昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。なお、P.201 からは奇譚クラブ以外の媒体で販売された写真もご覧いただきます。

大塚啓子

200) 大塚啓子 東浦ひかる のフェチ写真

  エー、皆様本当にご無沙汰でございました。前頁で元日のご挨拶をしてから新たな画像をお目にかけることもなく、もうお盆前でございます。コロナとプーチンに振り回されたこともあるのですが、やはり寄る年波ですね。今回で何とか200頁目です。
 この間に入手いたしました200枚ばかりの奇ク分譲写真がありまして・・・主にローマ字組らしいんですが、中にかな組で結構フェティシュな写真が含まれておりました。これらは目立ちますので特定しやすい。ということでお目にかけます。

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200-01a)K組26 セーラー服縛り(大塚啓子)
199-01  フェチ 大塚 K27 001d 1965年7月号で発売された「ニューモデル悦虐寫眞50集」K組50枚 のうちの1枚です。
 エッ、お前は制服フェチか?ですって? いえ、でも次にお目にかける7枚と同時撮影分に間違いないと思いますので、プロローグとして、とりあえず・・・・











200-01b~d)略号(かは)大塚啓子
199-01  フェチ 大塚 かは01 001d199-01  フェチ 大塚 かは02  002d

199-01  フェチ 大塚 かは03  003d
 1962年10月号で発売された、「ゴムカバー着縛り」略号(かは)3枚組と思われます。解説は「ぬめぬめとしたアメゴムのオシメ・カバーが身の自由にならぬ下半身にはかされてこれから排泄の汚辱にむせばんとするカバー・プレイの三場面。ゴムの臭気が鼻の先に匂ってくる迫力。」とあります。










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200-02a~d)略号(せち)大塚啓子

199-02  フェチ 大塚 せち01 001d199-02  フェチ 大塚 せち02 002d

199-02  フェチ 大塚 せち03 003d199-02  フェチ 大塚 せち04 004d

 1962年11月号でアナウンスされました、略号(せち)「オシメ浣腸責」4枚組と思われます。解説は「ガラス製三〇CC浣腸器、エネマシリンジを用いて浣腸を施したモデル嬢にオシメカバーをつけさせ、後手に縛って自由を奪うと忽ち激しい便意が七転八倒の苦しみとなって全身をさいなむ。その有様を執拗にカメラは狙ってゆく。」とあります。
 「後手」には縛ってないので、さあ、本当に(せち)でしょうか?

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200-03a~c)略号(ゆす)遠藤百合子 「月経帯のまま縛り」
 1963年10月号で発表されました(ゆす)3枚組。解説は「後手の高手小手に縛られて、今は両手の自由のきかない百合子さんは、黒の月経帯をはかされて、蒲団の上にころがされる。起き上ろうとして身体を起せば、思わず両足が開いて、月経帯がすっかり見えてしまう。」
 拡大して見ますと、素材はリブ織り柄のメリヤス地。
奇クに紹介される月経帯は「当時としても非常に珍しくなっていたビクトリヤバンド」といわれていたように、懐古趣味なんです。思春期の男の子が母親を慕いながらも、何か別の人種のように感じたのが月経帯。そのノスタルジアなんですね。
 この前年末にはアンネナプキン(パンネットも)が発売されていました。しかし替えゴム付き生理帯は進化の頂点にあり、ナイロン地で腰にぴったりフィットし、ズレない安定感で大多数の支持を得ていました。当時最新の生理帯と比較すると、アンネナプキン+パンネットは分が悪く、余程新し好みの女性も一気には替えがたかった。まあ少ない日や予防の意味でするならナプキンで済まそうという若い女性は多かったでしょうね。
 ムレるムレないなんて、今のテレビショッピングのサプリメント広告みたいなもので、ムレても安全がいいという女性の方が圧倒的に多かった。少なくとも「多い日」は安心感のある替えゴムタイプに脱脂綿をたっぷり当てる女性が多かったのではないでしょうか。今だって多少ムレてもいいから、ビニールの裏地をつけた、38センチとか40何センチなんて、おむつみたいなナプキンを防水布ショーツに糊で張り付けているじゃないですか。アンネは革命的ではあったけど、発売後こそが普及の正念場だったんでしょう。だからパンネットの発売価格は、カラフルな合繊を使った替えゴム生理帯が300円以上したのに、1/2以下の150円ですものね。
200-03  フェチ 遠藤 ゆす 01 001d200-04  フェチ 遠藤 ゆす 02 002d200-04  フェチ 遠藤 ゆす 03 003d

200-03a~c)東浦ひかる 月経帯着用写真 
200-05 フェチ 東浦 ?? 03 003d03a) 1963年2月号で発売された、略号(おし)3枚組の1枚でしょうか? 組名「パピアバンド(大型替ゴム)」解説は「黒メリヤス製の前開きで、大型特ゴムのついたパピアバンドです。ひだの多いどっしりとした特ゴムを裏返して、着用したままで殊更に自らの手でお見せしようという縛りなしの、いかにもメンスバンドの特徴をもったフォトです。」


200-05 フェチ 東浦 ?? 04 004d03b) これも同時発売の(おい)の一枚かと思います。組名「パリスバンド前開き」解説は「黒メリヤス製前開きのパリスバンドを着用し、前開きをあけて当てゴムをあらわにしているバンド着用のフォト。替ゴムの部分をはっきりと見せるために、その部分を殊更前面につき出させ、自らの手でバンドにふれている諸々のポーズを開陳(縛りなし)」 左右逆焼付です。









03c,d)  (おは)東浦ひかる
 同じく2月号。「パリスバンドの縛り」3枚組のうちの2枚。解説は「替ゴムもあらわなポーズでパリスバンドを着用させられた東浦嬢が、両手を厳しく緊縛されて自由のきかない身を、僅かに両手をばたつかせてもがくさまを表す。」(おは)か(おこ)か迷ったんですが、(おこ)は「縛りなし」ですので、(おは)かな?と。
200-05 フェチ 東浦 おは 02 002d200-05 フェチ 東浦 おは 04 001d

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200-04a,b)はて? 誰でしょう
 記憶にあるのですが、はて、誰でしょう? 大塚嬢のようにも見えます。お肌は東浦譲ぐらいに綺麗です。ツボ柄の襖にも覚えがあります。
200-06  フェチ ?? 01 001d200-06  フェチ ?? 02 002d

 昨年のお盆にマゾフォトを50枚ばかりアップしたのですが、それ以来ですので、トンと勘が効かなくなりまして・・・。


194) Z組百態 33〜64

Z組100枚組 68年10月号で発売された、新Z組「粒選り麗美女体緊縛力作写真」という。どこで区切っていいのかわからない組名(2文字づつ区切ればいい)なんですが、全100枚が全て特定されて揃っているので第1級資料と言えます。192の安井夫人や190のローズ秋山夫人の中にもZ組が混じっていると思われます。今までの私のいい加減な分類が根本的に問われる歴史的大発見とも言えそうですね。
 さて、その100枚ですが、この写真のように黒い画用紙を二つ折りして、四隅に切り込みを入れ、写真を挟んでバインダーに保管されていました。糊を一切使わず、保管状態も良く素晴らしいコレクションと思ったのですが、何が悪かったのか、黒画用紙の色素なのか酸なのか? もやもやしたシミが特に中間・明部に目立つ写真が多くありました。バライタ印画紙の完全な保管方法は、なかなか無いようです。
 なお、この頁からスキャナーが変りました。反ったネガをきちんとスキャンしたいと思って、980を新調したのですが、印画紙からのスキャンは830の方が早くて快適です。フィルムには良いようですがそれにも限度があります。おまけに初期設定を間違えて、jpg圧縮率を少し高めに設定してしまいました。ふつうはゼロ圧縮でスキャンして修整の最後までそのままなんですが、この頁に限り少し圧縮スキャンしたものをゼロ圧縮で処理しています。結果的には同じようなファイルサイズになるのですが、何となく気持ちが悪いです。


194-033) Z033194-033 Z組033ローズ 001d
 「
脚吊りで責める」(ローズ秋山)
 丁度肌色の部分にムラムラが出ています。

194-034 Z組034大塚 001d194-034) Z034
 「片足吊りの狂態」(大塚啓子)




194-035) Z035194-035 Z組035木村 001d
 「猿轡の開股縛り」(木村洋子)


194-036 Z組036ローズ 001d194-036) Z036
 「股間縛の繩掛け」(ローズ秋山)


194-037) Z037194-037 Z組037中河 001d
 「妊婦仰臥猿轡責」(中河恵子)


194-038) Z038194-038 Z組038佐々木 001d
 「二つ重ねの裸女」(佐々木真弓)


194-039) Z039194-039 Z組039長井 001d
 「縛られた洋裁生」(長井葉津子)
 これは前の持ち主がきちんと品番順に整理されていたからZ39とわかったので、そうでなければこの題名からは絶対に特定できません。たしかに長井譲は洋裁学校の生徒だったと記事にありますが、何か特徴的な名前を付けてもらわないと・・・

194-040) Z040194-040 Z組040左近 001d
 「椅子開股羞恥責」(左近麻里子)
 074-17)に隋心院様から頂戴した同じ写真を掲載いたしております。

194-041) Z041194-041 Z組041安井 001d
 「責め抜いた挙句」(安井喜久子)


194-042) Z042194-042 Z組042大塚 001d
 「黒髪をいたぶる」(大塚啓子)


194-043) Z043194-043 Z組043山原 001d
 「全裸の股間縛り」(山原清子)


194-044) Z044194-044 Z組044木村 001d
 「黒総ゴム衣縛り」(木村洋子)


194-045) Z045194-045 Z組045大塚 001d
 「パンティを剥ぐ」(大塚啓子)


194-046) Z046194-046 Z組046一宮 001d
 「緊縛に頬赤らむ」(一宮百合子)
 ピントの悪い写真で、ようようここまで出しました。


194-047) Z047194-047 Z組047中河 001d
 「猿轡の妊婦縛り」(一中河恵子)
 超硬調の写真です。ここまでコントラストが強いとトーンカーブをいじっても効果はわずかです。







194-048) Z048194-048 Z組048長井 001d
 「全裸高手小手縛」(長井葉津子)
 冒頭申しました薄黒いモラモラが多く、肌の部分を相当にボカシました。


194-049) Z049194-049 Z組049ローズ 001d
 「黒髪をいたぶる」(ローズ秋山)
 本日、パラリンピックが閉会式を迎えようとしております。オリンピックすら見なかったスポーツ番組ですが、車椅子マラソンだけは拝見しました。私の住まいの窓下が大阪マラソンのコースになっており、最初に通過するのが車椅子マラソンだったので興味があったのですが、イヤー早いですね1時間半ちょっとですか? 平均時速28キロ近くでしょうか? 車椅子ならではのテクニックや駆け引きもあるようで、皆さん体力と技を磨かれて出場されているんだなーと思いました。やはり感動します。以上、関係のないお話でした。


