昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。なお、P.201 からは奇譚クラブ以外の媒体で販売された写真もご覧いただきます。

絹川文代

198) 春日・坂口嬢のマゾ写真

本年1月1日に書き始めた、196)の続編です。スキャン・修整とも出来ておりますが、まだ分類が十分ではございません。もうしばらくお待ちください。


198-01 a,b,c) 男性マゾ 被縛No.1
 1934年5月号 男性マゾ写真第一集(女に苛められる男)坂口利子 キャビネ3枚組
 解説はありません。「男性マゾ 被縛No.1」と書いた袋に3枚入っていました。
198-01a 被縛1-1 坂口 001d198-01b 被縛1-2 坂口 001d198-01c 被縛1-3 坂口 001d


198-02 a,b,c) 長靴着用の女性から鞭で仕込まれる キャビネ3枚組
 1955年10月号p.168 白表紙になってすぐの分譲目録に記載されています。これの封筒が付いており「長靴着用の女性から鞭で仕込まれる」モデルは坂口利子嬢。これも封筒に題名が記入されていました。

198-02a 長靴鞭1 坂口 001d198-02b 長靴鞭2 坂口 001d198-02c 長靴鞭3 坂口 001d


198-03 a,b,c) 乗馬靴乗馬服の男から責められる男? キャビネ3枚組
 1955年10月号p.168 は6組のキャビネ版のマゾ写真が載っております。発禁処分明けで、それまでに希望者に郵便で送られていたカタログをできるだけ誌面公開したものと思われます。
 この組は男が男を責めるというシチュエーションで、解説が「モデルは新人、隅野芳郎、辻村氏が自ら責め手を買って出た一幕」となっていますので、本当に辻村氏が責めているのかも知れず、この推定は甚だ疑問です。

198-03a マゾ1-1 坂口001d198-03b マゾ1-2 坂口001d198-03c マゾ1-3 坂口001d

198-03 d,e,f)  ということで、類似の3枚をここにあげておきます。この号発表の6組の中に入るものと思っております。
なお、その6組の名称は、「奴隷使役」「女王様の尻の下」「長靴着用の女性から鞭で仕込まれる」「奴隷教育」「乗馬靴乗馬服の男から責められる男」「男性縛り褌美縛体」でございます。略号はまだ付いておりません。

198-03d マゾ1-4 坂口001d

198-03e マゾ1-5 坂口001d198-03f マゾ1-6 坂口001d


198-04 a,b,c,d,e,f,g,h,i,j) 男を虫ケラのように扱う女 キャビネ20枚組より10枚
 1955年11月号で誌上発表された「男を虫ケラのように扱う女」20枚組だと思います。モデルは小沼正三・春日ルミ このころは既に略号は付いているのが普通なのですが、20枚組というのはさすがに珍しかったのか、この組には付けられておりません。春日嬢の着物によって分けて掲載いたします。

198-04a マゾ1-01 春日 001d198-04b マゾ1-02 春日 001d198-04c マゾ1-03 春日 001d

198-04d マゾ1-04 春日 001d198-04e マゾ1-05 春日 001d

198-04f マゾ1-06 春日 001d198-04g マゾ1-07 春日 001d

198-04h マゾ1-08 春日 001d198-04i マゾ1-09 春日 001d

198-04j マゾ1-10 春日 001d

















198-05 k,l,m,n,o) 男を虫ケラのように扱う女 キャビネ20枚組より5枚

198-05a マゾ2-01 春日 001d198-05b マゾ2-02 春日 001d

198-05c マゾ2-03 春日 001d

198-05d マゾ2-04 春日 001d198-05e マゾ2-05 春日 001d


198-06 p,q,r) 男を虫ケラのように扱う女 キャビネ20枚組より3枚

198-06a マゾ3-01 春日 001d198-06b マゾ3-02 春日 001d

198-06c マゾ3-03 春日 001d


198-07 s,t) 男を虫ケラのように扱う女 キャビネ20枚組より2枚

198-07a マゾ4-01 春日 001d198-07b マゾ4-02 春日 001d



198-08 a,b,c,d) 不明
 4枚組ですが女王様がずいぶんお洒落なさっています。モデルは判りにくいのですが絹川文代嬢かと。絹川嬢でしたら最初に分譲されたのが58年12月号です。61年8月号でマゾ写真の女王様役。その時の相方は海野弘三で、この写真は小沼正三を相手にした62年1月号の(ひあ)+(ひめ)各2枚組かと思いますが、よくわかりません。
 もしそうなら
(ひあ)「真白な御み足を口に戴いて、その汗に濡れた芳香を親しく味わせて頂く小沼正三の幸せな姿」
(ひめ)「どっしりとした御尻から、じかに有難くも芳しい臭いをかがせて頂けるとは何んという幸せ。」
 なのですが、ちょっと何とも申し上げられません。ご意見いただければ幸いです。

198-08a マゾ5-01 春日 001d198-08b マゾ5-02 春日 001d

198-08c マゾ5-03 春日 001d198-08d マゾ5-04 春日 001d


198-09 a,b,c,d,e,f,g,h,i,j) 補遺1 春日ルミ嬢 組名不詳

 a,b,c,d の4枚のうち、1枚目はリミングが縦横違っているだけで、196-08a と同じ写真と思われます。後の3枚の組名はよくわかりません。
198-09a 補遺1 春日1 001d198-09b 補遺1 春日1 002d

198-09c 補遺1 春日1 003d198-09d 補遺1 春日1 004d

 次に、e,f の2枚ですが、これも 196-06a や 07 と同じ衣装です。

198-09e 補遺1 春日2 005d198-09f 補遺1 春日2 006d

 さらに、g,h,i の3枚も、196-06c と同じ衣装です。最後の j は絹川嬢じゃないかな? 間違ってたらごめんなさい。

198-09g 補遺1 春日3 007d198-09h 補遺1 春日3 008d198-09i 補遺1 春日3 009d

198-09j 補遺1 春日4 010d


198-10 a,b,c,d) 補遺2 絹川文代嬢 組名不詳
 このサイトの 105-1~9 絹川嬢の障子をバックにしたマゾフォトと同時撮影分ですが、組名を特定できません。

