昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。なお、P.201 からは奇譚クラブ以外の媒体で販売された写真もご覧いただきます。

中塚文子

160) 白表紙時代のモデル達(供忘寛貳智子、中塚文子、益田房子

5月7日。156頁 V組百態(供砲房命燭鬟▲奪廚靴泙靴拭J擦擦討翰ください。
同日、このページも佐賀嬢の分を終えました。
たおやめ様から、159頁19〜21は、中塚文子嬢とのご教示をいただきましたので、整理の都合上こちらに移します。
156頁。2017.7.14にV37からV52までを追加し終了しました。ご覧ください。

 前頁の写真が30葉を越えましたので、佐賀嬢、益田嬢は此方でお目にかけます。

160−1〜5) 佐賀美智子嬢 五枚
 佐賀嬢は1956年6月号が奇クグラビアデビューで、「曼荼羅華の萌芽」という訳のわからないタイトルが付いています。 見渡しても花も紅葉もないトイレの前の写真で、どういう意味で付けたのか分からない。 続いて7月号グラビアの「凝視」も同じ浴衣を着ています。
 上記、間違いです。グラビアデビューは56年4月号。「こんなポーズでお気に召すかしら?」との表題です。その前、55年12月号から3月号まで休刊(発禁)していますので、復刊早々のデビューという事になりますね(2020/10)。 
 佐賀嬢の分譲写真は55年11月にキャビネ版2組が出ていますので、写真販売のほうが早かったんですね。発禁や自粛やらで白表紙時代は活動が難しかったんですね。
 写真は手札版五枚組。 56年8月号で発売になった、
DS06「首縄万華」でしょうか? 解説は、「すらりと伸びた八等身の裸身にきびしく掛った胸の縄、そして首の縄、後手の手首を下げれば首が締まるし、首縄をゆるめようとすれば、後手は高々と持ち上げねばならない、その苦痛と醍醐味。」 仏教由来の難解な言葉がやたら出てくるのですが、新興宗教にでもハマッタのかな?    
 
159 佐賀美智子12Mc159 佐賀美智子13Mc
159 佐賀美智子14Mc159 佐賀美智子15MBc

159 佐賀美智子16Mc

160−6〜8) 佐賀美智子嬢 ES06? 腰巻き写真
 「腰巻き」とはっきり書いてあるのが、ES06しかないので、そうかなと思うのですが、これは2枚組なんです。どこからか1枚混じり込んでいるのですが、BS組やR組にはそれらしいタイトルがありません。一応ES06の解説を書いておきます。  
 略号 ES06 タイトル「あわや寸前」 大手札2枚組 解説は「腰巻一枚にむかれて、後手猿ぐつわ、その腰巻もお臍の下まで引きむしられて、今まさに、ぱらりと落ちん風情、然し両手のきかぬ悲しさ、只腰をくねらすばかり。」

160 佐賀美智子41Mc160 佐賀美智子42Mc

160 佐賀美智子43Mc


160−9〜10) 佐賀美智子嬢
 1956年12月号でアナウンスされた、ES01のうちの2枚かなと思っています。表題は「ヌード緊縛集」解説は「珍しく全裸となった美智子嬢が寝台の上に仰向けになって頭を床の方へ下げて顔を逆さのまゝ正面向いて胸に締った縄に苦痛の表情よろしき悦虐ポーズ、他の二枚も共に寝台上のヌードのポーズ」というものですが・・・。うぐいすの身をさかしまに・・・ってのがありましたかね? 他の二枚なんて分かるわけがない。 
 60年前の写真ですが状態は非常に良いものです。わずかにセピアがかっているのですが、非常にきれいです。イーゼルの所為で完全な長方形じゃないのですが、伸ばしボケもなく、丁寧にプリントされています。1枚1枚手焼きで処理されたので、未だにきれいな状態を保っているのだと思います。

