昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。なお、P.201 からは奇譚クラブ以外の媒体で販売された写真もご覧いただきます。

女斗美

184)女斗美 小さな組たち(木村洋子・大塚啓子・東浦ひかる)

 令和2年、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 昨年に続き女斗美の「小さな」組をご紹介します。と申しましても、2枚から5枚程度の、奇クの分譲写真として普通の組なのですが・・・・
 このごく普通の分譲写真は、候補となる組が多いため、特定が難しいいという、前頁とは違う困難があります。皆様のお知恵をいただかねばならない部分も多いかと存じますが、ご意見をいただければうれしいです。

2020年5月21日、
184-08a~e) (えわ) 「縛り虐める悦楽境」を追加いたしました。

184-01a,b) (きな) 「鼻責め悦楽」大塚啓子・東浦ひかる
 いきなり最小の組をお目にかけます。1966年2月号でアナウンスされた大手札2枚組で解説は「見事な高手小手に緊縛した東浦ひかるの鼻を思いのままに責める啓子。女の誇りの鼻を痛めつけられても、どうすることも出来ない捕われの裸身のひかるである。」
 2枚組で300円。この当時3枚組は300円であったり400円のものもあります。
184-01a きな01 大塚啓子 東浦ひかるc184-01b きな02 大塚啓子 東浦ひかるc


184-02a,b,c,d?) (きさ) 「猿ぐわのいたぶり」大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる
 同じく1966年2月号で発売された3枚組です。多分a,b,cの3枚と思うのですが、d?がどこかから紛れ込んでしまいました。進めていくうちに判るかもしれないと思い、とりあえずここに置きます。
 解説は「痩せ気味の木村洋子の裸身をぐるぐる縛りあげ思うまま弄んだ二嬢は、洋子の口にぎゆうぎゅう豆絞りの猿ぐつわを力いっぱい噛ませて、その悲鳴を封じる。」

184-02a きさ?01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-02b きさ?02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc

184-02c きさ?03 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-02d きさ?04 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-03a,b) (きう) 「股裂きと逆さ吊」大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる
 同月発売の3枚組なのですが、今のところ2枚しか見つかっていません。解説は「大塚啓子、東浦ひかるの二嬢が後手高手小手に縛りあげた木村洋子を逆さに引きあげ、両足を左右にそれぞれ引っぱって股裂きにしようとする緊迫的シーン。」

184-03a きう01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd184-03b きう02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-04a,b,c) (きお) 「口中の詰物で汚辱」大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる
 79頁の79-1a〜cでご紹介済みの(きお)3枚組です。解説は「裸身の胸に喰い込む縄目もむごたらしく高手小手のまま転がされた木村洋子の上に跨って押えつけ鼻を摘んで開いた口の中へ無理矢理布片を押し込む二嬢。」というものですが、虐められているのは東浦譲ですよね。解説でモデルを取り違えるっていうのは珍しいですね。
 プリントの状態はこちらが軟調。と言えば体裁がいいのですが黒の締まりがなく良くはありません。でも硬調にスキャンして画像処理するとかえってディテールが出やすい面もあります。
184-04a きお01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-04b きお02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc
184-04c きお03 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc


184-05a,b) (きあ) 「女奴隷を弄ぶ」(機紡臘遊嫉辧μ畋射了辧ε豈困劼る
 ここから8枚(きあ)とおぼしき写真を掲載します。でも全く自信ありません。それで、3回に分けてお目にかけます。
 66年2月号でアナウンスされた8枚組。解説は「生来のマゾ女性木村洋子を大塚啓子、東浦ひかるの二人の女性が一緒になってぎりぎりと縛りあげさんざんにいじめ抜く場面を実際のプレーから選びました。」なのですが、いじめられているのは東浦譲なんですがね。
 何か、もっと信頼できる分類のヒントがあればお教えください。
184-05a きあ01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-05b きあ02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-05c,d,e) (きあ) 「女奴隷を弄ぶ」(供紡臘遊嫉辧μ畋射了辧ε豈困劼る
184-05c きあ03 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるe184-05d きあ04 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるe
184-05e きあ05 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるe


184-05f,g,h) (きあ) 「女奴隷を弄ぶ」(掘紡臘遊嫉辧μ畋射了辧ε豈困劼る
184-05f きあ06 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd184-05g きあ07 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd
184-05h きあ08 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-06a,b,c) (えう?) 「鷲づかみの乳房」大塚啓子・東浦ひかる
 本日、今上陛下には即位後初めてのお誕生日を迎えられましたこと、謹んでお慶び申し上げます。
 さて、3枚組でお目にかけますこの組、確信があるわけでございませんが、多分66年5月号で発売された3枚組(えう)ではないかと考えます。解説は「後手に縛りあげられて身動きの出来ないひかるは、その膨大な乳房を縄のため更に大きくして仰臥する。啓子はその乳房を茸づかみにして弄ぶ。悶えるひかる。」
 さるぐつわが79頁の 79-5で2月号発売の(きて? きと?)としてご紹介したものと同じです。とすると79-5の5枚もこれと同時発売の(えわ)の可能性もございます。
 この3枚でこの頁を終えます。
184-06a えう01? 大塚啓子 東浦ひかるc184-06b えう02? 大塚啓子 東浦ひかるc
184-06c えう03? 大塚啓子 東浦ひかるc
 

184-07a~e) (めと) 「女子レスリングメトミ・ポーズ」絹川文代・大塚啓子184-07 めと 大塚啓子 絹川文代001
 前言撤回。もう一組ありました。ただし66頁で一度お見せした1962年5月号初出の5枚組です。解説は「切れ上った短いキヤルマタ一枚だけの二人の裸女が、髪ふり乱して乳房を掴かみ合って若々しい女体が相うつメトミ傅つメトミ・ポーズ。苦痛にゆがむ表情、力のこもった手と足の筋肉、指先、ここに本誌がメトミフアンのために、初めて公開した」
 ウーン「キャルマタ」ねー。ショーツって言葉がまだ無かったんですね、昭和37年には。男物は「猿股」って言ってたんですね。いくら何でもサルマタじゃ色気ないし、パンティーとはちょっと違う。それで語源を探ってキャルマタとしたんでしょうか?
 今回の写真は右のようなハトロン紙の封筒を切った袋に入っていました。販売価格は5枚で400円だったようです。プリントは非常に調子のよい綺麗なものに見えたんですが、スキャンして拡大しますと細かい傷がいっぱいありました。撮影後相当経ってからのプリントで、人気があったものか焼き増しの為の出し入れが激しく、ネガに無数の傷がついたものと思われます。苦労して傷を修整し調子を整え、少しピント出しをしてご覧いただきます。

184-07a めと01 大塚啓子 絹川文代d184-07b めと02 大塚啓子 絹川文代c


184-07c めと03 大塚啓子 絹川文代d184-07d めと04 大塚啓子 絹川文代d

184-07e めと05 大塚啓子 絹川文代d


184-08a~e) (えわ) 「縛り虐める悦楽境」大塚啓子・東浦ひかる
 次頁冒頭の通り、きちんと選んで特定までしておきながら、スキャンするのを忘れておりました。1966年5月号で発売の(えわ)「縛り虐める悦楽境」5枚組600円也です。解説は「二の腕から双肩、胴、後手と厳しく縛りあげられた東浦ひかるは大塚啓子から息もつけぬ猿ぐつわを噛まされ呻めき悶えながら、弄ばれいじめられる数々の場面。」
 「さるぐつわ」を探していたら、以前分類した5枚組が出てきまして。ああ!忘れていた・・・という次第です。

184-08a えわ01 大塚啓子 東浦ひかるc184-08b えわ02 大塚啓子 東浦ひかるd184-08c えわ03 大塚啓子 東浦ひかるd

184-08d えわ04 大塚啓子 東浦ひかるc184-08e えわ05 大塚啓子 東浦ひかるd



183)女斗美掘蔑詭攅源辧山原清子 大塚啓子・東浦ひかる)

 前頁で申しましたように、一組の写真枚数が多い組はマゾや女斗美など複数モデルの分に多いようです。伊藤晴雨師が監修された中には強盗モノもありましたが、奇クには見当たらないようです。私が持っております中に、20枚組ともう一つ12枚組がございました。組としてはそう多くございませんので、組でまとめてあれば特定はさして難しくはありません。実は他に3枚組ぐらいのも多くあるのですが組数が多いので特定しにくいのです。そこでこの頁では女斗美写真2組(32枚)だけご覧いただきます。
 特定しやすいのは良いのですが、同時撮影分が20枚も続きますと、さすがに退屈になって参ります。悪しからず。


