照下さい。
ところでこの写真。どうってこと無い1枚なのですが、妙に女の匂いがしますね。だらしなく緩んだヒザがそう見せるのでしょうか?
深田嬢は英字組も多く、71年12月のV組から73年2月のSM組まで48枚ありますが、もし、雑誌掲載のための撮影を行ったにしても、72年以降は、大規模な撮影は行われなかったのではないでしょうか?
そんなわけで、良い写真、良い表情が多いのですが、際だった特徴のあるものが無く、組名を特定出来ません。とりあえずこのページでは畳の上で撮影されたもの20数枚を、少しずつですが掲載して参ります。
119−27)に記しました理由により、前後編に分けるのをやめ、深田嬢の手持ち写真全てをここに掲載致します。 考えを改め、深田嬢の単純な緊縛写真はもっと短期間、おそらく2日ぐらいで全て撮影されたものと思います。
119−1) 深田菊子嬢 (ろも)?略号(ろも)『脚吊り柱強烈縛り』 3枚組 「柱を利用して脚線美の片足を或は両足を吊り上げた羞恥の姿態。」 かと思います。
119−2) 深田菊子嬢 (ろも)?これも同様です。V組の1『足挙げ羞恥責め』や新K組の80『足挙げ開股責め』なども候補です。
119−3) 深田菊子嬢何組かはわかりません。硬めの写真が多い中で、なかなかトーン豊かな印画です。
119−4) 深田菊子嬢縛り方は後で出て参りますNo.24、25と同じなのですが、畳の縁が違います。むしろNo.20に近いのかも・・・。
オイオイそんなこと言ってもこちらは分からない、ッテ声が聞こえてきそうですが、順次アップ致しますのでお楽しみに。
119−5) 深田菊子嬢(ろは)『開股開陳羞恥責め』でしょうか(ろみ)『開股責めの種々相』でしょうか。あるいは新K組の98『大の字開股責め』あたりでしょうか?
119−6) 深田菊子嬢(ろひ)『棒責めの開股縛り』「棒の両端に左右の足を括りつけた開股羞恥責めの最高傑作姿態。」が有力候補です。あるいは新K組の89『棒縛り開脚責め』なども候補です。
なお、ろて、ろせ、ろひ、ろへ、ろす、ろは、ろふ、の各略号は、65年12月号の山原清子らの写真と重なっております。
畳の縁はラメ入りに変わっています。
119−7) 深田菊子嬢
119−8) 深田菊子嬢候補としては119−6と同様です。
119−9) 深田菊子嬢私の持つ中で、唯一の白猿轡です。(ろも)や新K31『片足挙げ柱縛り』などが候補です。
119−10) 深田菊子嬢少しピントの悪い写真で、組名は特定出来ません。バックの雑然とした様子は、伊藤晴雨影響下の東京の写真家さんにありそうな感じです。
65年以降の奇クの写真は、縄や三脚やカメラがバックに雑然と写り込んでいるのが多いのですが、グラビアが無くなり、SMカメラハントなどの撮影記事の目的で撮られたためでしょうか?
119−11) 深田菊子嬢非常に特徴的なポーズの美しい写真です。トリミングで傾きを正してスクエアに焼けば、ウエストンばりの芸術写真になりますのに。
畳の縁は斜め格子です。
119−12) 深田菊子嬢大胆かつ美しいポーズです。やはり照明のための電線は邪魔です。
(ろは)『開股開陳羞恥責め』でしょうか、あるいはV組の78『裏門を開放する』あたりでしょうか?
造形美的には上の写真と同じ角度から左右対称に撮って欲しかったのですが、美的に良くても警察的に良くないかも。
119−13) 深田菊子嬢後が鏡になっており、縄は麻と思われます。畳の縁は亀甲柄です。
119−14) 深田菊子嬢上の写真の前面と思います。(ろみ)(ろは)も考えられますが、新K組54『正面開股菱縄縛り』が最有力です。
119−15) 深田菊子嬢豆絞りのさるぐつわに合繊の荷造り紐による緊縛です。女体を縛るのに適した紐とは思えません。
V組79に『豆絞りの猿轡縛』があります。
119−16) 深田菊子嬢同じく横からの写真です。畳の縁は紅葉のように見えます。
119−17) 深田菊子嬢今度は白の綿ロープらしきもの。股間にもやさしいのでしょうか?