160 佐賀美智子09-44Mx160 佐賀美智子10-45Mc


160−11〜13) 佐賀美智子嬢 
 お尻が「帆立貝」になっていますので ES10 かと思ったのですが、さるぐつわはしていません。すると同じく12月号でアナウンスされた ES07かな? 表題は「剥れたズロース」。解説は「くるりとお尻をめくられたメリヤス製の白のズロースは、いやいやという哀願もものかわ、膝頭から足首へと、一本の棒のように丸められて剥れてゆくのだった。後手のまゝ身悶える佐賀嬢のポーズは五枚とも、まさに天下一品」
 どうもよくわかりません。


160 佐賀美智子11-46Mc160 佐賀美智子12-47Mc

160 佐賀美智子13-48Mc


160−14〜21) 佐賀美智子嬢 
 括っている紐が同じでポーズが似ているのでひとまとめにしてアップします。
 「
メリヤス製の白のズロース」が、脚の周りにまとわってます。今ならダサい、色気ない、の一言ですが、当時は結構ソソる下着だったんでしょうか? 
 
160 佐賀美智子14-49Mc160 佐賀美智子15-50Mc160 佐賀美智子16-51Mc

160 佐賀美智子17-52Mc160 佐賀美智子18-53Mc

160 佐賀美智子19-54Mc160 佐賀美智子20-55Mc160 佐賀美智子21-56Mc



160−22〜24) 中塚文子嬢

 159−19〜21)浴室3態  須川令子嬢 が、中塚文子嬢の間違いでしたので、こちらに移します。
 AS02「浴室の緊縛プレイ」と思ったのですが、DS07「浴室股間縛」3枚組でした。解説は「新人中塚がAS6、CS6、に続いてマニアの方々に問う傑作、彼女の作品は、その大胆さと強烈さのために、どなたからも絶讃を頂いている。是非一集を!」となっています。

159 須川令子24Mc159 須川令子25Mc159 須川令子26Mc

 以上3枚で中塚文子嬢を終えます。 159頁の該当部分は削除します。


160−25〜29) 益田房子嬢 (ふさこ)「ヌード縛り5態」

 続いて益田房子嬢をご紹介します。益田嬢も中塚嬢と同じで、略号の組は3種だけですので特定は楽です。
 (かな)による略号は、1955年にもありましたが、本格的に使われたのは57年からでした。これは58年12月の発売ですが、3文字の略号となっており、まだ統一されてはおりません。
 略号(ふさこ) 解説は「全身くまなく見る人の前にさらけ出した大胆なポーズ。」


160 益田房子01Mc160 益田房子02Mc

160 益田房子03Mc160 益田房子04Mc

160 益田房子05Mc


160−30〜32) 益田房子嬢 (くもん)「寝室の苦悶」

 同月発売の3枚組(くもん)。 解説は「ベッドの上、後手にいましめられて転々と悶えてやまぬ房子嬢」 となっています。

160 益田房子06Mc160 益田房子07Mc
160 益田房子08Mc

 これでこのページを終えます。









145) Miss Fumiko Nakatsuka in 1956 / 145) 中塚文子 須川令子 益田房子 厚狭春江

145−1a〜1e) 中塚文子 AS06 『強烈股間緊縛』
 昭和31年4月号で発売された、中塚文子のAS06 6枚組と思われる写真です。5枚見つかりました。
 解説は 「新人中塚文子嬢を観念させた新考案の強烈股間縛りは豊満な全裸の肌を容赦なくさいなみつづける」 となっております。
 最初、須川令子かと思い、分類していたものですが、このブログ2頁の最初の写真、R45 から中塚文子と知れました。
 中塚文子は56年4月から8月にかけて3組13枚が発売されており、59年10月のR組で5枚が追加されています。
 
145 AS06中塚文子 04Cb145 AS06中塚文子 04Mc
145 AS06中塚文子 05Cb145 AS06中塚文子 05Mc
145 AS06中塚文子 06Cb145 AS06中塚文子 06Mc
145 AS06中塚文子 07Cb145 AS06中塚文子 07Mc
145 AS06中塚文子 14Cb145 AS06中塚文子 14Mc
 サムネイルの大きさが少し違いますが、実ファイルは同じ大きさです。最後の写真が2頁の R-45 とほぼ同じ写真です。
 ・・・と書きましたが、最後の1枚はどうやら R-45 『股間縛り』 そのもののようです。すなわち、AS-06 が4枚とR-45が1枚ということですね。猿轡のあるのがR組という事でしょうか。
  

