今まで、カラー写真は76頁に中河恵子嬢のものを掲載致しましたが、ここでは、それ以外のものをお目にかけます。
101−1a) 東浦ひかる?
こうすっぽりと猿轡をされると、モデルは誰か? 余程自信のある決め手がないと断言を憚られます。サイズは大手札相当で、奇クのカラー分譲写真のサイズです。
ぷっくり出たお腹も、それらしい雰囲気、この赤黒ショーツも奇クでよく使われる品です。
101−1b) 東浦ひかる?
この写真、顔の部分が何かおかしいですが、変にいじらずにお目に掛けます。
ここまでで、多くのコメントを戴きましたが、GT5500様のお説を採って、東浦ひかる嬢の可能性大とさせて頂きます。有り難うございました。
東浦嬢ならカラー写真は6組。全て66年5月号で発売されました。解説が不明瞭で何組かは判りませんが、(てめ)の可能性大と視ます。
101−1c) 東浦ひかる?
以上の3枚組です。
もし(てめ)なら題名が『猿ぐつわに呻く』 解説が「ムムムム、と鼻も口も蔽われて呻めきもならぬ猿ぐつわで、縄目の痛さは只、眼の表情のみが訴えている息づまるような真迫場面が美しい色彩でごらんになれます。」
それにしても東浦嬢の分譲写真の多いこと多いこと。61年6月から、最初はぼつぼつですが、63年から急速に数を伸ばし、66年7月まで、かな組67集。それに協演分が約40集。英字組26枚。
大塚啓子嬢の単身で140集は格別ですが、関谷富佐子74集に次ぐ数じゃないかと思います。
101−2a) 東浦ひかる? 木村洋子 (れむ)の1?
次へ進みますが、ではこれも東浦嬢ということになります。組名までは確とは決めかねます。強いて言えば(てん)か(てる)でしょうか?
GT5500様から木村洋子ではないかとのご指摘。同じパンティーというだけの先入観で写真を見ておりました。
67年3月発売の(れむ)3枚組。題名『豆絞りの猿ぐつわ』 解説「豆絞りの猿ぐつわが厳しく口を噛み痩せ型の裸身を汚れたロープがくびるように肌を割ってむごたらしさがカラーであたりに漂う。」 とすると矛盾が少ないように思います。
縛りで、腕の色が変化しています。
101−2b) 東浦ひかる? 木村洋子 (れむ)の2?
もし(てん)なら『ボリウムを縛る』 解説は「肉づきの見事な裸身を一つ一つ刻み込むように縄目がボリウムを縛ってゆく。縄目と縄目の間にふくれあがる肉。肌と縄の抑揚が光と影の色彩で華やかにいろどる。」
101−2c) 東浦ひかる? 木村洋子 (れむ)の3?
もし(てる)なら『縄の苦悶を狙う。』 解説「マゾヒスチンと自ら認ずる流石の東浦ひかるもぐるぐると裸身を力いっぱい締めあげられて長時間放置されたのて苦痛の悲鳴を挙げたところをすかさずキヤッチした。」
以上3枚です。少しヘアスタイルが違うように見えるのですが、乳輪が同じです。お腹はそうぷっくりしていません。
101−3a) 大塚啓子 (うこ)の1?
99ページの27に掲げた写真です。奇クの分譲写真じゃ無いようにも思えます。
印画紙のサイズはE判=手札サイズで東浦嬢のL版=大手札より一回り小さくなっています。
もし大塚嬢とすると、(うこ)4枚組でしょうか?
101−3b) 大塚啓子 (うこ)の2?
66年1月の(うこ)とすると、題名は『真紅の腰巻緊縛』 解説は「真紅な腰巻の乱れた裾から、真白な太股が、胚が、素足がこぼれるエロチックな緊縛シーンが、カラーによって最高度にいかされた美しい責めフォトです。」
101−4a) 苗木陽子 (せう)の1?
これもEサイズで、同じモデルさん8枚です。4枚組が2組と考えられます。
74年3月の苗木陽子の4枚組。(せう)(せあ)(せお)あたりでしょうか?
101−4b) 苗木陽子 (せう)の2?もし、先の想像が当たっていたとしても、どの写真がどの組にあたるのかは判定不可能です。
101−4c) 苗木陽子 (せあ/せお)の1?もし(せう)なら、『悶える白豚の狂態』「回を追う毎に目ざましく昂進してくる畜化願望の白豚のマゾは、もうこれ以上恥をさらけだせないというところまでの狂態を、あらわに露呈してしまうのだった。」
101−4d) 苗木陽子 (せう)の3?もし(せあ)なら、『仰臥豊満剃毛の丘』「肉づきのよい童女の丘も白々とさらけだして仰向けに縛られた、このムクムクと盛りあがった肉塊の見事さは、また何物にも替えがたくマニアの目に迫ってくる。」
101−4e) 苗木陽子 (せあ/せお)の2?もし(せお)なら。『汚辱芋虫コロコロ』「責められれば責められる程どのようにでも乱れるに任せる、この淫らな女体はムチで乱打されてコロコロと芋虫のように縛られた全裸の肢体で這いまわるのだった。」
101−4f) 苗木陽子 (せあ/せお)の3?