194-050) Z050194-050 Z組050左近 001d
 「後手の厳重縛り」(左近麻里子)
 後ピンの上伸ばしボケと黒画用紙の影響も加わってとんでもない写真でした。こんな写真は一切手を加えずにそのまま上げた方が良かったのかも知れませんが・・・・

194-051) Z051194-051 Z組051中河 001d
 「麗わしの妊婦縛」(中河恵子)
 ピントは、おなかの縄と盲腸の痕に合っています。トーンカーブで何とか見れる会長にしたつもりです。スキャンで圧縮したのが悪かったかもしれません。

194-052) Z052194-052 Z組052安井 001d
 「作裂する革ムチ」(安井喜久子)
 これはなかなかきれいな印画と思われます。


194-053) Z053194-053 Z組053金原 001d
 「剥がされた布片」(金原奈加子)
 ポーズといい、写りといい、なかなかいい作品です。保管の汚れさえなければ、もっときれいだったと思います。

194-054) Z054194-054 Z組054山原 001d
 「浴槽と荒縄の責」(山原清子)
 山原嬢のむっちりとした肌の感じが出ればと、だいぶん頑張ったつもりです。


194-055) Z055194-055 Z組055ローズ 001d
 「髪吊りの擦り責」(ローズ秋山)
 


194-056) Z056194-056 Z組056左近 001d
 「高手小手の裸女」(左近麻里子)
 



194-057) Z057194-057 Z組057関谷 001d
 「海老縛りに泣く」(関谷富佐子)
 





194-058) Z058194-058 Z組058大塚 001d
 「恐怖の滑車吊り」(大塚啓子)
 



194-059) Z059194-059 Z組059一宮 001d
 「悶える全身縛り」(一宮百合子)
 ここら、もうちょっとわかりやすい題名を付けていただきたいと思います。今回のようにきちんと特定されている写真ならいいのですが、題名当てなら絶対に判りません。
 とは言うものの、ローマ字組だけで1,300枚以上。それにいちいち名付けして特徴を表すって無理ですよね。 



194-060) Z060194-060 Z組060一宮 001d
 「伸びやかな素足」(一宮百合子)
 



194-061) Z061194-061 Z組061左近 001d
 「卓上の人身御供」(左近麻里子)
 



194-062) Z062194-062 Z組062中河 001d
 「皮紐の柔肌責め」(中河恵子)
 ああ、これは皮ひもですか。お腹にやさしい括り方ですね。



194-063) Z063194-063 Z組063金原 001d
 「股間縛を羞らう」(金原奈加子)
 いやー、この写真の修整は大変でした。きれいな肌にモラモラがいっぱい入って、ピントアップはそのままに肌だけをボカしました。後ろの襖の汚れと比較していただきますとお分かりと思います。汚れの原因は間違いなく冒頭の黒画用紙ですね。皆様も印画の保管にはくれぐれもお気を付けください。



194-064) Z06194-064 Z組064木村 001d4
 「宙吊りにもがく」(木村洋子)
 構図も良く、光も面白いんですが、ボケボケの写真です。ピン出ししましたがこの程度です。幸い汚れが目立ちませんのでお目にかけます。 



 以上でこの頁を閉じます。次頁に残り36枚を掲げますが、ざっと見ただけでZ67.68,73なんて、相当汚れがひどく、アーアと暗澹たる気分になります。



184)女斗美 小さな組たち(木村洋子・大塚啓子・東浦ひかる)

 令和2年、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 昨年に続き女斗美の「小さな」組をご紹介します。と申しましても、2枚から5枚程度の、奇クの分譲写真として普通の組なのですが・・・・
 このごく普通の分譲写真は、候補となる組が多いため、特定が難しいいという、前頁とは違う困難があります。皆様のお知恵をいただかねばならない部分も多いかと存じますが、ご意見をいただければうれしいです。

2020年5月21日、
184-08a~e) (えわ) 「縛り虐める悦楽境」を追加いたしました。

184-01a,b) (きな) 「鼻責め悦楽」大塚啓子・東浦ひかる
 いきなり最小の組をお目にかけます。1966年2月号でアナウンスされた大手札2枚組で解説は「見事な高手小手に緊縛した東浦ひかるの鼻を思いのままに責める啓子。女の誇りの鼻を痛めつけられても、どうすることも出来ない捕われの裸身のひかるである。」
 2枚組で300円。この当時3枚組は300円であったり400円のものもあります。
184-01a きな01 大塚啓子 東浦ひかるc184-01b きな02 大塚啓子 東浦ひかるc


184-02a,b,c,d?) (きさ) 「猿ぐわのいたぶり」大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる
 同じく1966年2月号で発売された3枚組です。多分a,b,cの3枚と思うのですが、d?がどこかから紛れ込んでしまいました。進めていくうちに判るかもしれないと思い、とりあえずここに置きます。
 解説は「痩せ気味の木村洋子の裸身をぐるぐる縛りあげ思うまま弄んだ二嬢は、洋子の口にぎゆうぎゅう豆絞りの猿ぐつわを力いっぱい噛ませて、その悲鳴を封じる。」

184-02a きさ?01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-02b きさ?02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc

184-02c きさ?03 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-02d きさ?04 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-03a,b) (きう) 「股裂きと逆さ吊」大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる
 同月発売の3枚組なのですが、今のところ2枚しか見つかっていません。解説は「大塚啓子、東浦ひかるの二嬢が後手高手小手に縛りあげた木村洋子を逆さに引きあげ、両足を左右にそれぞれ引っぱって股裂きにしようとする緊迫的シーン。」

184-03a きう01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd184-03b きう02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-04a,b,c) (きお) 「口中の詰物で汚辱」大塚啓子・木村洋子・東浦ひかる
 79頁の79-1a〜cでご紹介済みの(きお)3枚組です。解説は「裸身の胸に喰い込む縄目もむごたらしく高手小手のまま転がされた木村洋子の上に跨って押えつけ鼻を摘んで開いた口の中へ無理矢理布片を押し込む二嬢。」というものですが、虐められているのは東浦譲ですよね。解説でモデルを取り違えるっていうのは珍しいですね。
 プリントの状態はこちらが軟調。と言えば体裁がいいのですが黒の締まりがなく良くはありません。でも硬調にスキャンして画像処理するとかえってディテールが出やすい面もあります。
184-04a きお01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-04b きお02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc
184-04c きお03 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc


184-05a,b) (きあ) 「女奴隷を弄ぶ」(機紡臘遊嫉辧μ畋射了辧ε豈困劼る
 ここから8枚(きあ)とおぼしき写真を掲載します。でも全く自信ありません。それで、3回に分けてお目にかけます。
 66年2月号でアナウンスされた8枚組。解説は「生来のマゾ女性木村洋子を大塚啓子、東浦ひかるの二人の女性が一緒になってぎりぎりと縛りあげさんざんにいじめ抜く場面を実際のプレーから選びました。」なのですが、いじめられているのは東浦譲なんですがね。
 何か、もっと信頼できる分類のヒントがあればお教えください。
184-05a きあ01 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるc184-05b きあ02 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-05c,d,e) (きあ) 「女奴隷を弄ぶ」(供紡臘遊嫉辧μ畋射了辧ε豈困劼る
184-05c きあ03 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるe184-05d きあ04 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるe
184-05e きあ05 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるe


184-05f,g,h) (きあ) 「女奴隷を弄ぶ」(掘紡臘遊嫉辧μ畋射了辧ε豈困劼る
184-05f きあ06 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd184-05g きあ07 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd
184-05h きあ08 大塚啓子 木村洋子 東浦ひかるd


184-06a,b,c) (えう?) 「鷲づかみの乳房」大塚啓子・東浦ひかる
 本日、今上陛下には即位後初めてのお誕生日を迎えられましたこと、謹んでお慶び申し上げます。
 さて、3枚組でお目にかけますこの組、確信があるわけでございませんが、多分66年5月号で発売された3枚組(えう)ではないかと考えます。解説は「後手に縛りあげられて身動きの出来ないひかるは、その膨大な乳房を縄のため更に大きくして仰臥する。啓子はその乳房を茸づかみにして弄ぶ。悶えるひかる。」
 さるぐつわが79頁の 79-5で2月号発売の(きて? きと?)としてご紹介したものと同じです。とすると79-5の5枚もこれと同時発売の(えわ)の可能性もございます。
 この3枚でこの頁を終えます。
184-06a えう01? 大塚啓子 東浦ひかるc184-06b えう02? 大塚啓子 東浦ひかるc
184-06c えう03? 大塚啓子 東浦ひかるc
 

184-07a~e) (めと) 「女子レスリングメトミ・ポーズ」絹川文代・大塚啓子184-07 めと 大塚啓子 絹川文代001
 前言撤回。もう一組ありました。ただし66頁で一度お見せした1962年5月号初出の5枚組です。解説は「切れ上った短いキヤルマタ一枚だけの二人の裸女が、髪ふり乱して乳房を掴かみ合って若々しい女体が相うつメトミ傅つメトミ・ポーズ。苦痛にゆがむ表情、力のこもった手と足の筋肉、指先、ここに本誌がメトミフアンのために、初めて公開した」
 ウーン「キャルマタ」ねー。ショーツって言葉がまだ無かったんですね、昭和37年には。男物は「猿股」って言ってたんですね。いくら何でもサルマタじゃ色気ないし、パンティーとはちょっと違う。それで語源を探ってキャルマタとしたんでしょうか?
 今回の写真は右のようなハトロン紙の封筒を切った袋に入っていました。販売価格は5枚で400円だったようです。プリントは非常に調子のよい綺麗なものに見えたんですが、スキャンして拡大しますと細かい傷がいっぱいありました。撮影後相当経ってからのプリントで、人気があったものか焼き増しの為の出し入れが激しく、ネガに無数の傷がついたものと思われます。苦労して傷を修整し調子を整え、少しピント出しをしてご覧いただきます。

184-07a めと01 大塚啓子 絹川文代d184-07b めと02 大塚啓子 絹川文代c


184-07c めと03 大塚啓子 絹川文代d184-07d めと04 大塚啓子 絹川文代d

184-07e めと05 大塚啓子 絹川文代d


184-08a~e) (えわ) 「縛り虐める悦楽境」大塚啓子・東浦ひかる
 次頁冒頭の通り、きちんと選んで特定までしておきながら、スキャンするのを忘れておりました。1966年5月号で発売の(えわ)「縛り虐める悦楽境」5枚組600円也です。解説は「二の腕から双肩、胴、後手と厳しく縛りあげられた東浦ひかるは大塚啓子から息もつけぬ猿ぐつわを噛まされ呻めき悶えながら、弄ばれいじめられる数々の場面。」
 「さるぐつわ」を探していたら、以前分類した5枚組が出てきまして。ああ!忘れていた・・・という次第です。