198-10a 補遺2 絹川1 001d198-10b 補遺2 絹川1 002d

198-10d 補遺2 絹川1 004c198-10e 補遺2 絹川1 005c


198-11 a,b,c,d) 補遺3 春日ルミ嬢 組名不詳
 これもよくわかりません。何かヒントが見つかれば付け加えます。
 それでは、男性マゾの写真は一通り終えましたので、この頁はここまでといたします。

198-11a 補遺3 春日?001g198-11b 補遺3 春日?002d198-11c 補遺3 春日?003d








191) 絹川文代嬢

 前頁で予告いたしました通り、絹川文代嬢をお届けいたします。
 絹川嬢お一人で写っている写真は、(かな)組では58年12月号から64年6月号まで、43組ほど発売されています。英字組は59年10月の袖珍Y組からA,B,G,Eぼ各組、63年1月号のZ組まで55枚ですね。
 きっかけは昨年ネットで20枚ばかりの写真を落とした事からでした。このうちの12枚が絹川嬢に間違いないと思うんですが、お顔は若々しく引き締まっているし、撮り方や撮影現場の整理も他のものとはちょっと違うように思うんです。まあ、写真をご紹介しながら、書いて参ろうと思っております。

191-01 a~l) 多分未発表の12枚

01-a,b,c) 
191-01a 絹川文代 ?1 001d191-01b 絹川文代 ?1 001d191-01c 絹川文代 ?1 001d

01-d,e,f)
191-01d 絹川文代 ?1 001d191-01e 絹川文代 ?1 001d191-01f 絹川文代 ?1 001d

01-g,h,i)
191-01g 絹川文代 ?1 001d191-01h 絹川文代 ?1 001d191-01i 絹川文代 ?1 001d

01-j,k,l) 
191-01j 絹川文代 ?1 001d191-01k 絹川文代 ?1 001d191-01l 絹川文代 ?1 001d

[長文につき、解説を後ろに置きます]
 この12枚は他で見たことがありません。絹川嬢はストリッパーをなさっていたのをモデルにスカウトなさったと記事にありましたが、美しい姿態です。

 光源は当時広まりつつあった小型ストロボ、それも多分ブラケット型と思われます。被写体の反対側に派手な影が出てしまい、ベタ光の素人っぽい印象になりますので、記念写真や犯罪報道以外ではあまり使わなかったものです。
 でも、新たに購入したストロボのテスト用に撮影し、そのプルーフとしてブローニー1本全コマ分を焼き付けたとしたら、説明はつきます。塚本氏は元新聞記者とのことで軽便なストロボには興味を示されたと思いますので。白いレースのブラジャーもダイレクトフラッシュによる白トビをチェックするためだったのかも知れません。
 それから、DPEが通常の業者と違っています。当時は自動現像機ではなく手焼きなんですが、これはイーゼルの精度が良いんです。この当時の奇ク分譲写真のイーゼルは直角が出ておらずややイビツになっていますが、この写真は綺麗で、印画紙も通常より少し薄手で僅かに折れがありすが、変色もなく丁寧に現像処理されていました。
 原版は粒状から見て6×6だと思うんですが、01-cでは、わざとカメラを左に倒してストロボを下に、影が多く出るようにして写しており、2眼レフではピント合わせに苦労したと思うんですが実験色の強い作品です。
 いずれにせよ分譲写真としてもグラビアとしても見たことがない写真です。
追伸:臨時増刊 59年6月号の悦・特No.2 のグラビア
「艶肌の拘束」と同11月のSado特No.3「ひとはしら」が、同じ照明、同じ衣装ですね。撮影場所が座敷に代わっているだけです。


191-02 a~c) 袖珍Y組 35,36関連の3枚 (腰巻き姿)
 本ブログ33頁でご紹介した、大名刺判分譲写真の同時撮影分と思われます。
この写真は大手札ですがね。
 絹川嬢の写真解説は美辞麗句はいいのですが明確にわかる言葉「股縄とか高手小手とかエビ責め」のような形容が少なく、決め手に乏しいようです。「全裸」は出るのですが言葉からポーズが想像できるような具体的な表現は差し控えたようです。チャタレー裁判の影響でしょうか? そういえばチャタレー裁判の最高裁判決は57年で、2年経たない頃の出来事だったんですね。ロレンスと伊藤整の文章は文学なのにそれを読んだ判事の心がエロだったと評された事件でしたね。
 59年12月号のグラビア「深紅の腰巻」同時撮影分ですが、同一写真は含まれておりません。この当時の分譲写真は掲載写真とは別のネガからのプリントだったようです。

191-02a 絹川文代 ?2 001d(袖珍Y35,36関連)191-02b 絹川文代 ?2 001d191-02c 絹川文代 ?2 001d


191-03 a~c,d~f) 2階の縁側にて
 この項で昨年入手した不思議なプリント21枚のご紹介を終えます。
 撮影場所は(多分浜寺・羽衣あたりかなと思っているんですが)戦前は別荘として使われていた邸宅の多分2階の濡縁だと思います。その後は料理旅館などに使われたのかも知れませんね。私もこれよりずっと小規模ですが、庭のある邸宅で育ちました。朝鮮戦争の特需景気やらで儲かった分を昔の屋敷の改修に使ったんですね。
 B-21(P.4,92,143で紹介済み)や7頁のG-32と同じ撮影場所と思うんですが、これらは外からガラス戸がはまっています。木の手すりの外側にガラス戸というのは珍しく、台風の時はどうするんだろうと心配になります。
 3枚づつ着衣が違います。21枚全てが全裸ではなく腰を隠しています。絹川嬢はストリップダンサーだったので、初めのうちは生理の時に劇場を休んでモデルをなさっていたのかなとも邪推しています。

