昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真 - Japanese Bondage Photos presented by "The KITAN CLUB" in 1951-'75

 昭和のよき時代、奇譚クラブという雑誌がありました。記事に使う目的で撮影した緊縛写真を分譲してくれました。今では滅多にお目にかかれない貴重な品なのですよ。そのオリジナルの緊縛写真のみをアップいたします。 皆様の秘蔵品もよろしければいかがでしょうか・・・。

 偶々手元に置くことになりました約2,000枚に及ぶ、50年代から75年の奇譚クラブの分譲写真を掲載します。なお、P.201 からは奇譚クラブ以外の媒体で販売された写真もご覧いただきます。

緊縛

91) 絹川文代 あい かい から きき きぬ きん?

 たいへん長らくお待たせ致しました、いよいよ絹川文代にかかります。
 私の手持ち写真はそう多くなく、せいぜい70枚ぐらいでしょうか。ローマ字組の分ではっきりしているモノは、それぞれのページでご紹介しましたし、女斗美モノは以前纏めました。その時バラで裏書きの有るものは、例えば66)ページの後半に掲載致しましたので、今回はそれ以外の単身での写真となります。
 A4でしたら充分に伸びると思いますので、プリントして壁にかけて下さい。それくらい芸術性豊かな美しい写真です。

 7月19日(きぬ、きん?)追加しました。



絹川文代あい191−1a) (あい)の1
 最初は60年2月号「女体責写真厳選集」で初出の(あい)3枚組です。題は『哀花悶々』、「白く輝く女肌をぎりぎりとタテに縛りあげて悶えに悶えぬく哀れにも艶な姿を見せてくれたが……。」と解説されています。ムーディーな題ですが、これでは何の写真やらわかりません。


 

 

 










絹川文代あい291−1b) (あい)の2
 これが62年の12月に、同じ略号で再掲出されており、題名が『鐶利用股間縛』、解説が「豆しぼり猿ぐつわ、朱色ロープ使用、首繩、鐶利用股間縛り両脚大の字開き強烈なしばり。」と具体的に記述されており、これが決め手になりました。
 マニアとしては、股縄がズレているのが気になるのでしょうか?

 

 








 

 



絹川文代あい391−1c) (あい)の3枚目
 丁寧に手焼きされた、実に綺麗な印画です。スポッティングはいたしましたが、階調の調整はほとんど無しでアップしています。

 








絹川文代かい191−2a) (かい)の1
 上と全く同じ60年2月号の(かい)3枚組。
 題名『女体開陳』 解説「美貌の絹川さんがきびしい縄目に足の指をくの字に曲げての喘ぎよう。なんという美しい惨劇だろうか……。」とあります。何となく横溝正史か江戸川乱歩のようで、絵が伝わりません。
 これが、63年2月号では、題名『キの字股間縛』、解説は「白布猿ぐつわ、白色綿ロープ使用、乳房の上下二条、二の腕み二筋、高手小手、強烈股間しばり開股、足の指を屈げ、反らして苦痛に耐える表情もいたいたしい。」と情景描写してくれています。






 


 



絹川文代かい291−2b) (かい)の2
 窓の入った逆光というのはなかなか難しいものですが、見事に当時のフィルムのラチチュード内に納まっています。きれいなプリントです。

 









 

 





絹川文代かい391−2c) (かい)の3枚目

 







 

 

 

 

 

 




絹川文代から191−3a) (から)の1
 同じく60年2月初出。略号(から)3枚組。
 題名『雁字搦目』 解説「首、胸、腹、腰、股とガンジガラメに肌に喰い込めとばかり、無茶苦茶に縄をかけられ、猿ぐつわに呻めく……。」
 66)ページに挙げた写真と全く同じ図柄ですが、別の写真です。あれは1枚のみ(から)と裏書きがあった、かなり黄ばんだ写真でした。これは3枚組み物として持っており、黄ばみ具合はうっすらという感じです。
 大手札というと今のL判と同じ大きさなのですが、丁寧に処理してあります。現像引き伸ばしは名人級です。








 



絹川文代から291−3b) (から)の2
 これが、63年2月号には再度アナウンスされ、題名『亀甲型股間縛』 解説「水玉模様手拭猿ぐつわ、白紺マダラロープ使用、首繩亀甲縛り臍中心菱型、下腹より喰い込む強烈股間しばり。開股して恍惚たる表情はふるいつきたいばかり。」とあります。
 このマダラロープですが拡大してみるとなかなか複雑な編み方模様がなされていることが分かります。柔軟で表面の凸凹が少なく、モデルさんの身体をいたわるかのようです。





 

 


 



絹川文代から391−3c) (から)の3枚目








絹川文代きき191−4a) (きき)の1
 これも66)頁にカラーで掲出しました。その時は(きき)が別に3枚揃っているとは思わなかったのです。
 同じく60年2月号。白表紙時代ですが、題名『危機一発』 解説「後手猿轡の無防備な身体に襲いくる悪魔の手によって手荒に引きはがれようとするパンテイ……。」とあります。






 

 

 


 


絹川文代きき291−4b) (きき)の2


 

 






 

 

 

 





絹川文代きき391−4c) (きき)の3枚目



 

 





絹川文代きぬ191−5a) (きぬ)の1枚目
 追加します。
 66頁に1枚だけアップしました(きぬ)3枚組です。66頁の写真の裏に(きぬ)と書き込みがありましたので、3枚とも間違い無いと思います。不思議なことに、これら3枚はピント階調共に、あまりきれいではありません。58年12月という年代のなせる業でしょうか?