183-1a~t) (さや)「屈伏させられるまで」20枚組 鈴木晃子・山原清子
 1965年6月号で発売されました大手札20枚組の(さや)に間違いないと思います。解説は「痛めつける清子のサジスチックな表情と姿態。晃子は清子の意のままになりながらも、その豊かで美しい肢体を惜しげもなく、さらけ出して見事な場面を展開する。」お二人とも実にポッチャリなさっています。
 写真は、焼き色が浅く、黒が締まらない感じで、プリントとしては良くないのですが、その分スキャンしますとプリントの持つ全階調を読み取る事が出来ます。変色もなくきれいに保管されていた写真です。順番は特についていません。ザットこんな感じとタテヨコだけは纏めてみました。

(1a,b,c)
183-01a さや1 鈴木晃子 山原清子c183-01b さや2 鈴木晃子 山原清子c183-01c さや3 鈴木晃子 山原清子c
(1d,e,f)
183-01d さや4 鈴木晃子 山原清子d183-01e さや5 鈴木晃子 山原清子c183-01f さや6 鈴木晃子 山原清子d
(1g,h,i)
183-01g さや7 鈴木晃子 山原清子c183-01h さや8 鈴木晃子 山原清子d183-01i さや9 鈴木晃子 山原清子c
(1j,k,l)
183-01j さや10 鈴木晃子 山原清子c183-01k さや11 鈴木晃子 山原清子c183-01l さや12 鈴木晃子 山原清子c
(1m,n)
183-01m さや13 鈴木晃子 山原清子c183-01n さや14 鈴木晃子 山原清子d
(1o,p)
183-01o さや15 鈴木晃子 山原清子c183-01p さや16 鈴木晃子 山原清子c
(1q,r)
183-01q さや17 鈴木晃子 山原清子d2183-01r さや18 鈴木晃子 山原清子c
(1s,t)
183-01s さや19 鈴木晃子 山原清子c183-01t さや20 鈴木晃子 山原清子c


183-2a~l) (えの)「縛り上げられる女」12枚組 大塚啓子・東浦ひかる
 1966年5月号で発売されました(えの)大手札12枚組です。表題は「縛り上げられる女」解説は「大塚啓子の手によって高手小手に縛り上げられてゆく東浦ひかるの姿態を、十二枚のフォトに連続的に一枚一枚順序を追って克明に演じてもらいました。」

2a~e
183-02a えの01 大塚啓子 東浦ひかるc183-02b えの02 大塚啓子 東浦ひかるc183-02c えの03 大塚啓子 東浦ひかるd

183-02d えの04 大塚啓子 東浦ひかるc183-02e えの05 大塚啓子 東浦ひかるd2


2-f~i
183-02f えの06 大塚啓子 東浦ひかるd2183-02g えの07 大塚啓子 東浦ひかるc

183-02h えの08 大塚啓子 東浦ひかるc183-02i えの09 大塚啓子 東浦ひかるc

2-j~l
183-02j えの10 大塚啓子 東浦ひかるc183-02k えの11 大塚啓子 東浦ひかるd183-02l えの12 大塚啓子 東浦ひかるd

      

136) 65's Photographs miss N.OSAKABE , miss K.YAMAHARA + A.SUZUKI / 136) 刑部典子と山原清子の拾遺集

6506表よきほや このブログ。ずいぶん長く新規記事を書き込んでいませんでした。その間以前のページの更新は頻繁sに強いていたんですが。
 ここ数回、1950年代が続きましたので、たまには新しいものをと思い、刑部典子嬢と山原清子嬢の残りをお目にかけます。
 山原嬢の(さる)の初出宣伝文を左に掲示しますのでご参照ください。










136 刑部典子99-17c136−1) 刑部典子の1 
 刑部嬢は80)ページでふんどし姿を10枚ほどお目にかけました。この写真は99)で皆様のお知恵をいただいたものです。
 刑部嬢は65〜66年に(かな組)7組とK組7枚が発売されました。
 残念ながら、「白ふん、黒ふん」以外に、題名にあまり具体的な内容が書かれていないので組名の特定はできません。