184-08a えわ01 大塚啓子 東浦ひかるc184-08b えわ02 大塚啓子 東浦ひかるd184-08c えわ03 大塚啓子 東浦ひかるd

184-08d えわ04 大塚啓子 東浦ひかるc184-08e えわ05 大塚啓子 東浦ひかるd



183)女斗美掘蔑詭攅源辧山原清子 大塚啓子・東浦ひかる)

 前頁で申しましたように、一組の写真枚数が多い組はマゾや女斗美など複数モデルの分に多いようです。伊藤晴雨師が監修された中には強盗モノもありましたが、奇クには見当たらないようです。私が持っております中に、20枚組ともう一つ12枚組がございました。組としてはそう多くございませんので、組でまとめてあれば特定はさして難しくはありません。実は他に3枚組ぐらいのも多くあるのですが組数が多いので特定しにくいのです。そこでこの頁では女斗美写真2組(32枚)だけご覧いただきます。
 特定しやすいのは良いのですが、同時撮影分が20枚も続きますと、さすがに退屈になって参ります。悪しからず。


183-1a~t) (さや)「屈伏させられるまで」20枚組 鈴木晃子・山原清子
 1965年6月号で発売されました大手札20枚組の(さや)に間違いないと思います。解説は「痛めつける清子のサジスチックな表情と姿態。晃子は清子の意のままになりながらも、その豊かで美しい肢体を惜しげもなく、さらけ出して見事な場面を展開する。」お二人とも実にポッチャリなさっています。
 写真は、焼き色が浅く、黒が締まらない感じで、プリントとしては良くないのですが、その分スキャンしますとプリントの持つ全階調を読み取る事が出来ます。変色もなくきれいに保管されていた写真です。順番は特についていません。ザットこんな感じとタテヨコだけは纏めてみました。

(1a,b,c)
183-01a さや1 鈴木晃子 山原清子c183-01b さや2 鈴木晃子 山原清子c183-01c さや3 鈴木晃子 山原清子c
(1d,e,f)
183-01d さや4 鈴木晃子 山原清子d183-01e さや5 鈴木晃子 山原清子c183-01f さや6 鈴木晃子 山原清子d
(1g,h,i)
183-01g さや7 鈴木晃子 山原清子c183-01h さや8 鈴木晃子 山原清子d183-01i さや9 鈴木晃子 山原清子c
(1j,k,l)
183-01j さや10 鈴木晃子 山原清子c183-01k さや11 鈴木晃子 山原清子c183-01l さや12 鈴木晃子 山原清子c
(1m,n)
183-01m さや13 鈴木晃子 山原清子c183-01n さや14 鈴木晃子 山原清子d
(1o,p)
183-01o さや15 鈴木晃子 山原清子c183-01p さや16 鈴木晃子 山原清子c
(1q,r)
183-01q さや17 鈴木晃子 山原清子d2183-01r さや18 鈴木晃子 山原清子c
(1s,t)
183-01s さや19 鈴木晃子 山原清子c183-01t さや20 鈴木晃子 山原清子c


183-2a~l) (えの)「縛り上げられる女」12枚組 大塚啓子・東浦ひかる
 1966年5月号で発売されました(えの)大手札12枚組です。表題は「縛り上げられる女」解説は「大塚啓子の手によって高手小手に縛り上げられてゆく東浦ひかるの姿態を、十二枚のフォトに連続的に一枚一枚順序を追って克明に演じてもらいました。」

2a~e
183-02a えの01 大塚啓子 東浦ひかるc183-02b えの02 大塚啓子 東浦ひかるc183-02c えの03 大塚啓子 東浦ひかるd

183-02d えの04 大塚啓子 東浦ひかるc183-02e えの05 大塚啓子 東浦ひかるd2


2-f~i
183-02f えの06 大塚啓子 東浦ひかるd2183-02g えの07 大塚啓子 東浦ひかるc

183-02h えの08 大塚啓子 東浦ひかるc183-02i えの09 大塚啓子 東浦ひかるc

2-j~l
183-02j えの10 大塚啓子 東浦ひかるc183-02k えの11 大塚啓子 東浦ひかるd183-02l えの12 大塚啓子 東浦ひかるd

      

182) 褌供憤川悦子・ 田中芳代 桜井葉子 大塚啓子 関谷冨佐子 東浦ひかる)

 黒白写真に戻りまして、関谷夫人と思っておりましたが、中にふんどし姿の写真があり、1頁を構成するに足る枚数でしたので、それを集めてみました。なお褌写真の特集?は11年前に80頁でしており、今回は2回目になります。
 35丱優カラーを修整し、6×6のB&Wに戻りますと、その画像の美しさにほっとします。まあ、これらの保存状態が特別に良いこともあるのですが、当時のフィルムや機材の完成度が、白黒とカラーでは段違いなんですね。ここではピン出しやノイズ消しはほとんど不要でした。

182-01a~l) (らし)「裸女争闘場面」愛川悦子・田中芳代
 本来は次の女斗美写真に掲載する予定の写真でしたが枚数の関係でここに入れます。合計12枚組という大量の組。枚数が多いのは40枚組の「裸女レスリング」など女斗美とM写真関係の組ですね。
 1962年11月号で発売されました。解説は「褌一本の若々しい張りのあるピチピチとした身体の裸女が互いに相手を押え込もうとして根かぎりの力を尽して争う場面。胴絞め、ヘッドロック、腕とり、押え込みなどの手を使って、やがては自分の尻の下に相手の顔面を敷いてしまおうとする。結局は一回宛、誇り高き自分の顔を相手の巨大な臀部の下に押しひしがれて、息もたえだえになるという争斗の各シーンを連続三十数枚撮影の中から、十二枚を選び出した。 メトミファン、女斗ファン並に女性のサドマゾに興味をお持ちの方、女相撲ファンなど、どうぞ。」とこれまた長い。12枚あると掲載順序など、もう少し考えると良かったのですが・・・。
01a                          01b
182-01a らし01 愛川・田中c182-01b らし02 愛川・田中c
01c                          01d
182-01c らし03 愛川・田中c182-01d らし04 愛川・田中c
01e                          01f
182-01e らし05 愛川・田中c182-01f らし06 愛川・田中c
01g                          01h
182-01g らし07 愛川・田中c182-01h らし08 愛川・田中c

01i                          01j
182-01i らし09 愛川・田中c182-01j らし10 愛川・田中c
01k                          01l
182-01k らし11 愛川・田中c182-01l らし12 愛川・田中c


182-02a,b,c) (ふし)「褌美と褌縛り」桜井葉子
 昭和20年代後半に一世を風靡したストリッパー「おっぱい小僧」のお妹様という触れ込みで、1960年8月号で分譲デビューなさいました桜井葉子嬢。その最初の作品がこれです。
 大手札3枚組で、解説は「豊満な全裸の若き女性が六尺褌をあられもなく着している正面と背面の写真に褌を着けながら縛られている写真を配して一組としたもので特に褌美マニヤの要望に応えた提供品−−。」 なお、桜井嬢のグラビア掲載は60年6月号。色表紙復活第一号でした。

182-02a ふし1 桜井葉子c182-02c ふし2 桜井葉子001182-02c ふし3 桜井葉子c

 さて「おっぱい小僧」さんは、1950年デビューされた川口初子さん。というのが定説ですが、浅草の犬丸弓子という方もおられたようで、カタカナのオッパイなのか、日劇ミュージックホールなのかフランス座だったのか、にわか勉強ではよくわかりません。時代は3Sからエロ・グロ・ナンセンスへ・・・奇譚クラブもA5サイズになって変態誌に大きく舵を切った時代でした。
 ちょうどこのころ伊藤整訳の「チャタレイ夫人の恋人(D.H.ロレンス)」裁判が、憲法21条の解釈をめぐって争われました。伊藤もロレンスも日本語・英語ということばの美を追い続けた第一人者であっただけに判決が注目されました。
 最近「表現の自由」が、再度注目されているようですが、憲法という国と民の約束を、民と民の関係に野放図に適用するのが正しいのか、という点に疑問を感じます。
 私自身40年近く前、初めて外国で講演しましたが、その下打ち合わせで現地の通訳さんから忠告を受けたことがあります。その表現では聞く人が不快に思うと。誤解を招きそうな表現を改めて無事話を終えましたが、その時私は「表現とは不自由なモノ」と心に刻みました。良い勉強をさせていただきました。
 人としての優しさと良識があれば、自制心が働いて民・民間の表現は不自由になるし、それでいいんだと私は思います。相手がどんな気持ちになるかを忖度し、身の丈に合った表現を心がける事は、とても大切なことだと思います。特に近隣の国々とは得てして難しい交渉事を抱えることが多いものですが、そんなときに民衆同士は互いに相手を尊重し、親切に心を通わせ、互いに良き友人をたくさん得たいものだと思います。その方が国も交渉がしやすい。安物のマスコミやSNSに踊らされてヘイトスピーチをしたり、来日された外国の一般旅行者を毛嫌いする人達こそ、国やその交渉担当者を困らせているんじゃないでしょうか。
 良識ある人は女性を縛るときにも、こころやさしく縛るんじゃないかと、私は思います。


182-03a~e) (ろく)「女性の六尺褌」大塚啓子
 前項、だらだらと下らないことを書きまして申し訳ございません。62年7月号でアナウンスされた縛りなしのモデルさんにやさしい5枚組です。
 解説は「女性の六尺褌姿を愛する方は、そう沢山いないと思いますが、その限られた人たちの要望に応えて、ここに全裸に晒の六尺一本という若い女性のポーズ五態を作成しました。正面、背面、横臥、側面、とフンドシ着用の女体を各角度から狙いをつけて、あたかも眼前に手にとるように見て頂けるように構成しました。」
 このプリント、調子はいいのですが、少し伸ばしボケがあるようです。特に03b,cあたりは撮影時に後ピンであったこともあり、デジタルでピン出ししても効果が出ません。