絹川文代きぬ291−5b) (きぬ)の2枚目
 58年12月号初出。表題『全裸緊縛集』、略号(きぬ)、大手札3枚組、解説「輝くばかり純白の美女の柔肌にきびしくも、痛ましく、喰い込んだ縄目の鮮やかさ。」
 絹川文代嬢のデビュー分譲写真です。






絹川文代きぬ391−5c) (きぬ)の3枚目
 





 

 

 

 


 







絹川文代きり?191−6a) (きり?)の1枚?
 確証はありませんが、59年の2月号初出、略号(きり)3枚組の1枚と思われます。表題『緊縛全裸立姿』、解説「後手にきりきりと縛しめられた全裸の立姿は麗しくも神々しく我々の目に輝く。」とあります。何かしら、お隣の国の首領様のような表現ですね。
 表題や解説から中味が見えてこないので、何とでも解釈出来ます。同じ2月号の(きた)『全裸高手小手』かも知れません。
 Z組の65『白肌露出の全裸縛』というのも有力な候補です。






 




きん1?絹川文代91−7a) (きん?)の1枚目?
 これはまた綺麗な印画です。63年3月号初出の(きん)3枚組に比定しました。
 表題『美貌の裸身に縄目』、解説「絹川文代の美貌にきっちりかまされた豆絞りの猿ぐつわ、一糸まとわぬ麗身に黒ずんで手垢に汚れた縄が厳しくまといつき、しなをつくって悶える表情と全身のうねりとを刻明に描写して絹川文代フアンに捧げる。」とあります。



きん2?絹川文代91−7b) (きん?)の2枚目?
 とはいえ、他の可能性もあります。「一糸まとわぬ」が引っかかります。ずれたパンティーがあるじゃないですか。
 63年8月号の(ほの)とも考えました。『浣腸器と女』、「ベッドの真白いシーツの上に後手にきびしく縛り上げられ、口には汚れた豆しぼりの手拭がぴったりと掩れている。下げられたパンテイ、浣腸器がとの捕われの美女のヒップに向って、徐々に執拗な触手で迫ってくる。」 でも、肝心の浣腸器が無い・・・・・・。


絹川文代きん3?91−7c) (きん?)の3枚目?
 デビューから5年。時代も変わり、ヘアカラー(ヘアダイ?)も少しずつ一般的になってきた頃でしょうか?









89) 大塚啓子 不明分2


 あと、十数枚ですが、ページを変えます。単独でますます判りにくい写真や大塚嬢かすらも判らない写真を掲げます。

大塚啓子不明分1489−14)
 笑っているように見えるのは擽り責めなんでしょうか?


 






大塚啓子不明分1589−15)
 ショートヘアですので、63年以降でトイレとなると、G組の44「トイレを前にして」(64年11月)でしょうか。他には見つかりません。









 

 

 

 

 




大塚啓子不明分1689−16)
 両手鎖吊りですが、それらしい題名が見つかりません。64年、悪書追放の締め付けがきつくなった頃、出来るだけ縄を出すなと言うので撮影されたものかも知れません。







 

 

 

 




大塚啓子不明分1789−17)
 多分大塚嬢だと思います。題名まではちょっと・・・。




 




大塚啓子不明分1889−18)
 白布を掛けた台は祭壇のつもりでしょうか? 早くとも63年後半以後に撮影されたものと思います。もっと早く、ロングヘアの時代ならあるのですが、それらしい題名がありません。






 

 

 

 

 



大塚啓子不明分19

89−19)
 髪型とバックは88−9)の2枚と同じですが、ショーツも光も違っています。

 







 

 

 





大塚啓子不明分20a89−20a)
 63年5月号のグラビアで着用したのと同じパンティーです。何をショーツと呼び、何をパンティーと呼び、何をズロースと呼ぶか難しいところですが、何となくふわふわヒラヒラしていて頼りないのがパンティーとしておきます。






大塚啓子不明分20b89−20b)
 上と同じ組だと思いますが、その組が見つかりません。

 







 

 

 

 






大塚啓子不明分2189−21)
 これもパンティーは同じなのですが、そして縛り方も同じで、同日撮影だと思うのですが、床の敷物が違うように思います。







 

 

 

 

 





大塚啓子不明分2289−22)
 このモデルさんは果たして大塚嬢かなと思いましたが、63年8月号グラビアで同様の写真を見かけましたので確信が持てました。
 前期の作品ですので、63年8月の、E組63「亀甲型の雁字搦目」あたりでしょうか? でも雁字搦目と言えるかな?