136 刑部典子2c136−2) 刑部典子の2 
 上記はローマ字組、これ以下の3枚はかな組だと思うのですが、解説に猿轡への言及がないので組名はわかりません。











136 刑部典子3c136−3) 刑部典子の3 
 すこし窮屈な画面です。今まではマミヤのC33あたりを使っていたのが、ローライかハッセルにでも替えたのでしょうか。80个離譽鵐困世隼廚い泙后













136 刑部典子4c136−4) 刑部典子の4 














136 もや山原清子c136−5) 山原清子(もや) 
 65年8月号初出の、山原清子の(もや)3枚組の1枚。写真裏に(もや)と書いてあります。題名『乳枷貞操帯着用』、解説「お碗を伏せたような大きな乳房が革製の枷で根元を締められて、むっくりと盛り上り、前には黒光りする貞操帯がぴったりと切り込んだように装着されている。そんなあられもない姿で、正面向いて晒されているが、後手は革紐で括られ背後の柵に繋がれているので逃げだすわけにはいかない。」
 何か乳枷がごちゃごちゃしていますね。








136 さる山原 鈴木01c136−6) 山原清子と鈴木晃子(さる)の1 
 山原嬢と鈴木嬢の女斗美写真は、78)ページに(さあ)と(さや)合計30枚中17枚ばかりをお目にかけました。ここでは(さる)10枚組が全部そろっていますので一挙掲載いたします。
 65年6月号でこの3組40枚が同時発売されました。(さる)は『猿轡をされるまで』と題されており、解説は「強烈に縛りあげられた鈴木晃子の鼻をつまみ口を開けたところへ布片を押し込み、豆絞りの猿ぐつわを無理強いに噛ませてしまうまでの連続組写真である。」となっています。








136 さる山原 鈴木02c136−7) 山原清子と鈴木晃子(さる)の2 















136 さる山原 鈴木03c136−8) 山原清子と鈴木晃子(さる)の3 















136 さる山原 鈴木04c136−9) 山原清子と鈴木晃子(さる)の4 














136 さる山原 鈴木05c136−10) 山原清子と鈴木晃子(さる)の5 















136 さる山原 鈴木06c136−11) 山原清子と鈴木晃子(さる)の6 














136 さる山原 鈴木07c136−12) 山原清子と鈴木晃子(さる)の7 















136 さる山原 鈴木08c136−13) 山原清子と鈴木晃子(さる)の8 














136 さる山原 鈴木09c136−14) 山原清子と鈴木晃子(さる)の9 















136 さる山原 鈴木10c136−15) 山原清子と鈴木晃子(さる)の10 
 以上で(さる)10枚組が終了いたしました。
 さるぐつわをされるまでの連続写真10枚組ですので当たり前かもしれませんが、同じカメラ位置から同じ方向へ同じポーズをさせた写真です。まるでモータードライブの連続写真のようで、果たして全部を掲載する価値があったかどうか? 
 まあ、すべてをお目にかけたことだけが値打ちだったようなような気がします。











79) 女斗美供,お・きさ・きし・えお? 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかる

桜井葉子の浣腸写真が出てきましたので、77頁に追加しました。


きお1?大塚・木村・東浦

79-1a) (きお)?の1
 大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる。
 66年2月、前月の3人相撲に続いて、3枚組で出された3人女斗美と思われます。裏には組名など書いてありませんが、間違いなくこの組だと思います。組名は「口中の詰物で汚辱」です。






きお2?大塚・木村・東浦79-1b) (きお)?の2
 ところが、この組の解説がおかしいのですね。
 『裸身の胸に喰い込む縄目もむごたらしく高手小手のまま転がされた木村洋子の上に跨って押えつけ鼻を摘んで開いた口の中へ無理矢理布片を押し込む二嬢。』となっていますが、マゾ役は明らかに東浦嬢です。
 褌姿ですので、本来は1月発売分と同時に撮影されたのかも知れません。



 