182-03a ろく1 大塚啓子d182-03b ろく2 大塚啓子c182-03c ろく3 大塚啓子d

182-03d ろく4 大塚啓子d182-03e ろく5 大塚啓子c




182-04a~d) (くろ)「六尺褌の女性像」関谷冨佐子
 63年1月号初出の4枚組。解説は「恥しさに顔を赤らめた関谷夫人が、そのボリウムのある堂々たる体格の裸身に、白晒の六尺褌をきりりと締めて、前後左右から、その見事な姿態を十二分に見て頂くため、皎々たる電光下に立つ。(縛りなし)」

182-04a くろ1 関谷冨佐子d182-04b くろ2 関谷冨佐子d

182-04c くろ3 関谷冨佐子d182-04d くろ4 関谷冨佐子d

 この写真も女性ポートレートとして柔らかなコントラストで美しい調子が出ています。ピントは前項の(ろく)よりもきれいで、ほとんど無修整でアップできる状態でした。
 この一連の写真は発売よりかなり後にまとめて注文されたもののように思います。04b,cなどの関谷夫人はギリシャ彫刻のようにお美しいです。
 膝をついたポーズは足が短く見えますので避けるべきなのですが、多分撮影の引きが取れなかったんでしょう。この当時マミヤC3の標準レンズは105mm。広角が65mmと長い側に偏っていたのです。私が使っていたC33の頃は80mmと55mmになっていましたから、少しはマシだったと思います。


182-05a~c) (ろは)「六尺褌縛」東浦ひかる
 この頁最後の組です。1963年2月号で発売の3枚組。解説は「六尺褌を前の垂れもなくしてぎゅっと締めつけ、恥しさにともすれば両手を前にやろうとするのを制して、両手首を背後で括りつけて、殊更大きなお復をつき出させるようにしたフンドシのしばりフォト。」
 大きなお腹は余計だと思うんですが、可哀そうに。若干ネガの汚れがあり、ブラックスポットを消しました。

182-05a ろは1 東浦ひかるc182-05b ろは2 東浦ひかるc182-05c ろは3 東浦ひかるc

 これでこの頁は終了します。次は女斗美でいこうかなと思っています。



180) 1965年ごろのカラー写真供並臘遊嫉辧μ畋射了辧

 大塚啓子嬢単独でのカラープリントは、1966年の1月と5月に合計8組が発売されています。最初のご登場が58年3月号ですので、8年経過しています。その間、大塚嬢は大きな変貌を遂げられました。ボブカットになさって、見まがうばかりに美しくなられたのです。私はてっきり別人と思っておりました。
 そんな美人の大塚嬢と、時代が重なりながらも少し後輩で、あまり変化なく続けられた木村洋子さんのカラー写真をご覧いただきます。

180-01 a〜d) (うこ)「真紅の腰巻緊縛」大塚啓子
 101頁の3項でご覧いただいたものと同じですが、プリントの保存状態はずっと良いものです。
66年1月号発売の4枚組で、解説は「真紅な腰巻の乱れた裾から、真白な太股が、胚が、素足がこぼれるエロチックな緊縛シーンが、カラーによって最高度にいかされた美しい責めフォトです。」

180-01a うこ1 大塚啓子c180-01b うこ2 大塚啓子d

180-01c うこ3 大塚啓子d180-01d うこ4 大塚啓子d


180-02 a〜d) (てか)「後手裸身柱縛り」大塚啓子
 66年5月号発売の4枚組です。別にオリジナル袋が付いているわけじゃなし、決め手は無いんですが柱に括られていますので。
 解説は「後手高手小手の厳しい縄目が柔肌の二の腕、胸、腹、太股、膝とくひるように柱に縛りつけられている。裸身を正面向けて羞かしげに身もだえしている可憐な表情が華麗な色彩によって美しい。」
 ちょっと判断の難しいことがありまして、「紺と白のまだら縄」を使っていますので(てく)の可能性もあります。しかし、消去法で「柱に縛り付けられている」こちらを(てか)と考えました。(てく)の可能性も無きにしも非ず。
180-02a てか?1 大塚啓子c180-02b てか?2 大塚啓子d

180-02c てか?3 大塚啓子d180-02d てか?4 大塚啓子d


180-03 a〜k) (てく)(てこ)(てま)大塚啓子
 さあ、同じ1966年5月号で発売された筈の写真が11枚ございます。間違いなく表題の3組と思うんですが、どの組に属するものやらさっぱりわかりません。そこで、資料を列記し写真も分類せずお目にかけます。
 略号(てく)「縄目にあえぐ裸女」4枚組。解説は「ビンク色に染まった柔肌に紺と白のまだらの縄が、くひるように全身を締めつけ背中て高々と背負ったように後手首が固定され、僅かに自由な脚をばたつがせる。」
 略号(てこ)「豊麗裸身の縄目」4枚組。解説は「均整のとれた豊かな裸身に情容赦のない縄目が高手小手にきびしくまつわりついている柔肌のくびれ具合が天然色によって、まるで錦絵のように美しい。」
 略号(てま)「後手高手小手縛り」3枚組。解説は「典型的な後手高手小手縛りの裸身をマニアの眼に触れることの羞らいて顔をのけぞらし、全身をくねらし悶えるさまを実物を眺めるのと変らぬ着色フオトてどうぞ。」ってんですが、前手の高手小手ってあるのかな?
 大塚嬢単独のカラー写真は7組24枚。腰巻着用と両手吊り3組9枚ですので、残りは4組15枚で、その全部をここに掲載いたします。前項では「まだら縄」を棄て「柱に縛りつけ」を採って(てか)としましたので、ここに(てく)(てこ)(てま)計11葉が残ったわけです。

180-03a てくてこてま01 大塚啓子c180-03b てくてこてま02 大塚啓子c180-03c てくてこてま03 大塚啓子c

180-03d てくてこてま04 大塚啓子c180-03e てくてこてま05 大塚啓子c180-03f てくてこてま06 大塚啓子c

180-03g てくてこてま07 大塚啓子c180-03h てくてこてま08 大塚啓子c180-03i てくてこてま09 大塚啓子c

180-03j てくてこてま10 大塚啓子c180-03k てくてこてま11 大塚啓子c


180-04 a〜c) (れの)「開股された股間縛」木村洋子
 写真裏の隅っこに「れの」と鉛筆書きされていますので、それを尊重して(れの)に分類しておきます。解説は「始めてのカラー撮影に開股縛りの羞恥責めにあって、全身にマゾの歓喜を湛えながら縄目は強ければ強い程良いとうわ言をいう。」
 木村洋子のカラー大手札写真は1967年3月号発売の3枚組3組のみです。
180-04aれの1 木村洋子c180-04bれの2 木村洋子c

180-04cれの3 木村洋子c


180-05 a〜c) (れね)「立縛りにあう裸女」木村洋子
 解説は「無防備な女体の前面をさらけだして両手は後手に、或は頭上に高々と縛りあげられて今は只僅かに自由にな脚をもがき続ける。」
 この組は、ほぼ同時に2組入手いたしました。一組には前項(れの)と同様裏面に「れね」と記してありますが、スキャンしたのはカラーバランスが良い記入の無い組です。2組のカットがプリント時期が違っているのに全く同じというのは、これが(れね)に間違いないと確信するに足る証拠かと思います。
 なお、持っておりませんが(れむ)は「豆絞りの猿ぐつわ」解説が「豆絞りの猿ぐつわが厳しく口を噛み痩せ型の裸身を汚れたロープがくびるように肌を割ってむごたらしさがカラーであたりに漂う。」ですので、前項3枚目やこの項2枚目がその組かと疑われるのですが、前記の通りこの分類が正解だと思います。(ごめんなさい101頁に掲載しておりましたご参照ください)
 3枚目の写真にはパンネットが小道具に使われています。まだnewが付いていない頃の製品です。ただアンネナプキンはもっと小さいので、オケケ隠しにより大きい何かを当てさせたのだと思います。
 そうそう、この1枚目の写真右隅の鏡にカメラが映り込んでいるのですが、35ミリ一眼レフで撮ってるんですね。多分ペンタックス。6×6だとDP屋さんに出すとノートリで正方形にプリントされ、高いお金を取られるんですね。35mmのほうがLサイズに安くプリント出来たためだったと思います。グラビア復活や、ましてカラーページなんて考えられない時期でしたから、ネガカラー写真は分譲だけを考えれば良かったんだと思います。

 この頁はこれでおしまい。次はカラー写真の最後として山原清子さんをご覧いただきます。

180-05aれね1 木村洋子c180-05bれね2 木村洋子c180-05cれね3 木村洋子d




170) 1961年頃(昭和36年頃)の切腹写真(大塚啓子)

170-00 S36年頃切腹袋b 続きまして、前頁から7年後。モデルさんは大塚啓子嬢です。


170-01~03) 「大塚啓子血紅切腹図絵」(おせ)大手札3枚組 1961年6月号
 「豊満な白肌に脇差の切先が、ぐさりと突き立てられ、鮮血がじわじわと下腹いっぱいに滲じみ出る悲愴な女体切腹の光景。」と解説されています。縦一文字に切り裂いているのに何故か血紅は横に。十文字のつもりでしょうか?
 ピントやや甘いですがミディアムとアップを上手にまとめています。
170-01) 
170-01 おせ1 大塚Cb170-01 おせ1 大塚Mc1
170-02) 
170-02 おせ2 大塚Cb1170-02 おせ2 大塚Mc1
170-03) 
170-03 おせ3 大塚Cb170-03 おせ3 大塚Mc1


170-04~08) 「悲愴女体自決」(ひい)大手札5枚組
 1962年7月号
 「真白い肌と氷のように輝やく九寸五分の脇差の刃先が、この緊迫した空気を一層冷ややかなものにしている。えいッという絹をさく気合と共に刃は下略腹へぐさりと突きささり思わず「うッ」とのけぞる白い顔。ジリジリと真一文字に臍の真下まで引きまわし、やがて右脇腹まで思う存分に切る。額からにじみ出る汗。左掌にて左の乳房をかかえ上げ、心の臓めがけて、ぐさりと最期のとどめ、最期のとどめとしては、更に両手にしっかと握った刃を、咽喉元めがけて力いっぱい突き立てる悲壮な顔つき、若き女性の自決態勢をあますところなく、露呈した作品。」と長々と解説されています。
 ちょっと写真の順番を間違えたかもしれません。ご自身で想像力を巡らせて入れ替えてください。
170-04 ひい1 大塚Mc1170-05 ひい2 大塚Mc2170-06 ひい3 大塚Mc1

170-07 ひい4 大塚Mc1170-08 ひい5 大塚Mc1


170-09~13) 「自刃悶絶」(せよ)大手札5枚組
 1962年11月号 「
豊満な肉づきをみせている下腹を脇差で掻き切ると溢れる血潮が(血紅使用)臍の下一面をくれないに彩る。今はもう覚悟の切腹であるから、力いっぱい深々と腸に至るまで刃を突き刺し、自刃の恍惚感に陶酔するのであった。腰まで垂れる黒髪の大塚啓子が豊かな姿態をくねらせて、切腹の痛手に悶絶する光景。」
170-09)