 

 

 







 




大塚啓子不明分2389−23)
 E組の12、「逆エビにもだえる」などが候補です。

 







大塚啓子不明分2489−24)
 E組の77、「踏みにじられた顔」が候補に挙がります。





 


 
大塚啓子不明分2589−25)
 おむつカバー(おしめカバーとも言いますが)のフェチフォトです。このカバーは絹川嬢なども着用していますが、雑誌では赤のビニールカバーと出ております。しかし、大塚嬢の分譲写真でビニールカバーというのは全く出て参りません。
 64年11月のG組の42、「オシメカバー縛り」ぐらいでしょうか? かな組のオシメカバー写真は全てストーリー仕立てになっており、該当しないように思います。








 



大塚啓子不明分25a(G42?)89−25b)
 挿入します。生ゴムおしめカバーとして紹介されているものです
。よく見るとホックが裏返っているようで、裏表逆に着用されているようで、本来肌に触れる側が表に出ているようです。
 雑誌のグラビヤを賑わした写真ですが、分譲名を探ろうとすると難しい。ゴムカバーを主題とするか、浣腸排泄をこらえるを主題とするか・・・? G組の42、あるいは(かは)あたりが候補です。オムツカバーのゴムもそうですが、綺麗な肌もヌメヌメです。



大塚啓子不明分2689−26)
 随心院様からのコメントを戴き、元気を取り戻して、書き込み再会します。
 と言っても、分からないものは分からないのですが・・・。ずいぶん後期の限定版のグラビアにでも載っていそうな綺麗な写真です。






大塚啓子不明分27(E77?)89−27)
 これが随心院様からヒントを戴いた、「花と蛇」臨時増刊号第2グラビア冒頭の写真類似分です。次のページからは左側にイルリガートルが吊してあり、浣腸フォトであることが判る仕掛けになっています。
 と、ここまでは良いのですが、写真の題名は分かりません。

 


 







 



大塚啓子不明分2889−28)
 62年10月号グラビアに「おさげ髪の娘」として掲載されたものと同時撮影だと思います。


 

 

 











大塚啓子不明分2989−29)
 E組の77「逆エビに反る足先」というのがぴったり来る様です。63年8月ですと年代的にも符合します。

 






 


 

 






大塚啓子不明分3089−30)
 同じ蒲団の上で撮影していますが、逆エビと海老責めです。膝を曲げるだけで緩んでしまいそうな縄ですね。題名等不詳です。


 

 

 






 





大塚啓子不明分3189−31)
 荒縄で縛りかけという感じ。髪型を見るまでもなく、かなり昔の写真です。当時は撮影光源が不足していましたので、どうしても下半身が暗くなってしまうことが多かったようです。腰から下が、血の流れが悪くなったように見えるのですが、冬季の撮影だったのかも知れませんが、多分照明の加減だと思います。






 

 

 




大塚啓子不明分3289−32)
 これはまた光と言いポーズと言い、グンと近代的な写真です。でも出所は判りません。






 

 

 


 

 




大塚啓子不明分3389−33)
 E組の9、「ハリツケられた娘」でしょう。
 81)に略号(はり)を2枚ご紹介しましたが、これは大キャビネ判でした。今で言う2Lですね。こちらは大手札(L版相当)で、カメラポジションもややロングになっています。

 

 

 










大塚啓子?不明分?3489−補遺1)
 ここからは補遺として、大塚嬢ではなかった可能性の高い写真を、未練たらしくご紹介します。モデルさんの名前が分かったらコメント下さい。
 この写真は、最初大塚嬢かと思って一緒にスキャンしたのですが、どうも違うような気がします。どなたか、良いヒントを頂けませんでしょうか。
・・・・・・・・・・と書いたのですが・・・・・・・・・・
 随心院様のご指摘で、これは大塚嬢に間違いないようです。とすると題名は明確です、G組の67 「目かくしのハリツケ」これで決まりです。










四方清美Z14?89−補遺2)
 これも随心院様のご指摘により大塚嬢と判明致しましたので、90)ページから移転しました。
 Z組の12かE組の59、88あたり。59でしょうか? 「黒髪を吊られた女」 86頁の写真よりはこちらがそれらしいです。








 






大塚啓子?不明分?3589−補遺の補遺の補遺サッサ)
 これは全く違います。奇クの分譲写真でもありません。奇クとは違い、フチ無し写真で、最初は大塚嬢が他の雑誌でモデルをした証拠になるかと思ったのですが、やはり別人でしょう。
 この手の写真は(性器丸出し、挿入を伴う緊縛写真という、世界基準で削除されそうなものも含めて)ずいぶんあるのですが、このサイトでは奇譚クラブの分譲写真に限って、浮気をせずにご紹介して参ります。