145−2a〜c) CS-06 『排泄の強要』 中塚文子 
 私は、トイレの写真は須川令子だけと思い込み、そのように分類しておりました。調べてみると、桜井葉子、三浦純子、須川令子、川路むら子、大塚啓子、中塚文子とあるようです。
 56年5月号でアナウンスされた、CS-06 『排泄の強要』 4枚組。解説は「新人、中塚文子嬢の再び登場、場所を洋風のトイレに選び、すべて狭い便器の上で、ポーズをとらした稀少な一篇、前回の強烈股間緊縛で好評を博した中塚嬢が、更に新生面を拓いた緊縛マニヤも浣腸マニアも必見の緊縛フォト。」 となっております。今なら和式トイレと言うべきですが、この当時は洋風と呼ぶに値したようです。
 なお、この2cの写真は、R組98の 『トイレ正面排泄縛』 の可能性が大です。プリントの退色が少なく、ガラス式ネガキャリアーに起因するニュートンリングが出ております。猿轡もされており、同じ組とは考えにくいのです。
 
145 CS06中塚文子 08Cb145 CS06中塚文子 08Mc
145 CS06中塚文子 09Cb145 CS06中塚文子 09Mc
145 CS06中塚文子 10Cb145 CS06中塚文子 10Mc


145−3a〜c) DS-07 『浴室股間縛』 中塚文子
 56年8月号で発売された、DS-07 3枚組と思われます。「新人中塚がAS6、CS6、に続いてマニアの方々に問う傑作、彼女の作品は、その大胆さと強烈さのために、どなたからも絶讃を頂いている。是非一集を!」 と説明が添えてあります。
 このガードルガーター。当時アメリカ好みのモダンな下着だったんでしょうね。前の写真でガーターが撥ね出ているところがエロっぽいです。モダン好みの私の母がし始めたのが昭和32年ごろだったかな? 今は見る影もない母ですが、当時はくっきりした顔立ちの華やかな美人で、モテモテだったんです。
 中塚文子は以上でおしまいです。
 
145 DS07中塚文子 11Cb145 DS07中塚文子 11Mc
145 DS07中塚文子 12Cb145 DS07中塚文子 12Mc
145 DS07中塚文子 13Cb145 DS07中塚文子 13Mc


145−4) 須川令子の1 
 99頁で須川令子とお教えいただきました写真です。
 
145 須川令子 01Cb145 須川令子 01Mc

145−5) 須川令子の2 
 同じ写真が別冊奇譚クラブ60年11月号『淫火』のグラビアに出ておりました。 
145 須川令子 02Cb145 須川令子 02Mc


145−6) 須川令子の3 益田房子 
 GT−5500様よりご教示いただきました。
 なるほど益田房子ですか。58年の12月号『寝室の苦悶』(くもん)「ベッドの上、後手にいましめられて転々と悶えてやまぬ房子嬢」 ということですね。
 
145 須川令子 03Cb145 須川令子 03Mc


145−7) モデル不明、大塚啓子か? 厚狭春江
 下の写真と撮影場所は同じで、似た縛り方なんですが、ヘアスタイルが違います。
 GT−5500様より厚狭春江とのサジェッション。53年7月号112ページ下段の写真ですね。なるほど、これは納得がいきます。でもこのグラビア(オフセットかも知れませんが)4ページに、南泰子、高瀬忍、厚狭春江、村田那美子、坂口利子、高瀬忍と、各人ほぼ1枚ずつ掲げられているだけ。よくお気づきになられたと思います。訂正致します。
 
 
145 大塚啓子? 15Cb145 大塚啓子? 15Mc


145−8) モデル不明、大塚啓子か? 厚狭春江? 
 大塚啓子に似ているんですが・・・誰でしょう?
 
 大塚啓子は58年からです。これはもっと前の写真でしょう。厚狭嬢かも知れませんが、この当時、モデル嬢を複数呼んで同時撮影していたようですので。他のモデルさんの可能性もあります。私にはよく分かりません。 
145 大塚啓子? 16Cb145 大塚啓子? 16Mc






 
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