170-09 せよ1大塚Cb170-09 せよ1大塚Mc1
170-10) 
170-10 せよ2大塚Cb170-10 せよ2大塚Mc1
170-11) 
170-11 せよ3大塚Cb170-11 せよ3大塚Mc1
170-12) 
170-12 せよ4大塚Cb170-12 せよ4大塚Mc1
170-13) 
170-13 せよ5大塚Cb1170-13 せよ5大塚Mc2


170-14~16) 「祭壇の女体切腹」 (せぬ)
 1963年12月号、大手札3枚組。解説「白布をめぐらした背景、白布をひきつめた台上に、白フンドシ一つの裸女が、いけにえの白い肌を晒して、肉づきのよい下腹を白鞘の短刀で切りさばいてゆく。白一色の中に赤い血が美しく彩り、苦悶に乳房を掴かみ、のどに手を当て、台上にて転々と身をくねらすさまはマニヤの心をゆさぶるでしよう。」
170-14 せぬ1大塚Mc1170-15 せぬ2大塚Mc2170-16 せぬ3大塚Mc2


170-17~21) 「褌裸女血紅切腹大写し連続フォト」 (おお)
 1964年1月号 大手札5枚組。
 「股に喰い込むばかりに、きつくきりりと締め込んだフンドシ一本の臍下を刃先だけを出して白紙で巻いた短刀でぶすりと突き刺し、真一文字にじりしりと切りさいてゆく有様を血紅を用いて迫真的描写。乳房から下、太股から上のアップによって、女体切腹の妙味を最大限に発揮。切腹マニヤの指導による連続五枚の秘蔵品。」
 切腹腹部アップの写真。頁トップの(おせ)から2年半も経っているのに、この妙にエロい褌は同じに見えます。永保ちする褌ですね、オニのパンツみたい。あるいは同時撮影だが、プリントして発売したのが64年だったんでしょうか?
 連続フォトとして見るなら順番が違います。き↓キ,僚腓な?
170-17 おお1 大塚Mc1170-18 おお2 大塚Mc1

170-19 おお3 大塚Mc1170-20 おお4 大塚Mc1

170-21 おお5 大塚Mc1


170-22~26) 「女体切腹血紅使用苦悶表情悦楽篇」 (くえ)
 同年同月発売。大手札5枚組。6×6をトリミングせずに四角く焼いてあるので350dpiでスキャンしてあります。
 解説は「最近益々悦虐の表情の豊かさを見せはじめた大塚嬢が、その豊満なヘソ下を思うままに深々と切りさばき、溢れる血汐を飛び散らせて、凄惨きわまりない切腹ポーズを演じ、苦悶に美しくゆがむ顔面の表情と、痺れるように痙れんする全身肢体の真に迫る表情とをハイスピードシャッターによって刻明に捕捉しました。数多く撮影した中から。特に素晴しいものばかりを選んで提供いたします。この肢体と顔面の表情によって皆様の切腹熱は一段と高まるでしょう。」
170-22 くえ01 大塚Mc2170-23 くえ02 大塚Mc2

170-24 くえ03 大塚Mc1170-25 くえ04 大塚Mc2

170-26 くえ05 大塚Mc2


170-27~38) 「血紅切腹連」 (のせ)
 1965年8月号。大手札12枚組。
 解説は「白く輝く豊満な裸身を惜しげもなく晒して、大勢の人達の前で女が腹を切りさばいて命を自らの手で断つ順序を連続で写真化いたしました。下腹から手まで血だらけにして苦痛にのたうつ女体。そこには女の哀れさと美しさとが、渾然一体となって、マニヤの方々の胸に追ってくることでしょう。」
 事情があって(のせ01~06)(のせ07~09)(のせ10~12)の3つに分けてご覧に入れます。07~09は入手先が違うのです。でも、根本の持ち主は同じだと思います。

170-27~32)
170-27 のせ01大塚Mc2170-28 のせ02大塚Mc1170-29 のせ03大塚Mc1

170-30 のせ04大塚Mc2170-31 のせ05大塚Mc1170-32 のせ06大塚Mc1


170-33~35) この3枚のみ、ネットでの入手先が違っております。でも写真の保管状態などから、多分元の持ち主は同じかただと思っております。
170-33 のせ07大塚01Mc1別170-34 のせ08大塚02Mc1別170-35 のせ09大塚03Mc1別


170-36~38) 最後の3枚です。
170-36 のせ10大塚Mc2170-37 のせ11大塚Mc1

170-38 のせ12大塚Mc2

170-39~41) 組名不詳 
 真刀を使っています。「内臓」もしくは「腸」というのもキーワードです。とするなら、63年8月号の(やい)(やお)(やえ)10月号の(せい12)あたりなんでしょうか?
170-39 大塚04Mc1170-40 大塚05Mc1170-41 大塚06Mc1


 

166) SM組百態 (掘 松本たえ 大塚啓子 荒尾慶子 長井波津子

 SM組は165頁で056までご紹介しました。あと46枚あると思うでしょ。さあどうですか・・・・ 


SM076 バイブ責で悶絶 松本たえSM076 松本たえc
 SM057から075までは持っておりません。この目どこかで見たなー、そうそうアタゴオル。「ますむらひろし」だっけ、作者は。猫の漫画でしたね。

SM077 高々と後手縛り 松本たえSM077 松本たえc




SM078 強烈海老開股責 松本たえSM078 松本たえc

SM079 柱縛り正面晒し 松本たえSM079 松本たえc

SM080 後手両手逆吊り 松本たえSM080 松本たえd


SM081 責められた乱髪 大塚啓子SM081 大塚啓子○c
 この髪型の大塚嬢は初めてです。普通はダウンもショートもアップもわりにキチンとしたヘアで写ってらっしゃるのですが。若干年齢も感じる写真ですね。

SM082 後手縛片足吊り 大塚啓子 SM082 大塚啓子c
 これは、見慣れたボブスタイルです。


SM083 全標柱抱き縛り 大塚啓子SM083 大塚啓子c

SM084 太ロープ首縄責 大塚啓子SM084 大塚啓子c
 首縄ってどこ? ああ一本掛かっているのが半分だけ見えるヤツか。もう1973年でしょう。私が無修正のプレイボーイを見てたのが、1965年ごろなんだから。自慢になりませんけど・・・既にちょっと時代錯誤になってるんですよねー。

SM085 麻縄亀甲綾縛り 荒尾慶子SM085 荒尾慶子c
 プリントとしてはキレイなんですが、どこにピントを合わせようとしたのか?

SM086 喰込む縄股間縛 荒尾慶子SM086 荒尾慶子c
 これも相当ピンボケ

SM100 洋裁生のM姿態 長井葉津子SM100 長井波津子c
 と、突然ここに飛んじゃうんです。
 気を持たせてごめんなさい。この頁に乗せる写真、12枚しか持っていません。
 087から099までは所持していません。欠番多く本当にごめんなさい。



125) Sadistic Ladies in the KITAN CLUB II / 125) マゾフォトでのサディスティンⅡ 大塚啓子・山原清子

皆様、新年あけましておめでとうございます。2011年のお正月を寿ぎ、マゾ写真をお届けします。
昨年と同じ書き出しで、またマゾ写真です。昨年が絹川文代嬢でしたので、今年は大塚啓子嬢の勇姿をお目に掛けます。大塚嬢はショートヘアにしてからグッと美人になりました。整形したと推測するかたもいらっしゃる程です。
その美しき大塚嬢20葉からスタートです。



125-01 大塚啓子マゾフォト1125-01) 大塚啓子の1
大塚嬢のマゾフォト出演は、63年5月号の(まそ)『股責の地獄』4枚組が先行しました。
「男の首の上にどっかりとまたがり股で責める大塚啓子嬢の新作をここに分譲品として発表いたします。今回の分はすべて啓子嬢の股の間に挾まれたM男が鼻をあぐらにかかされ、首を両股で力いっぱい締めつけられるなど、大切な男の顔が女の大股によって、さんざんになぶられ辱しめられ、上から侮蔑の目で眺められるといった汚辱ぶりを表しました。御注文の如何では、M物はこれにて一応発表中止します。」 と、何やら心細い解説が付き、通常4枚組でしたら400円のところが500円と割高です。余程売れなかったようです。
そりゃそうでしょうヨ。オッサンの痛がる写真など誰も買おうとしないでしょうから。
ところがこれが発表中止にならなかった。66年の7月に若いM青年を得て、5枚組7組、計35枚が上梓されます。1~20は7月に発表されたものです。
エッ? M青年の名前ですか? 知りませんよ、そんなもの。

125-02 大塚啓子マゾフォト2125-02) 大塚啓子の2
大塚嬢の穿いているパンティーはトリコットのビキニショーツで、101頁で東浦嬢が穿いていたものと同じ、多分赤と黒かと思います。クロッチは前が大きいように見えますが、奇クは時々後ろ前逆に穿かせたりしますので判りません。陰毛隠しに逆に穿かせた可能性が大なのです。
66年7月号の表紙裏に掲載された、(らも)(らき)(らろ)(らに)(らほ)(らへ)(らと)の7集。各5枚組で¥1,000と高価です。

ライブドアが新管理画面に変わり、格段に書き込みが煩雑になりました。コマーシャルは入れやすいのに、罫線も字下げも一々HTML画面を呼び出さねばなりません。改悪以外の何者でもありません。
一度でも新管理画面を試してしまうと、永遠に昔のエディターが使えなくなってしまうようです。投稿が苦痛です。泣きたくなります。

125-03 大塚啓子マゾフォト3125-03) 大塚啓子の3
これらの写真ですが、劣化は少ないのですが、プリントの黒の締まりは良くありません。
ところが、スキャン時にヒストグラム調整の上ガンマをいじってやりますと、かなり良好になります。やや軟調にスキャンして修正の上、最後に引き締めると我ながらほれぼれする調子になります。

いまここでお目に掛けているのは、20枚中大塚嬢が騎乗位になっていない8枚です。解説文も意味不明瞭なら、写真も何をしているところやら判らない。
第一、7組から少しずつ入って20枚なのか、4組が揃って20枚なのかも判らない状態ですが、ここで資料を掲げておかねばならないので、次から書き込みます。

125-04 大塚啓子マゾフォト4125-04) 大塚啓子の4
奇クをお持ちでないかたのために、この7組を順にご紹介します。(各組5枚で1000円)

(らも)『顔面騎乗の女王様』。 「新しく応募してきた若いM青年に対してベテラン啓子が顔面騎乗の放れ業を演じて、いやというほど、その臀羞を嗅がせているところ、マニヤ垂涎のポーズの数々。」

(らき)『奴隷の誓いを誓う』。 「女王様の足下にひれ伏して奴隷としての誓いを必死に申し上げているM青年を傲然と見下して、冷笑を浮かべている肉体美の女性。汚辱と凌辱のムード派に捧げる。」
武士の侍が・・・のようですね。


125-05 大塚啓子マゾフォト5125-05) 大塚啓子の5
(らろ)『ハイヒールの足下』。 「ピカピカと光る黒皮のハイヒールの足下に、鋭いヒールの痛さにおののきなからM青年は女御主人様にいたぶられ足蹴にされる喜びに身をふるわせているのである。」
2,4,7あたりが、ハイヒールで踏まれていますが、これのことかな?