きお3?大塚・木村・東浦79-1c) (きお)?の3
 この組も2揃い持っておりますが、ロットが同じのようで、プリント状態も同様に良くありません。
 35ミリ原板だと思いますが1〜2絞りアンダーでフラットなネガです。ネガ傷とプリント時の埃が多く、小さなホワイトスポットがたくさん出ており、修正しきれませんでした。
 と、思ったのですが・・・後で出てくるように、タテヨコ違いがあるということは、これは35ミリじゃなくて、6×6原板に間違いありません。でも、アンダー露出の感じが、グレーベースのフィルムのように思えるのです。
 昔のブローニーフィルムは、透明ベースにバックコートでした。裏紙があったので出来たことです(120フィルム)。でも、何時の頃かブローニーもグレーベースに変化しました。220が出たりした時代ですね。そのころがちょうどこの当時だったようにも思います。 

 


きさ1?大塚・木村・東浦79-2a) (きさ)?の1
 同じく66年2月発売の(きさ)3枚組からの2枚と思われます。
 モデルも同じく、大塚啓子、木村洋子、東浦ひかる。題名は「猿ぐつわのいたぶり」となっています。




 


きさ2?大塚・木村・東浦79-2b) (きさ)?の2
 これも解説は 『痩せ気味の木村洋子の裸身をぐるぐる縛りあげ思うまま弄んだ二嬢は、洋子の口にぎゆうぎゅう豆絞りの猿ぐつわを力いっぱい噛ませて、その悲鳴を封じる。』 となっていますが、木村嬢は後に居ますよね。東浦嬢も。とするとマゾ役は大塚嬢でしょうか? 何かちょっと違うように思えるんですが・・・・




きし1?大塚・木村・東浦79-3a) (きし)?の1
 同じく(きし)3枚組より。モデルも大塚・木村・東浦三嬢となっています。
 題名は 「抓ねりと擽ぐり」だと思うのですが・・・。
 今気づいたのですが上の(きさ)の3枚目か
も知れません。






きし2?大塚・木村・東浦79-3b) (きし)?の1B
 何と同じ写真のタテヨコ違いでしたか。この縦位置のほうがプリント時期が古いんでしょう。褪色が激しく年代の違いを感じます。
 (きし)とするなら、解説は 『柔らかな脇腹、豊かな乳房、お臍のまわりと、大塚啓子、東浦ひかる二嬢の手と足は、執拗に木村洋子の肌をところ嫌わず襲いかかって狐ねり榛ぐりまくる。』となっていますが、何となく信憑性に乏しく思えます。
 唯一の原典である奇クの宣伝文に間違いがあるとなりますと、特定は益々困難になります。
 謎を解く鍵は木村洋子が誰なのかにありました。木村嬢は他にもモデル馴れしているかたで、スレンダーとありましたが、まともに顔を出している写真がない。G組も、美しき縛めの第11集も顔を出していません。73年9月号のグラビヤでやっとそれらしい写真を見つけましたが、(きさ)?2の後の女性とは全く違っていました。こうなると特定作業は1からやり直しです。ここまでの文章には多くの誤りがあります。決定出来れば訂正しますが、それまではこのまま置いておきます。コメンナサイ!


えお?179-4a) (えお?)の1
 間違っている可能性が高いのですが、一応考えられる略号を付けて発表します。
 (えお)とするならば、65年5月発表の5枚組。
 モデルは大塚啓子と東浦ひかる嬢。
 題名は「手吊り股間縛り責め」
 解説は『両手を高々と鴨居に吊り上げられた東浦ひかるは呻めき声を出してはいけないというので猿ぐつわを噛まされ大塚啓子から毛髪を掴まれ股間縛の縄を弄ばれる。』となっていますが、最初から違うようです。






 


えお?279-4b) (えお?)の2
 モデルが複数だと特定しやすいように思ったのが仇で、根本的に間違っているようです。

 

 

 









 


えお?379-4c) (えお?)の3


 

 

 

 





 






えお?479-4d) (えお?)の4
 シテュエーションは合ってます。両手吊り、股間縛り、噛ませた猿轡、髪つかみ。

 

 

 

 










えお?579-4e) (えお?)の5


 

 

 

 

 










きて?きと?179-5a) (きて?きと?)の1
 これも分からない。
 状況から(きて)か(きと)の様な気はするのですが・・・。いずれも66年2月発表の5枚組。モデルはこれも大塚啓子と東浦ひかる嬢です。







 

 

 

 