03-a,b,c) 58年12月号関連

191-03a 絹川文代 ?3 001d191-03b 絹川文代 ?3 001d

191-03c 絹川文代 ?3 001d

03-d,e,f) 58年11月号関連

191-03d 絹川文代 ?3 001d191-03e 絹川文代 ?3 001d191-03f 絹川文代 ?3 001d

 穿きこみの深さから見て生理帯のように思います。a~c と同時撮影だと思いますので、上の写真ではバスタオルで隠していたのかも知れませんね。逆光補正にストロボを小光量でブラケットから焚いています。d の写真は随分ブレがあります。掲載や分譲は出来ないもののプルーフが残っていたものと、私が想像する所以です。
 ゴメンナサイ! 掲載されていました。58年11月号グラビアの最後のページに、d~fと同時撮影分が「ニューガールの緊縛模様」として発表さていました。そして a~c は12月号ですね。訂正しておきます。


191-04a,b,c) (きぬ)1958年12月号
 これは数年前に入手したもので、略号(きぬ)とわかっております。3枚組で題名は「全裸緊縛集」解説は「輝くばかり純白の美女の柔肌にきびしくも、痛ましく、喰い込んだ縄目の鮮やかさ。」絹川嬢最初の分譲写真で、そのトップを飾ったものです。このブログでも、この項abc順に 91-5c、91-5aと66-5、91-5b に出て参ります。この程度の解説で、なぜ(きぬ)と判明したのかと申しますと、66頁の写真裏にきぬと鉛筆で書いてあったからなんですね。そうでなきゃ分かりませんよ、こんな形容詞じゃ。でもいい写真です。
 一見してライティングが異なることが判ります。フラッド球といっても多分300Wぐらいの球だろうと思います。当時は一般民家の電気容量は小さく、500W球を複数使うとすぐにヒューズが飛んでしまうんですね。300や350Wの方が取り回しが良かったんです。その代わりトレペを使うと暗くなってしまって。仕方がないので思い切り照明を近寄せたりしました。イエ、私は縛った女性を写した事はありませんよ。

191-04a 絹川文代 4 きぬ 001d191-04b 絹川文代 4 きぬ 001d

191-04c 絹川文代 4 きぬ 001d



191-05 a~c,d,e) 
 a は91-07 で(きん)に当てたものです。b,c は92-13a,b と同時撮影分と思われます。d,e も92-03,04でZ組59,65かも知れないと書いたものです。今回改めて調べたものではございません。
 なお、このe の写真は92-04とは別の印画ですが、DPEは同時だと思われます。2枚とも引き延ばし電球の軸が狂って大きな光源ムラが出ております。こんなに調整の悪い伸ばし機をそのままにしておく筈はない。暗室で現像液から停止液につけた段階ですぐにわかるからです。ひょっとすると引き伸ばし球が切れて、一般家庭用の40W電球か何かで急場しのぎをしたのかも知れません。こんなプリントを納品する方もするほう、それを平気で分譲する方もするほうですね。でもネガの仕上がりは上々のようで、3号印画紙だと思いますがいい調子が出ています。

191-05a 絹川文代 きん1 001d

191-05b 絹川文代 2 001d191-05c 絹川文代 3 001d

191-05d 絹川文代 4 001d191-05e 絹川文代 5 001d



 



191-06 a~d) その他写真
 今回お目にかける最後の4枚ですが、バラバラの写真で特にC,Dは絹川嬢ではございません。
 06a は類似の写真が見つかりませんが、何か洋風のお屋敷ですね。白表紙が終わる前後洋風のお屋敷で写したものや逆瀬川での撮影分が含まれたりしています。何か宝塚あたりの洋風のお屋敷の住人とのおつながりが出来たんでしょうか? 宝塚二三夫さんというお名前を見た記憶がありますが。
 お召しになっているショーツはクロッチ幅から言って生理用と思います。そういえば絹川嬢、グラビアでは全裸の写真はめったにないです。ケエサツが怖かっただけでなく、本当に劇場の生理休暇中に撮影した分が多かったのかも知れませんね。
 06b は59年11月号グラビア「たそがれのプレイ」で使われた衣装で、多分その時に撮影されたものでしょう。
 06c は東浦ひかる嬢、06d は四方晴美嬢で、分類のところで紛れ込んだものです。124頁に掲げたものと同じで、組名等は判りません。

191-06a 絹川文代 1 001d191-06b 絹川文代 2 001d

191-06c 絹川文代 3 東浦?001d191-06d 絹川文代 4 四方001d

 以上でこの頁を閉じます。


     

184)女斗美 小さな組たち(木村洋子・大塚啓子・東浦ひかる)

 令和2年、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 昨年に続き女斗美の「小さな」組をご紹介します。と申しましても、2枚から5枚程度の、奇クの分譲写真として普通の組なのですが・・・・
 このごく普通の分譲写真は、候補となる組が多いため、特定が難しいいという、前頁とは違う困難があります。皆様のお知恵をいただかねばならない部分も多いかと存じますが、ご意見をいただければうれしいです。

2020年5月21日、
184-08a~e) (えわ) 「縛り虐める悦楽境」を追加いたしました。

184-01a,b) (きな) 「鼻責め悦楽」大塚啓子・東浦ひかる
 いきなり最小の組をお目にかけます。1966年2月号でアナウンスされた大手札2枚組で解説は「見事な高手小手に緊縛した東浦ひかるの鼻を思いのままに責める啓子。女の誇りの鼻を痛めつけられても、どうすることも出来ない捕われの裸身のひかるである。」
 2枚組で300円。この当時3枚組は300円であったり400円のものもあります。
184-01a きな01 大塚啓子 東浦ひかるc184-01b きな02 大塚啓子 東浦ひかるc


184-02a,b,c,d?) (きさ) 「猿ぐわのいたぶり」大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる
 同じく1966年2月号で発売された3枚組です。多分a,b,cの3枚と思うのですが、d?がどこかから紛れ込んでしまいました。進めていくうちに判るかもしれないと思い、とりあえずここに置きます。
 解説は「痩せ気味の木村洋子の裸身をぐるぐる縛りあげ思うまま弄んだ二嬢は、洋子の口にぎゆうぎゅう豆絞りの猿ぐつわを力いっぱい噛ませて、その悲鳴を封じる。」

184-02a きさ?01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-02b きさ?02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc

184-02c きさ?03 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-02d きさ?04 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-03a,b) (きう) 「股裂きと逆さ吊」大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる
 同月発売の3枚組なのですが、今のところ2枚しか見つかっていません。解説は「大塚啓子、東浦ひかるの二嬢が後手高手小手に縛りあげた木村洋子を逆さに引きあげ、両足を左右にそれぞれ引っぱって股裂きにしようとする緊迫的シーン。」

184-03a きう01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd184-03b きう02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-04a,b,c) (きお) 「口中の詰物で汚辱」大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる
 79頁の79-1a〜cでご紹介済みの(きお)3枚組です。解説は「裸身の胸に喰い込む縄目もむごたらしく高手小手のまま転がされた木村洋子の上に跨って押えつけ鼻を摘んで開いた口の中へ無理矢理布片を押し込む二嬢。」というものですが、虐められているのは東浦譲ですよね。解説でモデルを取り違えるっていうのは珍しいですね。
 プリントの状態はこちらが軟調。と言えば体裁がいいのですが黒の締まりがなく良くはありません。でも硬調にスキャンして画像処理するとかえってディテールが出やすい面もあります。
184-04a きお01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-04b きお02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc
184-04c きお03 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc


184-05a,b) (きあ) 「女奴隷を弄ぶ」(機紡臘遊嫉辧μ畋射了辧ε豈困劼る
 ここから8枚(きあ)とおぼしき写真を掲載します。でも全く自信ありません。それで、3回に分けてお目にかけます。
 66年2月号でアナウンスされた8枚組。解説は「生来のマゾ女性木村洋子を大塚啓子、東浦ひかるの二人の女性が一緒になってぎりぎりと縛りあげさんざんにいじめ抜く場面を実際のプレーから選びました。」なのですが、いじめられているのは東浦譲なんですがね。
 何か、もっと信頼できる分類のヒントがあればお教えください。
184-05a きあ01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-05b きあ02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-05c,d,e) (きあ) 「女奴隷を弄ぶ」(供紡臘遊嫉辧μ畋射了辧ε豈困劼る
184-05c きあ03 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるe184-05d きあ04 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるe
184-05e きあ05 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるe


184-05f,g,h) (きあ) 「女奴隷を弄ぶ」(掘紡臘遊嫉辧μ畋射了辧ε豈困劼る
184-05f きあ06 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd184-05g きあ07 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd
184-05h きあ08 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-06a,b,c) (えう?) 「鷲づかみの乳房」大塚啓子・東浦ひかる
 本日、今上陛下には即位後初めてのお誕生日を迎えられましたこと、謹んでお慶び申し上げます。
 さて、3枚組でお目にかけますこの組、確信があるわけでございませんが、多分66年5月号で発売された3枚組(えう)ではないかと考えます。解説は「後手に縛りあげられて身動きの出来ないひかるは、その膨大な乳房を縄のため更に大きくして仰臥する。啓子はその乳房を茸づかみにして弄ぶ。悶えるひかる。」
 さるぐつわが79頁の 79-5で2月号発売の(きて? きと?)としてご紹介したものと同じです。とすると79-5の5枚もこれと同時発売の(えわ)の可能性もございます。
 この3枚でこの頁を終えます。
184-06a えう01? 大塚啓子 東浦ひかるc184-06b えう02? 大塚啓子 東浦ひかるc
184-06c えう03? 大塚啓子 東浦ひかるc
 

184-07a~e) (めと) 「女子レスリングメトミ・ポーズ」絹川文代・大塚啓子184-07 めと 大塚啓子 絹川文代001
 前言撤回。もう一組ありました。ただし66頁で一度お見せした1962年5月号初出の5枚組です。解説は「切れ上った短いキヤルマタ一枚だけの二人の裸女が、髪ふり乱して乳房を掴かみ合って若々しい女体が相うつメトミ傅つメトミ・ポーズ。苦痛にゆがむ表情、力のこもった手と足の筋肉、指先、ここに本誌がメトミフアンのために、初めて公開した」
 ウーン「キャルマタ」ねー。ショーツって言葉がまだ無かったんですね、昭和37年には。男物は「猿股」って言ってたんですね。いくら何でもサルマタじゃ色気ないし、パンティーとはちょっと違う。それで語源を探ってキャルマタとしたんでしょうか?
 今回の写真は右のようなハトロン紙の封筒を切った袋に入っていました。販売価格は5枚で400円だったようです。プリントは非常に調子のよい綺麗なものに見えたんですが、スキャンして拡大しますと細かい傷がいっぱいありました。撮影後相当経ってからのプリントで、人気があったものか焼き増しの為の出し入れが激しく、ネガに無数の傷がついたものと思われます。苦労して傷を修整し調子を整え、少しピント出しをしてご覧いただきます。

184-07a めと01 大塚啓子 絹川文代d184-07b めと02 大塚啓子 絹川文代c


184-07c めと03 大塚啓子 絹川文代d184-07d めと04 大塚啓子 絹川文代d

184-07e めと05 大塚啓子 絹川文代d


184-08a~e) (えわ) 「縛り虐める悦楽境」大塚啓子・東浦ひかる
 次頁冒頭の通り、きちんと選んで特定までしておきながら、スキャンするのを忘れておりました。1966年5月号で発売の(えわ)「縛り虐める悦楽境」5枚組600円也です。解説は「二の腕から双肩、胴、後手と厳しく縛りあげられた東浦ひかるは大塚啓子から息もつけぬ猿ぐつわを噛まされ呻めき悶えながら、弄ばれいじめられる数々の場面。」
 「さるぐつわ」を探していたら、以前分類した5枚組が出てきまして。ああ!忘れていた・・・という次第です。

184-08a えわ01 大塚啓子 東浦ひかるc184-08b えわ02 大塚啓子 東浦ひかるd184-08c えわ03 大塚啓子 東浦ひかるd

184-08d えわ04 大塚啓子 東浦ひかるc184-08e えわ05 大塚啓子 東浦ひかるd



143) Other Bondage Photographs presented by Mr. H Shirakawa / 143) 白川様のページ 最終

 白川様から頂戴致しました緊縛写真。モデル不明のもの、バラでまとめられないものなどありますので、全てここに掲載致します。また過去にいただきました中にも miscellaneous で未掲載の分があるかも知れません。それらも逐次この頁に載せます。年末に際し白川様に改めてご提供の御礼申し上げます。
 いよいよ大晦日を迎えました。皆様今年はいかがでしたでしょうか? 暗い方ばかり見るのではなく、明るい話題に希望を託したいと思います。 どうぞ皆様良き新年をお迎えください。