125-06 大塚啓子マゾフォト6125-06) 大塚啓子の6
(らに)『縛られるM青年』。 「縄で縛られて身の自由を奪われることによって、無力化した自分が女御主人のあくなき暴虐の手の中に翻弄され、その意のままになる縛られたM青年のマゾの願望。」

(らほ)『神酒を飲ませる女』。 「畏くも得難い女王様のネクタールを、そのおん自らの手によって賜わることに対して、今やM青年はよよと、感涙にむせびつつ、うやうやしく頂戴するのであった。」
これらしいのはありません。

(らへ)『M青年をいたぶる』。 「経験はありませんが、どんなことでも意のままになすって下さいと志願してきたM青年は、ベテラン女性の柔肌にいたぶられて、今やその芳香に圧倒されるのだ。」そうです。

125-07 大塚啓子マゾフォト7125-07) 大塚啓子の7
(らと)『肩車の下の蠢めく』。 「逞ましく肉の乗った両の太股を首にまわして、裸の尻をでんと首筋にすえて、気弱くもがく男の頭髪をぐいとわしづかみにして、全体重を痩身の青年にかける。」
これは次の12枚にありそうです。以上の7組です。










125-08 大塚啓子マゾフォト8125-08) 大塚啓子の8

















125-09 大塚啓子マゾフォト9125-09) 大塚啓子マゾフォト9
ここらからぼちぼち騎乗位になって参ります。















125-10 大塚啓子マゾフォト10125-10) 大塚啓子マゾフォト10
馬乗り写真は、ここから11枚あるのですが、(らも)(らと)あたりが候補ですが、判別はつきません。














125-11 大塚啓子マゾフォト11125-11) 大塚啓子マゾフォト11

















125-12 大塚啓子マゾフォト12125-12) 大塚啓子マゾフォト12

















125-13 大塚啓子マゾフォト13125-13) 大塚啓子マゾフォト13

















125-14 大塚啓子マゾフォト14125-14) 大塚啓子マゾフォト14

















125-15 大塚啓子マゾフォト15125-15) 大塚啓子マゾフォト15

















125-16 大塚啓子マゾフォト16125-16) 大塚啓子マゾフォト16

















125-17 大塚啓子マゾフォト17125-17) 大塚啓子マゾフォト17

















125-18 大塚啓子マゾフォト18125-18) 大塚啓子マゾフォト18

















125-19 大塚啓子マゾフォト19125-19) 大塚啓子マゾフォト19

















125-20 大塚啓子マゾフォト20125-20) 大塚啓子マゾフォト20
とりあえず、最初に予定していた20枚が終わりました。この写真だけ、マゾ男がオッサンぽく見えるのですが、同じ青年でしょう。














125-21 大塚啓子マゾフォト21125-21) 大塚啓子(らほ)の1 マゾフォト21
コメント3番に書きましたとおり、最初は大塚嬢+M青年20枚に、大塚嬢+山原嬢+M親父12枚の予定でおりましたところ、大塚嬢+M親父10枚が別に出て来まして合計42枚となりました。
山原嬢との協演は最後に回して、新たに出てきた10枚をアップ致します。この中には溲瓶を手にしたものがありますので、これが125-06でご紹介した(らほ)と思われます。







125-22 大塚啓子マゾフォト22125-22) 大塚啓子(らほ)の2 マゾフォト22
マゾに興味のないかたにとっては詰まらない写真が続きますが、これも稀少な資料の一つとご容赦をお願い致します。
パンティーが当時としては珍しいビキニショーツ(スキャンティーという言葉があったかどうか?)となっております。










125-23 大塚啓子マゾフォト23125-23) 大塚啓子(らほ)の3 マゾフォト23
ここではマゾ男も堂々と顔を上げているのですが、125-20までの青年とは違うように見えますがよく分かりません。













125-24 大塚啓子マゾフォト24125-24) 大塚啓子(らほ)の4 マゾフォト24
(らほ)は5枚組ですが、溲瓶を持った写真は以上4枚です。














125-25 大塚啓子マゾフォト25125-25) 大塚啓子マゾフォト25
溲瓶は持っていませんがパンティーは上と同じです。ハイヒールを履いていませんので、多分(らき)かと思います。















125-26 大塚啓子マゾフォト26125-26) 大塚啓子マゾフォト26
ここら3枚が(らき)らしい。同じ月に発売された7組ですが、2回に分けて撮影されたのかも知れません。















125-27 大塚啓子マゾフォト27125-27) 大塚啓子マゾフォト27
以上3枚が一括りです。
















125-28 大塚啓子マゾフォト28125-28) 大塚啓子マゾフォト28
今度は大塚女王様がババシャツを召してます。暖かそうですね。
ナイロン、レーヨン、ポリエステル、ポリウレタンなど、次々に開発される合成繊維を、当時の女性が喜々として受け入れた様子が分かります。
どっちでも良いことですが男性はフンドシですか。









125-29 大塚啓子マゾフォト29125-29) 大塚啓子マゾフォト29
この10枚が4、3、3枚で3組とするなら、最初の20枚は5枚揃いの4組と言うことになります。
7組合計で当時7,000円。これは他の写真の1.7倍です。
昭和41年で初任給どれくらいだったでしょうか? 大卒でも4万円無かったのでは?
今で言うと総額3万5千円。1枚1,000円ですね。
それほどの値打ちがあるかどうかは知りませんが、貴重なマゾ写真の資料であることだけはご理解をお願いします。






125-30 大塚啓子マゾフォト30125-30) 大塚啓子マゾフォト30
たしかに、これら3枚は芳香を嗅がせていると見えますので、(らへ)のように思えます。
大塚啓子嬢のサディスティン写真のご紹介は以上です。













125-31 (まめ)大塚・山原マゾフォト31125-31) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト31
替わって、65年8月号で発表された、大塚・山原がM男を責める写真を御覧に入れます。各12枚8組。計96枚ですが、私は1組12枚しか持っておりません。
多分、略号(まめ)だと思います。組写真のストーリーとしては後からのご紹介になるかと思いますがご容赦下さい。


125-32 (まめ)大塚・山原マゾフォト32125-32) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト32
略号(まめ)『馬を乗り潰す女』、解説「二人の肥った女を背中に乗せてハイハイドウドウ、いくばくもなく男の馬は潰れてしまう。乗り潰された男は、さて、これから勝気な二人の美女から、どのような恥しい仕置を強いられるだろうか。それは面白くてたまらない女達のなぐさみの遊戯であったが、M男にとっては、身も凍るような戦慄的な暴虐であった。」
馬乗りになった写真と、潰れたように見える写真が計12枚ありますので、多分これかなと思っただけで、確証はありません。
なお、山原嬢ご着用の黒のパンティーは、当時の生理帯であり、タグは左前に縫いつけられるもの故、この写真は裏焼き、即ち左右逆と思われます。神経質なかたは左右反転でプリントして下さい。アレッ反転すると次と同じ写真ですか?


125-33 (まめ)大塚・山原マゾフォト33125-33) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト33
昔、ハレンチ学園というマンガがありまして、教師のヒゲゴジラ(本名吉永さゆり)が大勢のハダカの女生徒達に足で踏み付けられるシーンがあったのを思い出しました。
さて、この山原嬢の生理帯ですが、アンネが出たのが61年暮れで、ナプキンは熱狂的に迎えられます。日陰のものを日向に出した、正に革命でした。
しかし、パンネットは、¥150と安価なため売れることは売れましたが、ネットが荒すぎてかゆみが出たり、体型や経血量によってはズレて漏れるなど、欠点も多く、多くの女性は旧来の替えゴム式を使っていたようです。
ナプキン使用のために押さえゴムを廃止した取替ゴムが売られたり、色もスタンダードな黒だけでなく、ピンクやサッシュなどカラフルになり、生地もネット素材など薄くてもホールド感のあるものが出て、65年を迎えます。
でも、山原嬢は黒のリブ柄メリヤスの、いかにも生理帯という感じのする品を召しており、誠に懐かしく感じます。

125-34 (まめ)大塚・山原マゾフォト34125-34) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト34
「40年間お待たせ」し「重苦しいゴムの時代は去」ったと宣伝したのに、ショーツのほうは旧来の形が残ったというのは、日本女性の保守性を示すのではなく、替えゴム式生理バンドが、61年時点で最高の進化を遂げていた事の証なのです。
実際この後、替えゴムが無くなって、ネットやスポンジを貼った防水布の時代になっても、モレない、ムレない、ズレないは永遠の宣伝文句です。
40センチもある大きな不格好なビニール付きのオムツを両面テープで防水布いっぱいに貼りつけ、羽根まで広げて裏で留める現在・・・ムレない筈ないでしょう。
当時カット綿は16センチ×8センチ。それをウーリーナイロンの裏をゴム打ちした替えゴムに装置していたんですね。これですと血液はゴムと直接触れ難いため、悪臭も少なくなります。替えゴムのフチと押さえゴムの張りかたは、永年の職人技でベストバランスされており、伸縮性のショーツ生地と立体裁断により、多少重さは感じますが、脱脂綿を使う生理帯として進化の極限にあったのです。
実際、私が中学生だった頃、女の子がニオイでソレと判ることは、決してありませんでした。どちらが前やら後やら判らないパンネットの方が、余程原始的だったのです。

125-35 (まめ)大塚・山原マゾフォト35125-35) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト35
このあたりから、だんだん馬乗りになって参ります。最初に申し上げましたように、(まめ)といたしますと、写真のご紹介が、解説とは逆の順序になってしまいました。
参考までに、同時発売の他の7組を順次ご紹介して参りましょう。全て大手札12枚組2,000円です。

