昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。なお、P.201 からは奇譚クラブ以外の媒体で販売された写真もご覧いただきます。

竹野ひろ子

151) miss Yoko Sakurai & Bondage Photos with GAG / 151) 桜井葉子とさるぐつわ写真

 長く更新しませんと、全ての勘が鈍ってくるようです。桜井葉子嬢なんてとっくにUPし終わってると思ってました。まだだったんですね。
 猿轡写真が多いので、同時期の猿轡モノをいっしょに・・・と思ったのですが、149ページの木村洋子のところで、別に6枚ほどの猿轡写真がモデル不明で残っていますので、このページではそちらをお見せします。

151-01) 桜井葉子 1 
 桜井葉子嬢の分譲写真は60〜61年に4組12枚が発売されました。(かさ)3枚組を77ページに掲載しています。
 英字組は63〜64年のZ組とA組計5枚と、あれだけグラビアを賑わせたモデルさんにしては少量です。
 フィルムはパンクロといっても、オルソに近い時代。人物を撮るときはY2フィルターが必須でした。引き伸ばし機もうまく調整しないと周辺光量が不足した時代です。
 写真の題名は、ちょっと特定できません。
151-01 桜井葉子1d151-01 桜井葉子1E
 写真01bを追加します。原板は黒バックの人工光にしてはたいへんコントラストの低い写真でした。同時に、私のディスプレイは写真修正専用にチューニングしてありません。以前(100ページあたり)はそうしていたんですが、プリント用に調整するとWebに表示したときコントラストがつきすぎるんです。遊びで他のサイトを見ても面白くありません。
 それで、デフォルトに戻して、写真修正はやや柔らかめを心がけていたんですが、実際にプリントしてみるとコントラストが弱すぎたように思います。そこで前ページあたりから、もう少し硬めにしてみましたが、未だばらつきが出ています。01bですと黒つぶれ白飛びがおこっているのですが、あまり複雑な処理も出来ず、まあ自然に見える範囲でお目に掛けようと思っています。
 猿轡で顔が隠れている写真7枚を追加します。誰でしょうね? 

151-02 桜井葉子2c151-02) 桜井葉子 2
 Z-17 『くの字の足指苦悶』でしょうか?











151-03 桜井葉子3c151-03) 桜井葉子 3
 A-50 『立木縛竹棒責め』 と思われます。












151-04 桜井葉子4c151-04) 桜井葉子 4
 A-22 『 両手吊り股間吊り』 と思われます。












151-05 桜井葉子5c151-05) 桜井葉子 5
 Z-39 『尻立て縛りポーズ』 と思われます。






151-06,07) 誰でしょう? 1,2
 わからなくなると見境無く人に訊こうとする。私の悪い癖ですが、よろしくお願い致します。
151 誰でしょう1c151 誰でしょう2c


151-07,08) 誰でしょう? 3,4
 文化堂様より、関屋富佐子夫人とご教示いただきました。
112-11,12)でHASSAN様より頂戴したものを掲載しております。お二人に御礼申し上げます。 
151 誰でしょう3c151 誰でしょう4c


151-09,10) 誰でしょう? 5,6
 この左乳房の上に薄いアザのあるモデルさんはどなただっけナー。ああ、ひょっとしたら竹野ひろ子かもしれません。122ページに何枚かアップしています。
 
151 誰でしょう5c151 誰でしょう6c


151-11) 誰でしょう? 7
 文化堂様から金原奈加子とのご指摘です。ありがとうございました。107-28)や142-2-3) あたりと同時撮影分ですね。  
151 誰でしょう7c





 


 

122) 教えて下さい・・・竹野ひろ子 大島照代

コレクションから関谷夫人をピックアップしていて、分からなくなった分があります。
 お一人は、大島照代さんと知れましたが、この人は誰でしょう?
 偐関屋田舎源氏? それとも関谷夫人本人ですか? 皆様のお知恵にすがります。お教え下さい。

 以上のように皆様にお知恵をお願いしましたところ、 随心院様、名和様、GT5500様からご教示頂き、竹野ひろ子と確認致しました。そこで、01枚目から04枚目までの文章を書き換えます。ご教示有り難うございました。

122-01 不明モデル−1122-01a) 竹野ひろ子−1a
 竹野ひろ子のかな組は、62年1月号の(まい)(まろ)の計6枚。おしめカバーガールのひろ子ですが、それは(まろ)で、90頁の4a〜cに掲載済みです。
 英字組は63年1月のZ組、B組と8月のE組に16枚。この写真は3枚組と思われますが、(まい)は「完全に自らの下着をむしり取られて・・・」とありますので、やはり英字組の3枚か?
 誌上グラビアとしては、62年3月号の『嵌口に憑かれて』以下5葉にあたります。