101−4g) 苗木陽子 (せあ/せお)の4?
101−4h) 苗木陽子 (せう)の4?壁際にガスの栓が見えます。お座敷で鍋物でも出来るようになっているんですね。74年なら当然その時代ですね。ガスコンセントにはまだちょっと早い時代です。
以上8枚です。
101−5a)
色の修正は慣れなくて、うまくいきません。褪色はまず水色から始まり黄色に及びます。それを全体に補うと、加えた色が全体に回ってしまうのです。
ここから数名のモデルに心当たりが無い訳じゃないのですが、皆様のご意見を聴いてからにします。ずるいのですが、実際一番手間を喰うのがモデルの特定なんです。次が修正、書き込みとアップロード、スキャンと続きます。確信が持てないと筆の切っ先も鈍りますので。
101−6a) (やつ)の1? 矢島靖子
これも同様です。コメントの山が出来そうですね。宜しくお願い致します。
随心院様のコメントで確信を得ました。矢島靖子に間違いないです。
101−6b) (やつ)の2? 矢島靖子
矢島靖子のかな組写真は、カラーだけで黒白は全てP組24枚です。
これは74年5月発売の(やつ)3枚組と思われます。10月の(りか)の可能性も捨て切れません。
101−6c) (やつ)の3? 矢島靖子
題名 『海老責のいたぶり』
解説 「柔軟な肢体なので全裸体を二つ折りに縄掛けしても耐えているのだが、ただ羞恥の部分だけが……」
101−8a) (あみ)の1? 笠井奈保子
これも随心院様から。
笠井奈保子嬢は黒白組、カラー4組のカナ組が出ています。かなり大量に所持しているのですが、解説無しの組が多いので題名だけでは特定に苦労します。
101−8b) (あみ)の2? 笠井奈保子これは72年11月の(あみ)3枚組と思われます。
題名 『猿轡に悶える女体』
解説 「噛まされた豆絞りの猿轡にうめき思わず開股する女体の息づまるような迫真的な色美しきシーン。」
101−8c) (あみ)の3? 笠井奈保子
その他(あむ)の可能性もありますし、本当は1組から3枚ではなく、違う組からバラバラに3枚集まっていたのかも知れませんが、(あみ)と見るのが自然な気がします。
101−9b)
太陽銀行と合併する前の、神戸銀行の小磯良平のカレンダーです。
101−9d)
これは先の3枚とは別のシリーズだと思います。4隅が広くなった、多分カラーテレビが見えます。
101−10a)
これは奇クじゃないと思います。この猿ぐつわは、縛った少女との本番写真を撮影する人がよく使う品です。模様に覚えがあります。
101−11a)
この写真は多分プロの手によるものではないでしょう。ピンぼけが酷すぎます。でも多分付け毛のヘアは美容師さんの手によるものだと思いますよ。
奇クの写真とは思えないし、多分他の雑誌の写真でもないと思います。
101−11g)カラー写真はここまでです。
101−12a) 木村洋子(きも 1/3)
あれっ! カラーのページなのに何で? と思われるでしょうが、101の1と2の赤黒パンティーの件なんです。撮影者の好みだったのか、この赤黒パンティーは別のモデルさんでも使われています。東浦嬢なのか木村嬢なのかのヒントとして、今見つかる限りの赤黒パンティーの写真をお目に掛けます。
2016年10月になって新資料が手に入り、66年12月号でアナウンスされた、木村洋子嬢の(きも)「猿轡股間縛り歩き」3枚組と知れました。
101−12b) 木村洋子(きも 2/3)
まず3枚組です。東浦ひかるではなく、木村洋子のように見えるんですが、違いますでしょうか?
解説は「口に押し込まれたパンテイ、股間縛りの縄目の痛さに喘えぎながら、両膝と額とてよろよろ歩かされる女奴隷が遂に耐えきれずして、どうと横転してしまう有様」
101−12c) 木村洋子(きも 3/3)
なかなか顔を上げてくれませんので難しいですね。
101−12d)これはまた違うモデルさんです。クロッチ部分が前に大きく、陰毛を隠すようになっています。後は浅いんですね。
この当時既に大人のおもちゃ屋さんはありました。SM衣装屋さんもありましたね。
渋谷だったか新宿だったか、街道を東へ坂を上がって左側にSMやゴム衣装を売っていました。1969年頃かな? 新宿末広亭の角曲がったところにもありましたね。上野にも・・・何か名前はみんな忘れちゃいました。
後で気付きましたが、このパンティー、後ろ前に穿かせているのです。当時は毛が見えるか見えないかでエロかどうか判断していたんですね。

















