(まふ)『裸女二人の尻の下』、「Mモデルに志願してきた幸福な男は、豊満な全裸の美女二人から徹底的にいじめられる。逞ましい素肌の脊部が男の頭の上に無遠慮にのっかってくる。華麗なマゾ絵巻が美しいカメラ・アイによってあますところなく捉えられています。どうぞ貴方を、この幸福なM男に入れ替えて、Mの醍醐味を十分に御賞味して下さい。」


125-36 (まめ)大塚・山原マゾフォト36125-36) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト36
(まね)『美女から縛られる』、「暴君と化した二人の逞ましい美女の前に脆いたM男は、必死の抵抗も空しく、縄で厳しく縛られてゆく甘美な過程を連続で狙いをつけてゆきます。後手高手小手に縛りあげられて身動きもできなくなった男に、これから二人のベテラン女性が、さてどのような暴虐のムチを揮うでしようか、詳細は写真によってお楽しみ下さい。」

(まれ)『痛烈ムチのご馳走』、「後手に縛りあげられた男は、二人の裸女にとっては、恰好の弄び者である。二人の美女の手にあるムチや麻縄は、激しいいきおいで男の肌の上で作烈する。忽ち赤いミミズ脹れがふくれ上り、血がにじむ。それでも女達のむごたらしいムチの手に止みそうにもない。やがて男の口からも痛苦とも快味ともいえる呻めきが洩れる。」


125-37 (まめ)大塚・山原マゾフォト37125-37) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト37
(まり)『汚臭と足舐の強制』、「女の肌にじかにつけていたパンティを頭にかぶせられ、口に押し込まれても、縛られている身の男にとっては、どうすることも出来ない。やがて女の足指が無理矢理口へ押し込められる。拒否しょうにも他の一人の女が頭を押さえて逃がさない。二人の女による強制が、いつの間にか男を恍惚たる被虐の花園へさそい込んでしまう。」

(まも)『二女の戯むれと男』、「跪いた男の背中の上には、二疋の美しい蝶々のように戯むれる二人の裸女があった。はじめ男の存在など無視していた二人だったが抱擁に飽きると共に、尻の下にうごめく男をなぶってみようという気持になった。何ごとも易々として従うM男に対して、二人はどのような辱しめを与えるか、写真によってとくとお確め下さい。」


125-38 (まめ)大塚・山原マゾフォト38125-38) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト38
(まむ)『首締めで剌す止め』、「いくら痛めつけても辱しめても喜んでいるM男に対しては、最後の止めとして、逞ましい太股による首締めによって昇天させてやるのが御慈悲である。苦悶にあえぐ口の中には、汚物が、足の指が押し込まれ、男の顔が鼻が、むちゃくちゃにいたぶられつくす。さんざん弄れた男は、遂に精根つき果てて女達の軍門に降るのである。」

(まみ)『二女の臀臭に泣く』、「逞ましくも肉づきのよい二女の臀の下に押し潰された男の顔は、醜くひしやげて、その臀臭をいやというほど嗅がされている。なおそれでも足りないとみた一人は勇ましく放屁を男の顔面にふきかける。今やグロッキーになった男に対して、二女の責めは巧妙なテクニックで男が泣き叫ぶまで更に続行されるのであった。」


125-39 (まめ)大塚・山原マゾフォト39125-39) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト39
以上で8組96枚の写真の解説をご紹介いたしました。















125-40 (まめ)大塚・山原マゾフォト40125-40) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト40

















125-41 (まめ)大塚・山原マゾフォト41125-41) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト41
















125-42 (まめ)大塚・山原マゾフォト42125-42) 大塚啓子・山原清子(まめ)? マゾフォト42
以上で、大塚嬢のサディスティン姿42枚を終えます。









89) 大塚啓子 不明分2


 あと、十数枚ですが、ページを変えます。単独でますます判りにくい写真や大塚嬢かすらも判らない写真を掲げます。

大塚啓子不明分1489−14)
 笑っているように見えるのは擽り責めなんでしょうか?


 






大塚啓子不明分1589−15)
 ショートヘアですので、63年以降でトイレとなると、G組の44「トイレを前にして」(64年11月)でしょうか。他には見つかりません。









 

 

 

 

 




大塚啓子不明分1689−16)
 両手鎖吊りですが、それらしい題名が見つかりません。64年、悪書追放の締め付けがきつくなった頃、出来るだけ縄を出すなと言うので撮影されたものかも知れません。







 

 

 

 




大塚啓子不明分1789−17)
 多分大塚嬢だと思います。題名まではちょっと・・・。




 




大塚啓子不明分1889−18)
 白布を掛けた台は祭壇のつもりでしょうか? 早くとも63年後半以後に撮影されたものと思います。もっと早く、ロングヘアの時代ならあるのですが、それらしい題名がありません。






 

 

 

 

 



大塚啓子不明分19

89−19)
 髪型とバックは88−9)の2枚と同じですが、ショーツも光も違っています。

 







 

 

 





大塚啓子不明分20a89−20a)
 63年5月号のグラビアで着用したのと同じパンティーです。何をショーツと呼び、何をパンティーと呼び、何をズロースと呼ぶか難しいところですが、何となくふわふわヒラヒラしていて頼りないのがパンティーとしておきます。






大塚啓子不明分20b89−20b)
 上と同じ組だと思いますが、その組が見つかりません。

 







 

 

 

 






大塚啓子不明分2189−21)
 これもパンティーは同じなのですが、そして縛り方も同じで、同日撮影だと思うのですが、床の敷物が違うように思います。







 

 

 

 

 





大塚啓子不明分2289−22)
 このモデルさんは果たして大塚嬢かなと思いましたが、63年8月号グラビアで同様の写真を見かけましたので確信が持てました。
 前期の作品ですので、63年8月の、E組63「亀甲型の雁字搦目」あたりでしょうか? でも雁字搦目と言えるかな?

 

 

 







 




大塚啓子不明分2389−23)
 E組の12、「逆エビにもだえる」などが候補です。

 







大塚啓子不明分2489−24)
 E組の77、「踏みにじられた顔」が候補に挙がります。





 


 
大塚啓子不明分2589−25)
 おむつカバー(おしめカバーとも言いますが)のフェチフォトです。このカバーは絹川嬢なども着用していますが、雑誌では赤のビニールカバーと出ております。しかし、大塚嬢の分譲写真でビニールカバーというのは全く出て参りません。
 64年11月のG組の42、「オシメカバー縛り」ぐらいでしょうか? かな組のオシメカバー写真は全てストーリー仕立てになっており、該当しないように思います。








 



大塚啓子不明分25a(G42?)89−25b)
 挿入します。生ゴムおしめカバーとして紹介されているものです
。よく見るとホックが裏返っているようで、裏表逆に着用されているようで、本来肌に触れる側が表に出ているようです。
 雑誌のグラビヤを賑わした写真ですが、分譲名を探ろうとすると難しい。ゴムカバーを主題とするか、浣腸排泄をこらえるを主題とするか・・・? G組の42、あるいは(かは)あたりが候補です。オムツカバーのゴムもそうですが、綺麗な肌もヌメヌメです。



大塚啓子不明分2689−26)
 随心院様からのコメントを戴き、元気を取り戻して、書き込み再会します。
 と言っても、分からないものは分からないのですが・・・。ずいぶん後期の限定版のグラビアにでも載っていそうな綺麗な写真です。






大塚啓子不明分27(E77?)89−27)
 これが随心院様からヒントを戴いた、「花と蛇」臨時増刊号第2グラビア冒頭の写真類似分です。次のページからは左側にイルリガートルが吊してあり、浣腸フォトであることが判る仕掛けになっています。
 と、ここまでは良いのですが、写真の題名は分かりません。

 


 







 



大塚啓子不明分2889−28)
 62年10月号グラビアに「おさげ髪の娘」として掲載されたものと同時撮影だと思います。


 

 

 











大塚啓子不明分2989−29)
 E組の77「逆エビに反る足先」というのがぴったり来る様です。63年8月ですと年代的にも符合します。

 






 


 

 






大塚啓子不明分3089−30)
 同じ蒲団の上で撮影していますが、逆エビと海老責めです。膝を曲げるだけで緩んでしまいそうな縄ですね。題名等不詳です。


 

 

 






 





大塚啓子不明分3189−31)
 荒縄で縛りかけという感じ。髪型を見るまでもなく、かなり昔の写真です。当時は撮影光源が不足していましたので、どうしても下半身が暗くなってしまうことが多かったようです。腰から下が、血の流れが悪くなったように見えるのですが、冬季の撮影だったのかも知れませんが、多分照明の加減だと思います。






 

 

 




大塚啓子不明分3289−32)
 これはまた光と言いポーズと言い、グンと近代的な写真です。でも出所は判りません。






 

 

 


 

 




大塚啓子不明分3389−33)
 E組の9、「ハリツケられた娘」でしょう。
 81)に略号(はり)を2枚ご紹介しましたが、これは大キャビネ判でした。今で言う2Lですね。こちらは大手札(L版相当)で、カメラポジションもややロングになっています。

 

 

 










大塚啓子?不明分?3489−補遺1)
 ここからは補遺として、大塚嬢ではなかった可能性の高い写真を、未練たらしくご紹介します。モデルさんの名前が分かったらコメント下さい。
 この写真は、最初大塚嬢かと思って一緒にスキャンしたのですが、どうも違うような気がします。どなたか、良いヒントを頂けませんでしょうか。
・・・・・・・・・・と書いたのですが・・・・・・・・・・
 随心院様のご指摘で、これは大塚嬢に間違いないようです。とすると題名は明確です、G組の67 「目かくしのハリツケ」これで決まりです。










四方清美Z14?89−補遺2)
 これも随心院様のご指摘により大塚嬢と判明致しましたので、90)ページから移転しました。
 Z組の12かE組の59、88あたり。59でしょうか? 「黒髪を吊られた女」 86頁の写真よりはこちらがそれらしいです。








 






大塚啓子?不明分?3589−補遺の補遺の補遺サッサ)
 これは全く違います。奇クの分譲写真でもありません。奇クとは違い、フチ無し写真で、最初は大塚嬢が他の雑誌でモデルをした証拠になるかと思ったのですが、やはり別人でしょう。
 この手の写真は(性器丸出し、挿入を伴う緊縛写真という、世界基準で削除されそうなものも含めて)ずいぶんあるのですが、このサイトでは奇譚クラブの分譲写真に限って、浮気をせずにご紹介して参ります。








88) 大塚啓子 不明分1

 過去、大塚啓子の3つのページに関して、挿入挿入で皆様にご迷惑をおかけしましたが、どうにも分類のつかない写真がまだ50枚近くあります。ブログ全体をこれ以上見難くするわけにいきませんので、不明は不明でアップいたします。
 後で、やはりこの写真は何組らしいと判ったら文章を書き換えることで対応致します。