143−1,2) 安井喜久子夫人
 左からフラッド球の照明。レフ板は使っているのかいないのか? モデルが誰かよく分かりません。あまり見かけないお顔です。

 ・・・と書きましたが、後輩様から、143−1〜5は全て安井夫人とご教示いただきました。私も異存ございません。94頁に白川様から頂戴したムチ打ちの写真もあります。111頁にはHASSAN様から頂戴したものもあります。私の識別眼は安井喜久子と木村洋子が死角のようです。
 94頁を見れば明らかですが、右腕の種痘痕が安井夫人のものでした。モデルが判明しましたので、お正月の内に頁構成を変更しておきます。
 
  
1212d
5252c

 
 



143−3〜5) 安井喜久子夫人
 随分ローキーの茶色に変色した写真のデータを頂戴しました。モデルさんはよく分からないのですが安井喜久子に似ています。もしそうなら、68年1月号の(おわ) 『逆エビ責めに喘ぐ』 4枚組の3枚ではないかと思います。
 解説は「柔軟な肢体を誇る裸身が両足首を縛った繩と高手小手の縄とを結して締め上げることによって美しい曲線を描いて苦痛に喘ぐ。」 となっております。安井夫人の写真は同年1〜3月に21組発売されています。
18安井喜久子安井18c
48安井48c
47安井47c


143−6) 絹川文代 
33絹川33絹川c


143−7) 長井葉津子 
6長井葉津子6長井葉津子c


143−8) 
1313長井c


143−9,10) 
33c

5151c

143−11,12) 
2323c
4949c

143−13,14) アップコレクションにもありましたが・・・ 
3636c124-11
3838c


143−15,16,17) さて誰だっけ? これで白川様から頂戴した写真はおしまいです。 
44c誰?
1515c誰?
4242c誰?


113) Room of Al-HASSAN - III / 113) HASSAN様の部屋 - III 荒尾慶子、中河恵子、絹川文代

HASSAN様の部屋。第3弾をおとどけします。
 HASSAN様に感謝申し上げると共に、前回から少し間合いが空いてしまいましたことをお詫びします。

kk20・荒尾慶子113-1a) Ms. K.ARAO Aug.1971 /113−1a) 荒尾慶子夫人−1
 荒尾慶子未亡人の、かな組写真は71年8月号で6組発売されました。HASSAN様から頂戴したものは、このうちの(ふい)『強烈菱縄股間縛り』 3枚組ではないかと想像されます。
 解説は「麻縄で厳しく締めつけた菱縄と股間縛りは柔肌を痛めつける。」




kk21・荒尾慶子113-1b) Ms. K.ARAO Aug.1971 /113−1b) 荒尾慶子夫人−2








kk22・荒尾慶子113-1c) Ms. K.ARAO Aug.1971 /113−1c) 荒尾慶子夫人−3








kk23・中河恵子113-2a) Ms. K.NAKAGAWA .1967 113−2a) 中河恵子嬢−1
 妊娠前の中河嬢の組写真は全て67年に発売されましたが、60組以上もありますので、特定は困難です。
 この3枚は竹棒を使った縛りで、これと次は特に図柄が似ておりますが、同じ組との確証はありません。
 竹棒縛りでは(とほ)(とへ)(せて)などが考えられますが、もちろんX組やZ組でもバラ売りされている事を考慮する必要があります。










113-2b) kk24・中河恵子Ms. K.NAKAGAWA .1967 113−2b) 中河恵子嬢−2
 良い表情です。















kk25・中河恵子113-2c) Ms. K.NAKAGAWA .1967 113−2c) 中河恵子嬢−3
















kk30・絹川文代<ぬこ>113-3a) miss F.KINUKAWA Apr.1963 / 113−3a) 絹川文代嬢 (ぬこ)の1
 63年4月号初出の(ぬこ)3枚組。題名『股間縛法悦境裸身』 解説「素晴しい美しさと均整のとれた肢体に厳しく黒繩が喰い込む全裸の股間縛。足の指先に至るまで溢れる色気を漂わせたとっておきの秘蔵品。入手して絶対悔いのない完全無比な緊縛フォトをどうぞ。」











kk31・絹川文代<ぬこ>113-3b) miss F.KINUKAWA Apr.1963 / 113−3b) 絹川文代嬢 (ぬこ)の2
 これ、股間縛りになっていますか? HASSAN様がお知らせ頂かなかったら、(ぬこ)とはとても断定出来ませんでした。











kk32・絹川文代<ぬこ>113-3c) miss F.KINUKAWA Apr.1963 / 113−3c) 絹川文代嬢 (ぬこ)の3












105) マゾフォトでのサディスティン機仝╂酳限紂小沼正三

皆様、新年あけましておめでとうございます。2010年のお正月を寿ぎ、マゾ写真をお届けします。
 何? それじゃちっともめでたくない? そうなんですがね、まあ新年にあたり、新しい分野の写真をアップするのも良いかと思いまして。 サディスティンは、春日嬢や大塚嬢、山原嬢も居るのですが、絹川嬢が一番目出度いかな?と、別に理由はないんですが、何となく思った次第です。
 1月31日。 10枚を追加します。

105−0 MP1の袋 絹川文代・小沼正三105−0) MP1−袋
 これからお届けする大中判9枚の写真が入っていた、ハトロン紙の袋です。横に絹川文代、小沼正三と書き込みがありますが、出版元で書いたのか、前の持ち主が入れたのかは判りません。
 実は私のデータベースには絹川嬢のMフォトで大中判(=大キャビネ=2L判=18×13センチ)というのはありません。しかし、データベースを構築する極初期にマゾフォトを一部除外した記憶があります。これから、昭和35年頃の奇クを調べてみます。