(ろち)や(ろへ)でしょうか? あるいは(ろそ)? 広田三枝子って歌手だったか俳優さんだったか・・・・。そういう人が確かにいましたね、当時。
肝心なことを書き漏らしておりました。この写真は87頁の5に公開致しました、随心院様からの贈り物と同じでございます。二重掲出になりますがご容赦下さい。
119−18) 深田菊子嬢これが前面。V組20が『菱縄股間縛前面』です。
これも随心院様から頂戴致しました87−6と同じ写真です。改めて随心院様に感謝申し上げます。
119−19) 深田菊子嬢これは縄じゃなくて、斑の紐で女性に一番優しい素材と、たしかHASSAN様に伺いました。
ポーズとしてはもう少し深く腰掛けるか、右脚を5センチほど前に出して、足を伸ばした方が美しいと思うんですが・・・・。
119−20) 深田菊子嬢
119−21) 深田菊子嬢白の綿ロープらしきものでの緊縛。緩い縄掛けと見えますが手首から先は変色しています。散らばっているロープは黒なのか赤なのか分かりません。
畳の縁は菊の散らしです。
119−22) 深田菊子嬢斑紐による緊縛。71年だとアンブレラストロボは使えたはずですが、500ワットフラッド球3発の照明です。無理なポーズで長いシャッターは無理だったと思いますが、上からの照明を近づけて照度を稼いでいます。その分大分硬い画面になりました。
畳の縁はラメ。
随心院様に教えて頂いた資料によりますと、照明器具はストロボ3台だそうです。ただし、アンブレラ型ではございません。この当時反射傘はまだ無かったのかな? 同文中、私も使っておりました、カコのエリート2という名が見え、懐かしく思いました。
119−23) 深田菊子嬢上と同時撮影と思われます。トレペもかけずに直射すると強いはっきりした影が出てしまいます。
119−24) 深田菊子嬢麻のロープかと思われますが材質は良く分かりません。麻縄なら(ろし)『肌に喰い込む麻縄』
畳の縁は散らし菊。
119−25) 深田菊子嬢上と同じです。この写真は珍しくモデルに直接照明を当てずに隣室から背後の光をもらっています。隣室にはベッドがあるようで、そちらで閨の写真が撮れそうです。16〜18の写真では、シャギーの置きカーペットも見え、この部屋がいろいろな写真を撮るのに絶好の条件となっていたことが分かります。最初に考えていたよりも、ずっと少ない回数でこれらの写真が撮影されたのかも知れません。
119−26) 深田菊子嬢斑紐による股間縛り。畳縁は亀甲紋。
(ろち)『股間縛りにあえぐ』なら解説に合致するのですが。「柔らかき女体を縦に真っ二つに割った妖しくも艶やかな縄一筋。」
119−27) 深田菊子嬢麻ロープらしきものを使った、サイドからの股間縛り。畳縁はラメです。
ここで一旦深田嬢の写真を打ち切り、カーペットの上での写真はいずれ別のページでと考えておりました。 ところが、今まで27枚の写真で、ベッドやカーペットが覗いており、これらも同じ日の撮影である可能性が大となりました。
そこで、わざわざ分けずに、このまま続きをご紹介します。1ページで40枚近い写真が深田嬢のみで占められることになり、構成は単調。深田ファンでないかたには退屈この上ないページとなりますが、ご容赦下さい。
119−28) 深田菊子嬢ベッドの上の緊縛。花菱の壁紙がベッドボード。25の写真に見えるベッドだと思います。
新K組の24が『閨での羞恥責め』となっています。
119−29) 深田菊子嬢なかなか綺麗な階調の写真です。右脚が太く写りすぎているのを除くと私好みです。
119−30) 深田菊子嬢同上です。
119−31) 深田菊子嬢ところが一枚めくるとガチガチの硬調印画。この写真は87頁の随心院様からの贈り物の4枚目と同じですが、どんなにスキャンしてもこの程度が精一杯というところです。
ところで、111頁にHASSAN様から頂戴した深田嬢の写真を掲載致しましたが、これと同じものは私は持っておりません。改めてHASSAN様にご提供の御礼を申し上げます。
119−32) 深田菊子嬢上と同じシリーズでしょう。
合計39枚の予定が、さらに3枚追加され42枚となりました。これからはぼちぼちです。
119−33) 深田菊子嬢
119−34) 深田菊子嬢菊池嬢の足の裏が、観音様の手のひらのように見えます。
119−35) 深田菊子嬢
119−36) 深田菊子嬢アップヘアーの深田嬢って珍しい。最初は気づきませんでした。でも種痘痕が。それにヘアも後に撫でつけただけみたい。
119−37) 深田菊子嬢ここまでのポーズを付けても浣腸器などは見つかりません。111頁もHASSAN様からの写真にはエネマシリンジが写っています。71年9月号のエネマシリーズも、ある部分は普通の緊縛写真と同時に撮影されていたのかも知れません。
それにしても、私の持つ奇ク分譲写真は何と変態性が少なく、ノーマルなものが多い事でしょうか。 ・・・アーア・・・
119−38) 深田菊子嬢ここからの3枚が、新たに見つかった写真です。階段での撮影以前に掲げておきます。
記事によると、この部屋が名阪国道沿い、京都近郊、宝塚の奥の方などのモーテルだと言うんですが、畳の部屋はみんな豪華ですね。万博後の近畿には高級モーテルが林立したのでしょうか?
119−39) 深田菊子嬢2週間ばかり40枚もの写真を前に置いて深田嬢とつきあっておりますと、後ろを向こうが何であろうが、「アッ、菊子だ!」と分かるんですね。我ながらたいしたものです。
この感覚はまたすぐに忘れてしまうんですけどね。
119−40) 深田菊子嬢
119−41) 深田菊子嬢自然光が入るとやわらかな光になります。
119−42) 深田菊子嬢私の手持ちの最後の写真です。
これ以外に106頁の「お尻コレクション」の26があるのですが、これが111−1) HASSAN様から頂戴したものと全く同じでした。ここにはエネマシリンジ(浣腸ゴム球)が写っております。
その他87頁の随心院様から頂戴した品も併せてご参照下さい。
ところでこの写真。どうってこと無い1枚なのですが、妙に女の匂いがしますね。だらしなく緩んだヒザがそう見せるのでしょうか?












