 なお、最近 livedoor ブログの写真のアップロード環境が悪化しました。以前は一度に2MBまでアップ出来ました。ですから600KBの写真を3枚同時アップということも出来たのですが、500KBということにスペックダウンされてしまいました。大手札300dpiでスキャンしたjpgの最高画質で600〜700KBですので、相当苦しくなりました。なぜスペックダウンされたのか理解に苦しみます。
 このままでは、またブログの引っ越しを考えねばならないのですが、アダルト指定出来るサイトは少ないようですので、当分圧縮を高めて凌がねばならないようです。何とか元通り2MBに戻して頂きたいものです。



大塚啓子 ? しん4?88−1a)
 (しん4)かも知れませんが、麻縄はこの1枚のみですので、ちょっと違います。
 同じ図柄が、36頁、大名刺サイズの補遺に納められており、特にこの写真はその1枚目と全く同じ図柄です。この写真は大手札への、なかなか綺麗なプリントですのでカラーでスキャンしました。
 300dpiスキャンしスポッティングしたものは、960KBありました。ですからずいぶん圧縮したことになります。圧縮が目立つ図柄じゃないですが、できれば、あまり圧縮しない状態でお見せしたかった。

 









大塚啓子 ? しん4?88−1b)
 同じシリーズですが、斑紐を用いております。
 もし(しん4)だとすると、
 初出 57年3月号
 略号 (しん4) 大手札5枚組
 題名 「全裸縛り」
 解説 『豊満な柔肌の全身に喰い入る麻縄の醸し出す妖しい美しさ』
 でもこの写真は麻縄じゃありません。




 

 






大塚啓子 ? しん4?88−1c)
 同じ機会の撮影ですが、プリントはより新しく、保管状態も良くなっています。変色が少なく、イーゼルも角の丸い固定式が使われています。
 芸術写真としても、なかなかいいポーズです。

 








 

 

 




大塚啓子 ? しん4の2?88−2a)
 これも(しん4)の可能性があるきれいな写真です。股間縛りですが、58年12月の(こか)ではないらしい。正面像が含まれていませんので。
 珍しくハイキーで綺麗な写真です。
 よく見ると、大塚嬢は股縄に何か布きれを夾んで貰っているようです。大切なところが痛まないように・・・ですね。モデルさんを大切に扱っているんですね。サディストを自認する人は、同時にフェミニストであるのかも知れません。












大塚啓子 ? しん4の2?88−2b)
 これは4葉とも麻縄です。さすがにこの角度から撮るときには、布きれは外してあるようです。







 

 

 

 






大塚啓子 ? しん4の2?88−2c)
 ちなみに、もし(こか)であるなら、解説は『正面、背面、横面と三態の全裸股間縛り。』となっており、正面がありませんので・・・。

 

 







 

 

 




大塚啓子 ? しん4の2?88−2d)



 







 

 

 

 





大塚啓子 ? 3 88−3)
 大分古い写真で、大塚啓子嬢じゃない可能性も高いと思われます。でも、この髪型は萩嬢じゃなし、村田嬢でもなし・・・。それにこの魅力的なお尻は大塚嬢くさいでしょ。

 






 

 

 

 





大塚啓子不明分488−4)
 同じ写真が2枚あります。奇クのグラビヤを飾った写真と記憶していますが、さて目録の何に当たるのかというと見当が付きません。







大塚啓子不明分5a88−5a)
 長椅子を使った開股写真ですが、それらしいタイトルが見あたりません。


 






 

 

 

 





大塚啓子不明分5b88−5b)
 怖いお顔です。初期の写真と思われますが、印画は綺麗で、スポッティング以外何も加工していません。

 

 

 

 

 










大塚啓子不明分6a88−6a)
 これも初期の作品です。(しん3)の一枚かとも思いましたが、あまりにもバックが違いすぎます。コーナー壁が光を和らげ良い効果を出しています。割合に綺麗に褪色していますのでカラーでスキャンしました。

 

 

 

 












大塚啓子不明分6b88−6b)
 同じ場所で、多分同じ日の撮影です。縄を替え、猿轡をして別テーマとしています。

 

 

 

 

 











大塚啓子不明分7a88−7a)


 

 

 

 

 












大塚啓子不明分7b88−7b)
 同じ場所で同じショーツだと思いますが、テーマが違いますので、同じ略号で分譲されたわけではないでしょう。

 







 

 

 

 





大塚啓子 ? 8a88−8a)
 浴衣をあしらった海老責め写真が2葉あります。かな組だとすると、(えり)(とう)(えふ)あたりですが、解説文と写真がピンときません。

 

 

 

 











大塚啓子 ? 8b88−8b)
 間違いなく同時撮影の分です。




 




大塚啓子 ? 9a88−9a)
 ショートヘアにしてからですから、63年から後でしょう。「食卓の上」にポイントがあるのか、「太股縛り」にポイントがあるのか良く分かりません。

 








 

 

 




大塚啓子 ? 9b88−9b)
 65年の発禁処分では、かなり以前から警告があったようで、64年頃から全裸が少なくなり、刺青、切腹、褌など、日本文化にこと寄せた物、縄の量を少なめに見せかけた物、など、それなりに工夫していたようです。
 濡木さんでしたか、全国PTAか何かの役員の、国防婦人会みたいなおばさん達と、糾弾集会の様な形で対峙した事が書いてありました。
 そう言えば、悪書追放のヤギのゴミ箱に東大の教科書が入っていたなんてのも、この頃のことだったでしょうか・・・。







 




大塚啓子不明分10a88−10a)
 鼻責め写真が5点あります。
 (はか)(なく)(ない)(なは)(うい)(たく)(はす)と候補もたくさんあります。

 







大塚啓子不明分10b88−10b)
 64年7月号で、この分のアップ写真らしき物が掲載されています。「鼻を弄ばれて」



 





大塚啓子不明分11a88−11a)
 この写真も、次のと対をなします。かな組で分譲された可能性が高いと思われます。
 グラビアで申しますと、64年4月号第一グラビヤ、「鼻責めの4ポーズ」あたりでしょうか?

 





 

 


 


 


大塚啓子不明分11b88−11b)







 


大塚啓子不明分1288−12)
 これや次は、英字組としてバラ売りされたものかもしれません。あるいは88−11)と3枚組なのでしょうか? ヘアバンド(カチューシャと言うのでしょうか)と化粧も少し違うように思うのですが。
 グラビヤとしては64年2月号「鼻をいじめられる」あたり。化粧は同様にケバいのですが、口紅が違っているように見えます。






 

 



 


大塚啓子不明分1388−13)
 63年4月号の第一グラビアに、このとき同時に撮影された写真と思われるものが、掲載されています。「鼻を弄ばれる啓子」







86) 大塚啓子掘 ̄兒組

 入手経路から考えて、英字組と考えたほうが辻褄が合う一群の写真があります。写真裏に書き込みのある分は以前20〜30頁付近にアップしましたので、特定は難しいのですが、おおよその見当で発表します。
 なお、84頁は「かな組」のロングヘアー時代、85頁はショートヘア時代、86頁は「ローマ字組」単品販売品と大まかに分けておくことにします。
 4月29日に3枚追加しました。赤字でタイトルを付けた分です。




大塚啓子R63?b開脚椅子ゼメ正面86−1) R組の63 「開股椅子ゼメ正面」
 59年10月発売のR63に間違いないと思います。このバックは58年2月号グラビアと同じ場所ですので、大塚啓子の分譲写真の最初期に撮影されたものと考えます。

 

 

 

 










大塚啓子Z21?bおヘソなぶり86−2) Z組の21 「おヘソなぶり」
 Z組はぐっと時代が下がって63年1月の発売です。なぜこんなに間が開いたのでしょうか? この写真も裏書きはありませんが間違いないと思います。

 







 

 




 



大塚啓子Z29?b足の裏の擽り責め86−3) Z組の29 「足の裏の擽り責め」
 R63に比べて、超ロングヘアになっております。大塚嬢の一番長い時期なんですね。


 






 

 

 

 




大塚啓子Z12?黒髪責め1b86−4) Z組の12? 黒髪責めの1
 これから4枚、大塚啓子の髪の毛が一番長かった時代の写真を上げます。同時に撮影されたものですが、かな組にはそれらしい組がありません。バラで売られたとするなら特定は困難です。
 なお、59年7月号のグラビヤ「赤と白」に状況が似ています。くくり紐の色なのでしょう。
 Zの12だとすると「黒髪いたぶり」と題名が付いています。
 Eの88「黒髪いじめ凌辱図」(63年8月号発売)かも知れません。






 




大塚啓子E59?黒髪責め2b86−5) E組の59? 黒髪責めの2
 Eの59とすると「黒髪を吊られた女」です。
 Aの21「両手前縛り髪首絞」(64年2月発売)かもしれません。


 





 

 

 






大塚啓子B09?黒髪責め86−6) B組の9? 黒髪責めの3
 Bの9なら「乳房責め絶叫苦悶」(63年1月号発売)
 Eの69「乳房いじめ踏つけ」という可能性もあります。

 








 

 






大塚啓子A21?黒髪責め86−7) A組の21? 黒髪責めの4
 Aの21「両手前縛り髪首絞」
 Zの12「黒髪いたぶり」
 Eの88「黒髪いじめ凌辱図」
 など、いろんな可能性があります。

 

 






 

 





大塚啓子 Z38? 巻煙草責め86−8) Z組の38? 「巻き煙草責め」
 63年1月発売のZ38だと思います。





 



大塚啓子 B14? 足踏付け二つ折り86−9) B組の14? 「足踏付け二つ折り」
 同月発売のB14と考えられます。




 

 



大塚啓子 B37?台上のマゾポーズ86−10)  4月29日追加分です。
B組の37? 「台上のマゾポーズ」
 全く自信は持てませんが、これかな?という程度です。

 






 


 

 





大塚啓子 B43?犠牲台の人身御供86−11) B組の43? 「犠牲台の人身御供」
 これも上同様です。これで正しいのやら、全く別なのか? 入れ替わっているのか、判りません。

 

 

 









 

 


大塚啓子 E15? 海老責めに泣く足首86−12) E組の15? 「海老責めに泣く女」

 E組は63年8月発売


 





大塚啓子 E24? ローソクで責める86−13) E組の24? 「ローソクで責める」

 

 

 

 

 







 

 





大塚啓子 E40? 乳房に加える金具86−14) E組の40? 「乳房に加える金具」

 

 








 

 

 

 

 




大塚啓子 E50? 臍そうじをされる86−15) E組の50? 「臍そうじをされる」