88) 大塚啓子 不明分1

 過去、大塚啓子の3つのページに関して、挿入挿入で皆様にご迷惑をおかけしましたが、どうにも分類のつかない写真がまだ50枚近くあります。ブログ全体をこれ以上見難くするわけにいきませんので、不明は不明でアップいたします。
 後で、やはりこの写真は何組らしいと判ったら文章を書き換えることで対応致します。

 なお、最近 livedoor ブログの写真のアップロード環境が悪化しました。以前は一度に2MBまでアップ出来ました。ですから600KBの写真を3枚同時アップということも出来たのですが、500KBということにスペックダウンされてしまいました。大手札300dpiでスキャンしたjpgの最高画質で600〜700KBですので、相当苦しくなりました。なぜスペックダウンされたのか理解に苦しみます。
 このままでは、またブログの引っ越しを考えねばならないのですが、アダルト指定出来るサイトは少ないようですので、当分圧縮を高めて凌がねばならないようです。何とか元通り2MBに戻して頂きたいものです。



大塚啓子 ? しん4?88−1a)
 (しん4)かも知れませんが、麻縄はこの1枚のみですので、ちょっと違います。
 同じ図柄が、36頁、大名刺サイズの補遺に納められており、特にこの写真はその1枚目と全く同じ図柄です。この写真は大手札への、なかなか綺麗なプリントですのでカラーでスキャンしました。
 300dpiスキャンしスポッティングしたものは、960KBありました。ですからずいぶん圧縮したことになります。圧縮が目立つ図柄じゃないですが、できれば、あまり圧縮しない状態でお見せしたかった。

 









大塚啓子 ? しん4?88−1b)
 同じシリーズですが、斑紐を用いております。
 もし(しん4)だとすると、
 初出 57年3月号
 略号 (しん4) 大手札5枚組
 題名 「全裸縛り」
 解説 『豊満な柔肌の全身に喰い入る麻縄の醸し出す妖しい美しさ』
 でもこの写真は麻縄じゃありません。




 

 






大塚啓子 ? しん4?88−1c)
 同じ機会の撮影ですが、プリントはより新しく、保管状態も良くなっています。変色が少なく、イーゼルも角の丸い固定式が使われています。
 芸術写真としても、なかなかいいポーズです。

 








 

 

 




大塚啓子 ? しん4の2?88−2a)
 これも(しん4)の可能性があるきれいな写真です。股間縛りですが、58年12月の(こか)ではないらしい。正面像が含まれていませんので。
 珍しくハイキーで綺麗な写真です。
 よく見ると、大塚嬢は股縄に何か布きれを夾んで貰っているようです。大切なところが痛まないように・・・ですね。モデルさんを大切に扱っているんですね。サディストを自認する人は、同時にフェミニストであるのかも知れません。












大塚啓子 ? しん4の2?88−2b)
 これは4葉とも麻縄です。さすがにこの角度から撮るときには、布きれは外してあるようです。







 

 

 

 






大塚啓子 ? しん4の2?88−2c)
 ちなみに、もし(こか)であるなら、解説は『正面、背面、横面と三態の全裸股間縛り。』となっており、正面がありませんので・・・。

 

 







 

 

 




大塚啓子 ? しん4の2?88−2d)



 







 

 

 

 





大塚啓子 ? 3 88−3)
 大分古い写真で、大塚啓子嬢じゃない可能性も高いと思われます。でも、この髪型は萩嬢じゃなし、村田嬢でもなし・・・。それにこの魅力的なお尻は大塚嬢くさいでしょ。

 






 

 

 

 





大塚啓子不明分488−4)
 同じ写真が2枚あります。奇クのグラビヤを飾った写真と記憶していますが、さて目録の何に当たるのかというと見当が付きません。







大塚啓子不明分5a88−5a)
 長椅子を使った開股写真ですが、それらしいタイトルが見あたりません。


 






 

 

 

 





大塚啓子不明分5b88−5b)
 怖いお顔です。初期の写真と思われますが、印画は綺麗で、スポッティング以外何も加工していません。

 

 

 

 

 










大塚啓子不明分6a88−6a)
 これも初期の作品です。(しん3)の一枚かとも思いましたが、あまりにもバックが違いすぎます。コーナー壁が光を和らげ良い効果を出しています。割合に綺麗に褪色していますのでカラーでスキャンしました。

 

 

 

 












大塚啓子不明分6b88−6b)
 同じ場所で、多分同じ日の撮影です。縄を替え、猿轡をして別テーマとしています。

 

 

 

 

 











大塚啓子不明分7a88−7a)


 

 

 

 

 












大塚啓子不明分7b88−7b)
 同じ場所で同じショーツだと思いますが、テーマが違いますので、同じ略号で分譲されたわけではないでしょう。

 







 

 

 

 