105−1 MP1の1 絹川文代・小沼正三105−1) MP1の1枚目 絹川文代・小沼正三
 大中判ですので240dpi.ですが、取り込み調整の基本をヒストグラムにすることでより自然な階調にスキャン出来ました。













105−2 MP1の2 絹川文代・小沼正三105−2) MP−1の2 絹川文代・小沼正三
 写真の裏には、それぞれ小さな字で1〜9までの番号が記されています。その順に発表します。













105−3 MP1の3 絹川文代・小沼正三105−3) MP−1の3

















105−4 MP1の4 絹川文代・小沼正三105−4) MP−1の4
 私はマゾじゃありませんが、絹川嬢のお股の匂いを嗅げるなら、それもいいかな・・・などと変な気分になる写真です。何となくうらやましい。













105−5 MP1の5 絹川文代・小沼正三105−5) MP−1の5

















105−6 MP1の6 絹川文代・小沼正三105−6) MP−1の6
 ここからは首輪と鎖で、犬の真似みたいです。ちよっとシリーズが違います。















105−7 MP1の7 絹川文代・小沼正三105−7) MP−1の7

















105−8 MP1の8 絹川文代・小沼正三105−8) MP−1の8

















105−9 MP1の9 絹川文代・小沼正三105−9) MP−1の9枚目

















105−10 MPの1 絹川文代・小沼正三 うかうかしている間に1月も終わりになりました。残りをアップ致します。

105−10) マゾフォトの1枚目 絹川文代・小沼正三






105−11 MPの2 絹川文代・小沼正三105−11) マゾフォトの2枚目 絹川文代・小沼正三
 同じく大中判の写真裏に、小さく1〜10の数字が書いてあり、10枚組と思われます。ところが、絹川・小沼コンビの大キャビネ写真はどうしても奇クの宣伝では出てこない。探したのですがね。
 とりあえず、1から順にお目に掛けます。これもなかなか調子の良い綺麗な写真です。











105−12 MPの3 絹川文代・小沼正三105−12) マゾフォトの3枚目 絹川文代・小沼正三








105−13 MPの4 絹川文代・小沼正三105−13) マゾフォトの4枚目 絹川文代・小沼正三








105−14 MPの5 絹川文代・小沼正三105−14) マゾフォトの5枚目 絹川文代・小沼正三








105−15 MPの6 絹川文代・小沼正三105−15) マゾフォトの6枚目 絹川文代・小沼正三
















105−16 MPの7 絹川文代・小沼正三105−16) マゾフォトの7枚目 絹川文代・小沼正三
















105−17 MPの8 絹川文代・小沼正三105−17) マゾフォトの8枚目 絹川文代・小沼正三
















105−18 MPの9 絹川文代・小沼正三105−18) マゾフォトの9枚目 絹川文代・小沼正三
















105−19 MPの10 絹川文代・小沼正三105−19) マゾフォトの10枚目 絹川文代・小沼正三
 以上の10枚です。
 これで、絹川・小沼の大キャビネ版写真はおしまいです。

















92) 絹川文代 ローマ字組・不明分

 絹川嬢の写真は、女斗美や切腹などが多く、単純な緊縛ものは意外に少なかったなという印象です。不明分を含めて40枚ぐらいでしょうか。
 このページでは、英字組と思われるものを中心にご紹介します。

 7月26日、92−13)以降に、絹川文代嬢らしいが特定出来ない写真を12枚、アップしました。これだけでご勘弁下さい。



絹川文代Z37?92−1) Z37?
 63年1月号でアナウンスされたZ組の37に間違いないと思います。
 題名は『首縄、柱しばり』



 

 

 

 




 




絹川文代Z5192−2) Z組の51『全裸逆エビ縛り』
 この写真は2枚持っておりまして。そのうちの1枚には裏書きがありましたので、3頁に掲げておりました。両者を比較頂きますとこの間の私のスキャン技術の進歩が伺われようかと存じます。





絹川文代Z59?92−3) Z組の59?
 表題『全裸の股間縛り』かと思います


 






 

 

 

 






絹川文代Z65?92−4) Z組の65?
 別に決め手はありません。特徴のない写真が出ると、これかな?と思うのです。だって表題が『白肌露出の全裸縛』っていうんです。大抵の写真は当てはまってしまいます。







絹川文代B10?92−5) B組の10?
 B組の10は『無防備双手吊り』、38は『吊られゆく美体』となっています。
 これ以外に有力候補としては62年12月に再掲された(けい)3枚組があります。表題『吊られた美女』これかも知れません。







 

 

 

 




絹川文代B2192−6) B組の21 『美しき尻部の露出』
 これも別に裏書きのある写真を持っており4頁に掲げました。同じものです。

 

 

 





 







絹川文代B38?92−7) B組の38?
 B組の10、あるいは(けい)かも知れません。Bの38は『吊られゆく美体』と名が付いています。







 

 

 

 






絹川文代B50?92−8) B組の50?
 多分間違いなくB50です。表題は『女囚菱繩さらし』


 






 

 

 

 





絹川文代E55?92−9) E組の55?
 E組は63年8月号で発売されました。55は表題『手足猪吊りの美態』とありますので、多分間違いないでしょう。


 






絹川文代E56?92−10) E組の56?
 表題『囚女の美しき緊縛』されており、多分間違いないと思います。




 





絹川文代E89?92−11) E組の89?
 題名『令嬢後手高手小手』にふさわしいかどうか? 良く分かりません。







 

 

 

 

 




絹川文代E99?92−12) E組の99?
 表題は『豆しぼりの猿轡』で、水玉や豆絞りだったら何でも良い。はなはだいい加減なようですが、多分これかなと言う程度です。



 





絹川文代不明分192−13a) 不明分1
 次とペアをなす写真なのですが、かな組にそれらしい題名がありません。ローマ字組となりますと益々分かりません。

 

 





 








絹川文代不明分292−13b) 不明分2



 







 

 

 

 




絹川文代不明分392−14) 不明分3


 

 

 






 








絹川文代不明分492−15) 不明分4
 さすがに舞台人だけあって、デカダンな表情と、清純な表情を使い分けて見せてくれるのですが、推定出来ません。1枚ものの英字組だとは思いますが。







 

 

 






絹川文代不明分592−16) 不明分5
 綺麗ですが、わかりません。











 

 




絹川文代不明分692−17) 不明分6
 こんなに特徴的な写真なのに、目録にそれらしい題名が上がっていません。

 






 

 

 






絹川文代不明分792−18) 不明分7
 (から)と共に、雑誌のグラビヤを飾った写真です。誌面に付けられた題名と、目録の題名とを照合すれば、何らかの推定が出来るかも知れません。読者の皆様は何とお考えになりますか?