きて?きと?279-5b) (きて?きと?)の2
 (きて)とするなら題名は「女奴隷を飼育する」
 解説は『女奴隷東浦ひかるの裸身をくびるように強烈に縄をかけた大塚啓子は、どのように飼育してゆくのか。さまざまな素晴しい傑作縛りフオトにて解説します。』と漠然としています。






 




きて?きと?379-5c) (きて?きと?)の3
 (きと)とするなら題名は「凌辱されるマゾ女」
 解説は『総べての身の自由を奪われた女奴隷東浦ひかるが、きびきびした大塚啓子の手によって、人間性の喪失を宣言され、凌辱のかずかずを強要される幾場面の展開。』と、これもはっきりしません。





きて?きと?479-5d) (きて?きと?)の4
 だいたい、これらの写真は、女対女の一方的な責め写真で、女斗美とは呼べない!というお叱りも受けそうです。
 テレビ画面が角張って、少し近代的になってきました。66年と言えば確かにそのころのような気はします。






 

 


 


きて?きと?579-5e) (きて?きと?)の5
 ということで、悩み多き79頁を閉じさせて頂きます。






78) 女斗美 山原清子 鈴木晃子

 久々の更新です。
 玉田美佐子や木村洋子もアップして、前ページの疑問を解きたいのですが、女斗美や褌ファンもいらっしゃるようです。
 前の持ち主の一人も女斗美ファンだったようで、アルバムに貼った一群の写真裏に組略号が書いてあるのが多いのです。59〜66ページにかなりご紹介したのですが、その時漏れたものがありますので、ここに。

さあ1鈴木・山原

78-01a) (さあ)の1枚目 モデルは山原清子と鈴木晃子です。


 











 


さあ2鈴木・山原78-01b)  (さあ)の2枚目
 初出は65年6月号。表題は「縛り上げられるまで」となっており大手札版10枚組です。手元には7枚が確認されております。
 『抵抗する晃子の両手をうしろへ捻じあげて縄をからませ、きりきりと身動きできなくなるまで縛りあがる過程の動きのあるポーズを連続で組写真としました。』と解説されています。
 この年の2月号を最後にグラビアが無くなり、第二黄金期が終わったわけですが、女斗美写真はこの時期が最高潮だったようで、山原・大塚二嬢を中心に、毎月のように新版が発表されていました。







 


さあ3鈴木・山原78-01c)  (さあ)の3枚目
 カメラは多分35个里茲Δ忙廚い泙后山原嬢はトレードマークの刺青をことさらには出さないようにしているようです。



 






 

 




さあ4鈴木・山原78-01d) (さあ)の4枚目





 






 

 

 



さあ5鈴木・山原78-01e) (さあ)の5枚目

 

 

 






 







さあ6鈴木・山原78-01f) (さあ)の6枚目








 

 

 

 





さあ7鈴木・山原78-01g) (さあ)の7枚目



 

 






 

 





さや01鈴木・山原78-02a) (さや)の1枚目
 同じシリーズで同時発売の(さや)「屈服させられるまで」です。何と20枚組で発売されたのですが、手元にあるのは10枚のみです。
 (さや)「屈服させられるまで」65年6月発表。大手札版20枚組(当時3000円)モデルは山原清子と鈴木晃子です。
 『痛めつける清子のサジスチックな表情と姿態。晃子は清子の意のままになりながらも、その豊かで美しい肢体を惜しげもなく、さらけ出して見事な場面を展開する。』と解説されています。

 









さや02鈴木・山原78-02b) (さや)2枚目









 

 

 

 




さや03鈴木・山原78-02c) (さや)の3枚目








 

 

 






さや04鈴木・山原78-02d) (さや)の4枚目



 






 

 

 





さや05鈴木・山原78-02e) (さや)の5枚目


 






さや06鈴木・山原78-02f) (さや)の6枚目



 





さや07鈴木・山原78-02g) (さや)の7枚目






 

 

 




 




さや08鈴木・山原78-02h) (さや)の8枚目




 




さや09鈴木・山原78-02i) (さや)の9枚目

 







 



 

 

 



さや10鈴木・山原78-02j) (さや)の10枚目
 (さや)は以上です。


 






 

66) 絹川文代・大塚啓子 女子レスリング (めと・から・きき・きこ・きぬ)