大塚啓子 ? 8a88−8a)
 浴衣をあしらった海老責め写真が2葉あります。かな組だとすると、(えり)(とう)(えふ)あたりですが、解説文と写真がピンときません。

 

 

 

 











大塚啓子 ? 8b88−8b)
 間違いなく同時撮影の分です。




 




大塚啓子 ? 9a88−9a)
 ショートヘアにしてからですから、63年から後でしょう。「食卓の上」にポイントがあるのか、「太股縛り」にポイントがあるのか良く分かりません。

 








 

 

 




大塚啓子 ? 9b88−9b)
 65年の発禁処分では、かなり以前から警告があったようで、64年頃から全裸が少なくなり、刺青、切腹、褌など、日本文化にこと寄せた物、縄の量を少なめに見せかけた物、など、それなりに工夫していたようです。
 濡木さんでしたか、全国PTAか何かの役員の、国防婦人会みたいなおばさん達と、糾弾集会の様な形で対峙した事が書いてありました。
 そう言えば、悪書追放のヤギのゴミ箱に東大の教科書が入っていたなんてのも、この頃のことだったでしょうか・・・。







 




大塚啓子不明分10a88−10a)
 鼻責め写真が5点あります。
 (はか)(なく)(ない)(なは)(うい)(たく)(はす)と候補もたくさんあります。

 







大塚啓子不明分10b88−10b)
 64年7月号で、この分のアップ写真らしき物が掲載されています。「鼻を弄ばれて」



 





大塚啓子不明分11a88−11a)
 この写真も、次のと対をなします。かな組で分譲された可能性が高いと思われます。
 グラビアで申しますと、64年4月号第一グラビヤ、「鼻責めの4ポーズ」あたりでしょうか?

 





 

 


 


 


大塚啓子不明分11b88−11b)







 


大塚啓子不明分1288−12)
 これや次は、英字組としてバラ売りされたものかもしれません。あるいは88−11)と3枚組なのでしょうか? ヘアバンド(カチューシャと言うのでしょうか)と化粧も少し違うように思うのですが。
 グラビヤとしては64年2月号「鼻をいじめられる」あたり。化粧は同様にケバいのですが、口紅が違っているように見えます。






 

 



 


大塚啓子不明分1388−13)
 63年4月号の第一グラビアに、このとき同時に撮影された写真と思われるものが、掲載されています。「鼻を弄ばれる啓子」







81) お白洲・拷問 美木乃々子 山原清子 大塚啓子

続いて、大がかりな装置を使った、お白洲・拷問モノをお目に掛けます。65年頃に大キャビネ判で発売されたものが多く、読み取りを240dpi.に落としピントアップもしませんでしたが、充分A4プリントに耐えると思います。
なお文中明らかな差別用語は伏せ字とさせて頂きました。歴史的用語であるとしても、原典を当たれば出てくることですので、敢えて原典通りの表記を繰り返す必要も無いと思いますので。


美木乃々子もは81−1) (もは?) 美木乃々子
65年4月にキャビネ3枚組500円で発売された(もは)「白洲に悶える」の1枚かとおもわれます。実際には大キャビネ判でした。
解説は 『均整のとれた奇麗な肢体と肌、殊にすらりと伸びた脛と素足の可愛いい美木モデル嬢が、白洲の上で厳しく縛られ、悲しさと恥しさに悶える美しい哀婉ポーズを展開しています。これこそ女囚の悲愴美の至極をきわめた好演技といえるでしょう。こうしてS派の皆さまの目に、いつまでもこのポーズを晒していたいのでしょう。』とあります。

 


美木乃々子もぬ81−2) (もぬ?) 美木乃々子
何かの責めの1枚目かも知れませんが、一応(もぬ)をご紹介しておきます。
(もぬ)「開股羞恥責め」65年4月発売3枚組の1枚
解説は 『女性というものは、苦痛に対して案外しぶとい耐久力を持っているものである。身動きもできない高手小手縛りの女囚を白洲に引きすえ、腰巻の乱れを必死に防ごうとはかない努力を続ける真白い足を八の字に開かせ、その柔かい足首に非情の細引きを喰い込ませようというのである。女囚の哀願と悲鳴の尾をひくなかで。』

 


美木乃々子もと81−3) (もと) 美木乃々子
これは明らかに(もと)「木馬責め」同月発売の大中判3枚組の1枚です。
解説は 『後手高手小手にきびしく縛しめられた腰巻一枚の女囚が、三角木馬のとがった背に跨がされて、その痛さに髪ふり乱して泣き叫びもだえる姿の全身を、刻明に鮮鋭なレンズによって捉えたスチール。若くて美しいモデルの足の爪先から髪の末端に至るまで、女の哀れさと悲しさが、いきいきと描かれています。』

 

 





 

 