122-05 竹野ひろ子−1b122-01b) 竹野ひろ子−1b
 新たにスキャンしました。上記と同じ時に同じ状態で撮影されたと思われますので、枝番で表示します。














122-06 竹野ひろ子−1c122-01c) 竹野ひろ子−1c
 左乳房の痣がよく見えます。
                           
                           













122-02 不明モデル−2122-02a) 竹野ひろ子−2a
 ここからが、随心院様仰有る、美しき縛め第11集の写真ですね。02,03,04と合わせて5枚在ります。






122-07 竹野ひろ子−2b122-02b) 竹野ひろ子−2b
 これも追加分です。







122-03 不明モデル−3122-03) 竹野ひろ子−3
 さて、問題は竹野嬢の左のおっぱいの乳首上方内側に見える異物のことです。何でしょうか? アザ? 腫物痕?
 このページは関谷夫人と見間違えたモデルさんを掲示しているのですが、間違えた原因はこの痕跡なのです。
 関谷夫人にも、121-04や10、20に顕著なように、左乳の同じところに痕跡があります。後編ではもっと明確に写っています。
 全くの別人の、全く同じ箇所に痕跡がある。名和様はお気づきのようでしたが、不思議なことです。








122-04 不明モデル−4122-04) 竹野ひろ子−4
 これは、ひょっとすると縄ズレ、もしくは縄ダコとでも呼べる、縛られ女優特有の職業病ではないかと思うのですがいかがでしょうか?
 乳ガンじゃあるまいし、乳房の特定部位に出来やすい腫物なんて聞いたことがありません。
 乳房を上下に縛るにしても、亀甲に縛るにしても、ここの部分は常に縄が来るところじゃないでしょうか? 2重縄だと動くたびにおっぱいが挟まれたりして。
 じゃあどうして右側にはないんだ? 股縄を掛けると、そこの部分にもタコが出来るのか? とか、いろいろ疑問が出て参ります。
 女性を縛った経験のあるかたのご意見を、ぜひ戴きたいと思います。
 このページは竹野ひろ子さん9枚。大島照代さん5枚の予定です。





122-08 竹野ひろ子−5122-05) 竹野ひろ子−5
 新スキャンです。
 同じ場所での撮影なのに、随分設定を変えています。上の写真に比べてこちらのほうが撮影時刻が早いのでしょうか?














122-09 竹野ひろ子−6122-06) 竹野ひろ子−6
 新スキャンです。
 これはバックが違って見えます。
 62年5月号のグラビア、「私のよろこび」と同じです。














122-07 大島照代−1122-07) 大島照代−1
 最初関谷夫人と思って分類したのですが違ってました。
 67年7月号でアナウンスされた、大島照代夫人の(しむ) 『牝犬と奴隷の生態』だと思います。大手札4枚組で「肉づきのよい<牝大>、そして如河なる苛酷な命令でも易々として涙をのんで従う<奴隷>の生々しい姿を四葉のフォトによって具さに観察して頂こうと思う。」と解説されています。
 お腹の札はセロテープで貼られていて、ちょっと興ざめです。










122-08 大島照代−2122-08) 大島照代−2
 上記と同じ組でしょう。
 この方のお臍は随分特徴的ですね。曲がって付いているように見えます。
 もし、これらが開股ポーズであれば、3月発売の(そよ)と考えたでしょうが、閉じてますので(しむ)だろうと思います。













122-09 大島照代−3122-09) 大島照代−3
 電気のコードのようなもので縛られています。同月発売の(しく)がそれにあたります。
 ここにアップした5枚の写真は、全て顔が暗く、全体に硬調です。
 67年11月号に、河本光三という人の名で、「大島照代との顛末記」という懸賞告白が載っています。多分内部の人間のフィクションと思いますが、筆者は婦人用生理バンドの行商をしていたことになっています。
 ありましたねー、そういう商売が。市場の横手あたりで、露天でも売ってました。当時は既に黒は少なく、ピンクやブルーでしたが、薬店あたりで売っている最新のネット式ではなく、古風な替えゴム式でした。母子寮というのも在りました有りました。





122-10 大島照代−4122-10) 大島照代−4
 同上です。
 大島夫人は、67年の3月から11月にかけて、かな組を25組も出していらっしゃったんですね。あとはX組が4枚あるだけですが。














122-11 大島照代−5122-11) 大島照代−5
 この下着、印画紙ではゴムのように見えたのですが、拡大してみると腰ひもの部分はバイアスに織り目が見えます。クロッチ部分も布のような風合いが見て取れました。男性用のスポーツサポーターか? はたまた当時最新式の生理用品だったのかも知れません。
 スキャンテクニックを駆使したつもりなのですが、自然な階調を保ちながら顔を明るくしようとしますと、腰の白飛びが救えませんでした。それくらい硬い印画でした。









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