絹川文代不明分892−19) 不明分8 Z13?
 多分、Z組の13「足吊り媚態責め」と思います。







 

 

 

 






絹川文代不明分992−20a) 不明分9
 きれいな写真で、次と対をなすのですが、良く分かりません。あまりにも清楚な姿に、最初は別人かと思いました。右の目蓋に黒子が見えるので、そうかなと思いましたが、絹川嬢でない可能性も残しております。

 






 

 





絹川文代不明分10

92−20b) 不明分10









 

 

 

 

 




絹川文代不明分1192−21a) 不明分11 (けへ)?
 次と共に、(けへ)の可能性がありますが確信を持てません。
 (けへ)ですと、59年7月号で白表紙時代です。写真はもっと近代的な感じなのです。一応データを上げますと、略号(けへ)3枚組、題名『のぞき見』、解説「がらりと開けた襖の向うに展開されている光景は、ああ、また何というセクシャルなシィーンだろう。両足を蹴り乱し猿ぐつわの下に呻めく美女一人。(モデル絹川文代)」
 猿ぐつわもしていませんし、多分違います。






 





絹川文代不明分1292−22b) 不明分12
 襖の向こうで両足を蹴り乱してはいるのですが・・・・。








 

 

 





 

91) 絹川文代 あい かい から きき きぬ きん?

 たいへん長らくお待たせ致しました、いよいよ絹川文代にかかります。
 私の手持ち写真はそう多くなく、せいぜい70枚ぐらいでしょうか。ローマ字組の分ではっきりしているモノは、それぞれのページでご紹介しましたし、女斗美モノは以前纏めました。その時バラで裏書きの有るものは、例えば66)ページの後半に掲載致しましたので、今回はそれ以外の単身での写真となります。
 A4でしたら充分に伸びると思いますので、プリントして壁にかけて下さい。それくらい芸術性豊かな美しい写真です。

 7月19日(きぬ、きん?)追加しました。



絹川文代あい191−1a) (あい)の1
 最初は60年2月号「女体責写真厳選集」で初出の(あい)3枚組です。題は『哀花悶々』、「白く輝く女肌をぎりぎりとタテに縛りあげて悶えに悶えぬく哀れにも艶な姿を見せてくれたが……。」と解説されています。ムーディーな題ですが、これでは何の写真やらわかりません。


 

 

 










絹川文代あい291−1b) (あい)の2
 これが62年の12月に、同じ略号で再掲出されており、題名が『鐶利用股間縛』、解説が「豆しぼり猿ぐつわ、朱色ロープ使用、首繩、鐶利用股間縛り両脚大の字開き強烈なしばり。」と具体的に記述されており、これが決め手になりました。
 マニアとしては、股縄がズレているのが気になるのでしょうか?

 

 








 

 



絹川文代あい391−1c) (あい)の3枚目
 丁寧に手焼きされた、実に綺麗な印画です。スポッティングはいたしましたが、階調の調整はほとんど無しでアップしています。

 








絹川文代かい191−2a) (かい)の1
 上と全く同じ60年2月号の(かい)3枚組。
 題名『女体開陳』 解説「美貌の絹川さんがきびしい縄目に足の指をくの字に曲げての喘ぎよう。なんという美しい惨劇だろうか……。」とあります。何となく横溝正史か江戸川乱歩のようで、絵が伝わりません。
 これが、63年2月号では、題名『キの字股間縛』、解説は「白布猿ぐつわ、白色綿ロープ使用、乳房の上下二条、二の腕み二筋、高手小手、強烈股間しばり開股、足の指を屈げ、反らして苦痛に耐える表情もいたいたしい。」と情景描写してくれています。






 


 



絹川文代かい291−2b) (かい)の2
 窓の入った逆光というのはなかなか難しいものですが、見事に当時のフィルムのラチチュード内に納まっています。きれいなプリントです。

 









 

 





絹川文代かい391−2c) (かい)の3枚目

 







 

 

 

 

 

 




絹川文代から191−3a) (から)の1
 同じく60年2月初出。略号(から)3枚組。
 題名『雁字搦目』 解説「首、胸、腹、腰、股とガンジガラメに肌に喰い込めとばかり、無茶苦茶に縄をかけられ、猿ぐつわに呻めく……。」
 66)ページに挙げた写真と全く同じ図柄ですが、別の写真です。あれは1枚のみ(から)と裏書きがあった、かなり黄ばんだ写真でした。これは3枚組み物として持っており、黄ばみ具合はうっすらという感じです。
 大手札というと今のL判と同じ大きさなのですが、丁寧に処理してあります。現像引き伸ばしは名人級です。








 



絹川文代から291−3b) (から)の2
 これが、63年2月号には再度アナウンスされ、題名『亀甲型股間縛』 解説「水玉模様手拭猿ぐつわ、白紺マダラロープ使用、首繩亀甲縛り臍中心菱型、下腹より喰い込む強烈股間しばり。開股して恍惚たる表情はふるいつきたいばかり。」とあります。
 このマダラロープですが拡大してみるとなかなか複雑な編み方模様がなされていることが分かります。柔軟で表面の凸凹が少なく、モデルさんの身体をいたわるかのようです。





 

 


 



絹川文代から391−3c) (から)の3枚目








絹川文代きき191−4a) (きき)の1
 これも66)頁にカラーで掲出しました。その時は(きき)が別に3枚揃っているとは思わなかったのです。
 同じく60年2月号。白表紙時代ですが、題名『危機一発』 解説「後手猿轡の無防備な身体に襲いくる悪魔の手によって手荒に引きはがれようとするパンテイ……。」とあります。






 

 

 


 


絹川文代きき291−4b) (きき)の2


 

 






 

 

 

 





絹川文代きき391−4c) (きき)の3枚目



 

 





絹川文代きぬ191−5a) (きぬ)の1枚目
 追加します。
 66頁に1枚だけアップしました(きぬ)3枚組です。66頁の写真の裏に(きぬ)と書き込みがありましたので、3枚とも間違い無いと思います。不思議なことに、これら3枚はピント階調共に、あまりきれいではありません。58年12月という年代のなせる業でしょうか?