美木乃々子もへ81−4) (もへ) 美木乃々子
これも明らかです。
(もへ)65年4月発売 大中判3枚組
モデル 美木乃々子
題名 「石抱き算盤責め」
解説 『下着のすそをはねのけて、女の素肌をじかに算盤板のギザギザが喰い込むのでさえ耐えられない痛さなのに、正座した膝の上へ更に伊豆石をのせるというのであるから、その苦痛たるや想像を絶するものがあるであろう。それでも白状しないので更に○○が、その膝の上の石を揺って悶絶するまで責め抜くのである。』 





 


美木乃々子もち181−5) (もち?)の1 美木乃々子
これも多分(もち)でしょう。
(もち) 題名「竹棒責め」
解説 『腰巻一枚にひんめくられた若い女囚の両手は背後で首筋にとどくまで高々と括り上げられ、二の腕と胸には、どす黒い捕縄が情容赦もなく力まかせに、うす汚ない○○の手によって縛られている。 そして白洲の砂の上で引きすえられた女囚には更に竹の棒を縄目の間にねじ込められて、白状するまで締めあげられるのである。』

 






 

 


美木乃々子もち281−6) (もち?)の2 美木乃々子
美木嬢の大キャビネ写真は以上です。

 

 







 

 

 


 


美木乃々子K0881−7) K組の8? 美木乃々子
K組は65年の7月に「ニューモデル悦虐写真五十集」として発売されました。その中に美木乃々子のお白洲写真が5枚含まれており、その全てを所持しております。
この写真はその中の(K8)「荒縄で仕置される」ではないかと思います。他を当てはめていった結果、消去法でそう思うのです。
大手札判ですので、266dpi.でノーマルにスキャンし、スポッティングはいたしましたが、ピントアップはしておりません。






 

 

 


美木乃々子K0981−8) K組の9 美木乃々子
題名 「土壇に観念した女」に間違いないと思います・




 


 


美木乃々子K1081−9) K組の10 美木乃々子
題名 「ムチ打たれる女囚」と思われます。ムチじゃなくてささら竹なんですが、あまり細かいところには拘らないのが奇クの題名付けですので。

 

 






 

 




 


美木乃々子K19?81−10) K組の19? 美木乃々子
この題名が一番近いと思います。「開股縛にあう女囚」

 

 

 







 

 





美木乃々子K20?81−11) K組の20? 美木乃々子
K組20は「罪状を訊される女」となっており、本当は上の写真がそうらしい雰囲気なのですが、全体の収まりを見てこうかなと思う次第です。
K組の5枚が揃っているということで、ご了解をお願い致します。

 







 

 

 

 


山原清子よき181−12a)  これより、山原清子を5枚アップします。オリジナルサイズは全て大キャビネ判です。
(よき)の1 山原清子
65年6月初出 大中判3枚組500円
題名 「逆さ吊りの仕置」
解説 『荒縄できりきりと縛りあげられた女賊は、両足首に取縄を何重にも巻かれて高々と逆さに吊り上げられる。首がかろうじて床についているが血が逆行する苦しさを耐え忍んでいるところへ、非情な竹の折檻棒が豊満な乳房や咽喉元に烈しい苛責のムチを加える。流石の女賊も気息えんえんとして、ぐったりと吊られたままでいる。』


 




山原清子よき281−12b) (よき)の2枚目 山原清子


 

 

 

 

 









 


 81−13) 山原清子よめ(よめ) 山原清子
65年6月号初出 大中判3枚組
題名 「ハリツケの拷問」
解説 『かずかずの拷問仕置折檻に対しても、尚ますますその若さと美しさを発揮して衰れえを見せぬ女賊に対して、その美しさの残っている中にハリツケにしてしまおうと僅かに白布を前に当てた裸の女賊を礎架にかけてしまった。架上の美しい女賊の真白い肌も、やがて錆鎗の穂先に貫かれて血汐にまみれることだろう。』
白布を前に当てただけではないので、(よさ)とも考えられるのですが、「大の字磔」ではないので、まあこれかナという感じです。






 


 81−14a) 山原清子よも1(よも)の1 山原清子
同じく、65年6月の大中判3枚組。
題名は 「全裸四這木馬責」
この2枚は少しJPGの圧縮率をあげすぎたかも知れません。ファイルサイズが気になっていた、Yahoo時代のスキャンを今回修正しましたので。



 


山原清子よも281−14b) (よも)の2 山原清子
解説は 『木馬の四つ足に手足をひろげて四つ這いに縛られた女賊。見事な刺青をさらけて、その臀部も、背中も、肩口も、無防備のまま露出している。力まかせの竹のささらが、はっしとばかり豊満な臀部に背中に作裂する。髪ふり乱し絶叫しつつ耐え忍ぶ女賊の凄惨きわまりない光景。尚竹ムチは雨となって裸身のあちこちに降り注ぐ。』







 

 

 


