川端嬢ばかりでは退屈ですので、それに続くモデルさんをご紹介します。
53年9月号、「縛られた女ばかりの座談会」の同席者、厚狭春江、坂口利子、村田那美子、雲井久子、高瀬忍といった面々が、川端嬢と重なりつつ、その直後を引き継ぎます、そして55年の第1期黄金時代には、萩千恵子、川辺砂登子、伊吹真佐子が加わります。
このページでは、川辺砂登子嬢と村田那美子嬢にスポットを当ててみたいと思います。ちょっと自信がないのは、以上に掲げたモデルさんの中に、顔を充分に撮させなかったかたが居て、モデルの特定に確信を持てないことです。

134−1) 川辺砂登子の1
55年4月号のp.240に掲載された写真です。高瀬嬢と川辺嬢は印象が似ているので、掲載されていなかったら特定出来なかったと思います。

134−2) 川邊砂登子の2
同号p.238の写真の同時撮影分です。
グラビアとしては、55年1月号「足首に鎖のある風景」
着用の衣装は、網レオタードのように見えます。この時代に、貴重なものでは無かったでしょうか?

134−3) 坂口利子(たおやめ様からのご教示)
一応川邊嬢に分類したのですが、自信がありません。このツブツブのある乳輪と左腕の傷。同種の写真が見つかれば簡単なのでしょうが・・・。
たおやめ様から坂口利子とご教示頂きました。そう言われればたしかにそのように見えます。 有り難うございました。

134−4) 川端多奈子?
これも別人でしょう。 私見では川端嬢のように思えます。

134−5) 村田那美子 1
53年10月号の『野外の責場撮映にて』で発表された写真そのものです。辻村−塚本コンビによる作品。場所は富田林市の廿山古戦場(現錦織公園)に間違いありません。
記事には村田嬢が急に生理的変調を来した事が書いてあり、結果的に当時の珍しい前開き生理帯の写真が残ることになるのです。

134−6) 村田那美子 2

134−7) 村田那美子 3
これがその生理帯の後ろ姿。前姿は別の場所に掲示しました。

134−8) 村田那美子 4
この写真も、同号で使用されています。
この記事は、当時としては珍しく白い良質の紙に印刷されており、綺麗な写真が楽しめるのですが、オリジナルプリントの比ではありません。
ふくらはぎがちょっと妙に写っています。

134−9,10) 村田那美子 5,6
村田那美子の野外撮影は、上記廿山古戦場の他に、枚方市河内磐船付近、奈良県の笠置町付近の渓流と、いずれも山中で行われたようです。この2枚は何となく枚方っぽく見えるのですが、もちろん確証はありません。
あまり褪色していないので、B&Wだけでお見せします。

134−11,12) 村田那美子 7,8
一転、室内撮影です。室内の様子と縄掛けから同日撮影分とわかるのですが、ヘアスタイルが随分違って見えます。ミディアムショートとミディアムロングぐらいの違いがあります。

134−13,14) 村田那美子 9,10
この2枚も同日写されたものと思います。
134−15) 村田那美子 11

134−16) 村田那美子 12
深く猿轡がかかっているので、ちょっと判断しにくいのですが・・・

134−17) 村田那美子 12
ここらが、村田嬢なのか萩嬢なのか、見分けがつきません。

134−18) 村田那美子 13
134−19) 村田那美子 14
134−20) 村田那美子? 15
同じ場所に入っていたのですが、より近代的な絵です。村田嬢じゃなくて大塚啓子嬢のように見えます。
53年9月号、「縛られた女ばかりの座談会」の同席者、厚狭春江、坂口利子、村田那美子、雲井久子、高瀬忍といった面々が、川端嬢と重なりつつ、その直後を引き継ぎます、そして55年の第1期黄金時代には、萩千恵子、川辺砂登子、伊吹真佐子が加わります。
このページでは、川辺砂登子嬢と村田那美子嬢にスポットを当ててみたいと思います。ちょっと自信がないのは、以上に掲げたモデルさんの中に、顔を充分に撮させなかったかたが居て、モデルの特定に確信を持てないことです。

134−1) 川辺砂登子の155年4月号のp.240に掲載された写真です。高瀬嬢と川辺嬢は印象が似ているので、掲載されていなかったら特定出来なかったと思います。

134−2) 川邊砂登子の2同号p.238の写真の同時撮影分です。
グラビアとしては、55年1月号「足首に鎖のある風景」
着用の衣装は、網レオタードのように見えます。この時代に、貴重なものでは無かったでしょうか?

134−3) 坂口利子(たおやめ様からのご教示) 一応川邊嬢に分類したのですが、自信がありません。このツブツブのある乳輪と左腕の傷。同種の写真が見つかれば簡単なのでしょうが・・・。
たおやめ様から坂口利子とご教示頂きました。そう言われればたしかにそのように見えます。 有り難うございました。

134−4) 川端多奈子? これも別人でしょう。 私見では川端嬢のように思えます。

134−5) 村田那美子 153年10月号の『野外の責場撮映にて』で発表された写真そのものです。辻村−塚本コンビによる作品。場所は富田林市の廿山古戦場(現錦織公園)に間違いありません。
記事には村田嬢が急に生理的変調を来した事が書いてあり、結果的に当時の珍しい前開き生理帯の写真が残ることになるのです。

134−6) 村田那美子 2
134−7) 村田那美子 3これがその生理帯の後ろ姿。前姿は別の場所に掲示しました。

134−8) 村田那美子 4この写真も、同号で使用されています。
この記事は、当時としては珍しく白い良質の紙に印刷されており、綺麗な写真が楽しめるのですが、オリジナルプリントの比ではありません。
ふくらはぎがちょっと妙に写っています。

134−9,10) 村田那美子 5,6村田那美子の野外撮影は、上記廿山古戦場の他に、枚方市河内磐船付近、奈良県の笠置町付近の渓流と、いずれも山中で行われたようです。この2枚は何となく枚方っぽく見えるのですが、もちろん確証はありません。
あまり褪色していないので、B&Wだけでお見せします。

134−11,12) 村田那美子 7,8 一転、室内撮影です。室内の様子と縄掛けから同日撮影分とわかるのですが、ヘアスタイルが随分違って見えます。ミディアムショートとミディアムロングぐらいの違いがあります。

134−13,14) 村田那美子 9,10 この2枚も同日写されたものと思います。
134−15) 村田那美子 11 
134−16) 村田那美子 12深く猿轡がかかっているので、ちょっと判断しにくいのですが・・・

134−17) 村田那美子 12 ここらが、村田嬢なのか萩嬢なのか、見分けがつきません。

134−18) 村田那美子 13
134−19) 村田那美子 14
134−20) 村田那美子? 15同じ場所に入っていたのですが、より近代的な絵です。村田嬢じゃなくて大塚啓子嬢のように見えます。