絹川文代きぬ291−5b) (きぬ)の2枚目
 58年12月号初出。表題『全裸緊縛集』、略号(きぬ)、大手札3枚組、解説「輝くばかり純白の美女の柔肌にきびしくも、痛ましく、喰い込んだ縄目の鮮やかさ。」
 絹川文代嬢のデビュー分譲写真です。






絹川文代きぬ391−5c) (きぬ)の3枚目
 





 

 

 

 


 







絹川文代きり?191−6a) (きり?)の1枚?
 確証はありませんが、59年の2月号初出、略号(きり)3枚組の1枚と思われます。表題『緊縛全裸立姿』、解説「後手にきりきりと縛しめられた全裸の立姿は麗しくも神々しく我々の目に輝く。」とあります。何かしら、お隣の国の首領様のような表現ですね。
 表題や解説から中味が見えてこないので、何とでも解釈出来ます。同じ2月号の(きた)『全裸高手小手』かも知れません。
 Z組の65『白肌露出の全裸縛』というのも有力な候補です。






 




きん1?絹川文代91−7a) (きん?)の1枚目?
 これはまた綺麗な印画です。63年3月号初出の(きん)3枚組に比定しました。
 表題『美貌の裸身に縄目』、解説「絹川文代の美貌にきっちりかまされた豆絞りの猿ぐつわ、一糸まとわぬ麗身に黒ずんで手垢に汚れた縄が厳しくまといつき、しなをつくって悶える表情と全身のうねりとを刻明に描写して絹川文代フアンに捧げる。」とあります。



きん2?絹川文代91−7b) (きん?)の2枚目?
 とはいえ、他の可能性もあります。「一糸まとわぬ」が引っかかります。ずれたパンティーがあるじゃないですか。
 63年8月号の(ほの)とも考えました。『浣腸器と女』、「ベッドの真白いシーツの上に後手にきびしく縛り上げられ、口には汚れた豆しぼりの手拭がぴったりと掩れている。下げられたパンテイ、浣腸器がとの捕われの美女のヒップに向って、徐々に執拗な触手で迫ってくる。」 でも、肝心の浣腸器が無い・・・・・・。


絹川文代きん3?91−7c) (きん?)の3枚目?
 デビューから5年。時代も変わり、ヘアカラー(ヘアダイ?)も少しずつ一般的になってきた頃でしょうか?









71) 切腹写真(せる・らは・せへ等)

せる1(大塚・絹川62.12)71-1a) 略号(せる) 「ダブル切腹」の1枚目
 少しケーサツが怖いのを出しましたので、今度は恐くないものをと思っています。そういえば切腹ファンの人からリクエストを戴いていたんです。アップします。これなら恐くないと思います。
 奇クの2大スター、大塚啓子と絹川文代の競艶です。




せる2(大塚・絹川62.12)71-1b) (せる)の2枚目。62年11月号初出です。
 『すでに切腹し果てた啓子は、絶命した褌一本の裸身を長々と晒している。文代はその死骸の上に跨がり、自分も又、彼女のあとを追って、臍の下へ深々と刃を突き立てる。一瞬電撃のように全身に走る疼痛、しかし、健気にも気をとり直し、勇をふるってかっさぱいてゆく文代の雄ヽしい六尺褌一本の男まさりの切腹ポーズ』
 疼痛が電撃のように走るかどうか・・・・。


らは1(大塚・絹川63.4)71-2a) 略号(らは) 「褌裸女血闘場面写真」
 すみません。これは女斗美に分類すべきだったかも知れません。(らは)って言うんで、てっきり切腹だと思いこんだんです。
 所々に大きな汚れが付いていますが、アルバムに重ねて貼られていたからなんです。修正して出来ないことはありませんが、ちょっと大きすぎるし、汚れを取ると膜面を汚しますので、とりあえずそのままにしてあります。



らは2(大塚・絹川63.4)71-2b) (らは)の2枚目 63年4月号初出 
 『黒フンドシをきりりと締めた二人の裸女が、必死になって渡り合い、遂に倒れた一人に対して脇差でもって咽喉元に止めをさす凛々しい姿を血紅を使用して写真化した夢幻的な美しさと惨酷美溢れるフォト。勝誇った美女と血を流して倒れる可憐な乙女との血斗交響楽。』




らは3(大塚・絹川63.4)71-2c) (らは)の3枚目
 大塚嬢、絹川嬢の協演はこの2組(せる2枚組らは5枚組)しかありません。

 






らは4(大塚・絹川63.4)71-2d) (らは)の4枚目




 




らは5(大塚・絹川63.4)71-2e) (らは)の5枚目





 



せへ1(水野弘)71-3a) (せへ)の1枚目
 64年11月号初出。水野弘氏提供とあります。

 







せへ2(水野弘)71-3b) (せへ)の2枚目
 『大きく<首桶>と書いた桶を前にして、いさぎよく死の坐についた美女。この豊満な裸身も幾許もなくして、身首を異にして果てるのである。介錯人の大刀はか細い首に押し当てられ、女は健気にも自らの下腹に刃を押し当てる。ううう、と苦痛にあえいで、前に首をさし伸べるや、白刃は首筋に振り下ろされ、哀れ美女の生首は首桶の中へ………。』
 美女。奥様だと思いますので決して否定致しませんが、豊かな想像力を感じます。

せへ3(水野弘)71-3c) (せへ)の3枚目
 切腹フォトと言うよりは介錯フォトですね。




 

66) 絹川文代・大塚啓子 女子レスリング (めと・から・きき・きこ・きぬ)