大塚啓子はり181−15a) (はり)の1 大塚啓子
大塚啓子の2枚も、元写真は大キャビネです。58年8月の初出、3枚組の2枚です。大塚嬢が分譲写真に登場したのが58年3月。愛川悦子、田中芳代と3人同時デビューでした。
題名は 「磔(ハリツケ)三態」
解説は 『両手を左右に横木に縛られて身動きの出来ない身体を宙にハリツケられたサジスチックなポーズ。高々と柱に浮き上って可憐な足首には麻縄がひしひしと喰い込んでいる。全体重が縄目に掛って「痛い、痛い」と言って泣き喚く囚女を、そのままに放置して表情の変化を余すところなくキャッチした十数枚の中から特に雰囲気の出たものを三ポーズ選んだ。正真正銘の柱に十字型にハリツケた今迄試みられなかった作品。是非一組を。』






大塚啓子はり281−15b) (はり)の2枚目 大塚啓子







 



 

75) 左近麻里子

 随心院様のおかげで、少し時間を戴くことが出来ました。次は私のコレクションをアップしないと叱られそうですので、随心院様に引き続き左近麻里子をアップしたいと思います。



左近麻里子(ちや)の175-01a) 左近麻里子 (ちや)? の1
 お恥ずかしいながら、73)ページで前田嬢と間違えた3枚です。確証はありませんが多分(ちや)4枚組ではないかと思います。
 (ちや)「強烈菱縄柔肌縛り」4枚組。67年9月初出です。
 『豊かに息づく両の乳房、可愛いいお臍を中心にして強烈な菱縄縛りで柔肌をいためつけます。』とあります。

 

 

 









左近麻里子(ちや)の275-01b) 左近麻里子 (ちや)?の2

 

 





 


左近麻里子(ちや)の375-01c) 左近麻里子 (ちや)?の3
 最初は35?一眼レフにクリップオンストロボ一発かなと思ったのですが、そうだとすると2枚目の写真の説明がつかない。67年に35?のトライXでこれだけのピントと階調を出すのは難しかったようにも思います。それで思い出したのは、確かマミヤのC型にはカメラの構えて左にアクセサリーシューがあった事です。
 グリップ式かも知れませんが、左側面にクリップオンをつけたのかも知れません。当時ストロボは高価でしたから。首が振れないし、そう大きな光量でもないので、アマチュアみたいにダイレクトに当てたものと推量します。







 


左近麻里子ちやの475-01d) 左近麻里子 (ちや)?の4
 ここからが新規スキャン分です。上記が(ちや)とすれば、これも間違いなく同じでしょう。それにしても、ダイレクトストロボによる撮影は異例と思われます。

 

 







 

 



せな1左近麻里子75-02a) (せな)の1 左近麻里子
 67年11月発売の「ゴムカバーの猿轡」に間違いないでしょう。
 『生ゴムのオシメカバーによって鼻も口も一緒に猿ぐつわされて、その息苦しさにのたうつ表情。』と解説されています。

 

 








 

 

 


せな2左近麻里子75-02b) (せな)の2 左近麻里子
 なかなか立派なオッパイですね。生ゴムのおしめカバーと書いてありますが、黒白写真では材質感が良く伝わってまいりません。

 

 

 








 



せな3左近麻里子75-02c) (せな)の3

 

 

 

 



 









せか1左近麻里子

75-03a) (せか)の1 左近麻里子
 これも確定だと思います。67年11月初出の(せか)「松葉のさるぐつわ」4枚組。全部揃っております。
 『松葉模様の粋な手拭で息もつかせず強く猿轡されて殊に美しい瞳を大きく瞠いて縄目に耐える。』とのことです。

 

 

 










せか2左近麻里子75-03b) (せか)の2 左近麻里子

 

 

 

 

 

 







 



せか3左近麻里子75-03c) (せか)の3 左近麻里子



 

 

 

 






 


 


せか4左近麻里子75-03d) (せか)の4 左近麻里子


 

 

 

 

 







 



せこ1左近麻里子75-04a) (せこ)の1 左近麻里子
 (せこ)も同じ月の発売で4枚組。題名は「黒布の猿轡と緊縛」
 『真黒い布は妖しいムードをかもし出して麗顔に襲いかかり可愛いい鼻口を無惨にも踏みにじる。』


 

 

 







 



せこ2左近麻里子75-04b) (せこ)の2 左近麻里子


 

 

 

 







 

 

 



せこ3左近麻里子75-04c) (せこ)の3 左近麻里子



 

 

 

 

 

 









せこ4左近麻里子75-04d) (せこ)の4? 左近麻里子
 確かに黒布の猿轡ですが、ちょっと状態が違うようです。X組かZ組のどれかかも知れません。臀部が美しいことを考えると(つや)の1枚とも考えられます。

 

 

 

 









つな?左近麻里子75-05) (つな)? 左近麻里子
 (つな)かと思いますが、英字組のどれかかも知れません。(つな)なら「柱立縛りの全裸身」 『洋間の中央にある柱に肌をくびるように縄がけした裸身をつなぎとめられた麻里子の美しい肢体。』 67年10月初出です。
 私の67年10月号が、扉のページが切り取られていまして、データベースでは11月初出になっていました。正しくは10月です。Ver.0.91では訂正します。








 



つぬ1?左近麻里子75-06a) (つぬ)の1? 左近麻里子
 67年10月発売の(つぬ)に比定出来ますがどうでしょうか? 「悶える白肌を俯瞰」解説は『階下のカーペットの上に真白な緊縛裸身を投げだしている麻里子を二階から狙いつけた妖美姿態。』

 





 

 






つぬ2?左近麻里子75-06b) (つぬ)の2 左近麻里子
 これのほうが、(つぬ)の解説通りです。6×6の二眼では撮りにくいアングルです。35?でしょうか? ピントもカキッとは来ていません。


 

 

 







 

 


つの?左近麻里子75-07) (つの)? 左近麻里子
 随心院様から戴いた写真と同じグループで、これも67年10月。「花瓶を太股で挾む」とそのものズバリの題名です。『ガラスの花瓶を真白い太股で挟んで全裸の優美な緊縛肢体をマニアの皆さまの眼前に御披露する。』
 勿論英字組の可能性もあります。

 







 

 


左近麻里子Z81類似75-08) 左近麻里子 Z81類似
 これも随心院様から戴いた写真に全く同じ縄掛けのものがありました。同じグループですが、かな組には該当するものが見えてきません。





 


左近麻里子不明分175-09) 左近麻里子 不明分1
 これからの三枚も同じ縛り方で同じ組だと思いますが、組名を特定出来ません。

 

 







 

 

 


 


左近麻里子不明分275-10) 左近麻里子 不明分2

 

 







 

 

 

 


 


左近麻里子不明分375-11) 左近麻里子 不明分3
 他に鼻責めの写真などがありそうですが、現在ピックアップしたのはここまでです。




 

 

 

 

 

 

41) 緊縛美のオンパレード 第六篇 56集〜57集

56-1吊り以前56-1 吊り以前





 

 

 

 

 











56-2逆立56-2 逆立



 

 

 

 

 

 








 



56-3ドアー56-3 ドアー
 ドアーって、確かにドアの蝶番のようなものが見えるんですが・・・こんなのが写真の名前になるんでしょうかね?

 

 


 

 










 



56-4ローソク56-4 ローソク
 手首の縄に挟んであるのが火のついたローソクらしいのです。ここに溶けた蝋が流れてきたら熱くてたまらないだろうとは思いますが、写真として成功しているとは思えません。
 56-1,2,3,4は多分川端嬢でしょう。

 


 









 



56-5くさり56-5 くさり


 

 



 



57-1ズロース(川端奈多子?)57-1 ズロース
 これは川端多奈子嬢でしょう。


 



 



57-2腰巻57-2 腰巻


 

 

 

 

 










 



57-3椅子逆立猿ぐつわ57-3 椅子逆立猿ぐつわ


 

 

 

 

 










 



57-4ハシゴ折檻57-4 ハシゴ折檻


 

 




 



57-5ベッド後吊57-5 ベッド後吊
 ベッドは良いけど「後吊」でしょうか。後ろ向きですが多分57-1,2,3,5は川端嬢。




 

40) 緊縛美のオンパレード 第六篇 53集〜55集 (改訂)

ちょっとした実験を兼ねて次をアップしてみます。後々の統一のこともあり、改訂して10枚、15枚とグループ化します。

53-1ベッド(川端奈多子?)53-1 ベッド (川端奈多子?)








53-2腰巻二態(川端多奈子?)53-2 腰巻二態 (川端多奈子?)


 

 

 

 

 




 

 





53-3くさり53-3 くさり


 
 





53-4逆手吊り53-4 逆手吊り

 

 

 

 

 

 











53-5腰巻二態
53-5 腰巻二態

 

 

 

 








 

 

 



54-1手摺りと棒
54-1 手摺りと棒

 







54-2鴨居(川端奈多子?)
54-2 鴨居 (川端奈多子?)










 

 

 
 

 



54-3くさりと縄

54-3 くさりと縄

 

 

 

 






 

 

 

 

 


54-4吊り

54-4吊り

 

 

 

 

 

 







 

 


54-5ソファー54-5ソファー

 

 

 

 

 









 

 

 


55-1絞首刑55-1 絞首刑


 

 

 

 

 






 

 



55-2蒲団55-2 蒲団





 



55-3腰巻(川端奈多子'53/3p.282)55-3 腰巻 (川端多奈子)
 55年3月号p.282に川端多奈子と紹介されている写真です。間違い有りません。






55-4ハシゴ吊り(川端奈多子?)55-4 ハシゴ吊り
 右ワケのヘア、小さめの色白のオッパイとこれも川端嬢。







55-5ストッキング55-5 ストッキング
 この方のヘアも右ワケですので多分・・・。

 

 

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